52話 アンデッド
『妾が言いたい事は大体ヴィルジリオが伝えたが、そもそもだな、妾が姿を現しただけでパニックを起こす程度の度胸で、よくこんな場所に入る気になったな?』
私が先頭に立ち、ヴィルジリオさんが後ろを守るというフォーメーションで廊下を進み始めると、ヘルべティアが私に挑発的な声色で聞いてきたので、私も極々小さな声で返す。
「それよりべてぃー、なんで、すがた、ださなかったの」
『む、大した事では無いのだが……』
「どうかしたか?」
「ん、なんでもない」
耳ざとく私の声を聞いたヴィルジリオさんが反応したので、会話はそこまでなのだけれど、視界に映るヘルベティアと、ボロボロの壁に蝋燭と木製の床、なんとなくこの感じ記憶に残っている、でも絶対こんな所には来た事ないし、デジャヴかな?
木製の床は歩くたびに軋んで嫌な音を上げる、最初は床が抜けるんじゃないかとビクビクしていたけれど、私より数倍体重がありそうなヴィルジリオさんが普通に歩いていても平気だと気付くと落ち着く事ができた。
しばらく廊下を歩きながらドアを見つけては開き、室内をぐるっと見てから再び廊下に戻る動作を繰り返している、かなり面倒だけれど、私もヴィルジリオさんも魔法を使えない以上こうするのが一番早いらしい。
三十分くらいした頃、暇を紛らわすために雑談したいのか、ヴィルジリオさんが私をまじまじと見ながら尋ねてきた。
「トート、貴様の格好は殆ど以前闘技大会で見たままだが、武器や防具を持たんのか?」
「ん」
「下手な防具だと貴様より柔らかいだろうな、であるから分かるが、貴様の腕や足だと攻撃のリーチが足りないだろう、武器ぐらいは持ったらどうだ?」
「ぶき、こわれる」
「それは消耗品だから仕方ないだろう、しっかり手入れすれば安物でもそこそこ持つものだぞ」
「ちがう、ふると、こわれる。さいあく、もちても、つぶれる」
「……そうか」
私だってねえ、リーチの差を埋めるために武器持とうとした事ぐらいありましたとも、でもね、全力で振ると一回の攻撃で使い物にならなくなるし、壊れない程度の力で振ると威力が低すぎて、結局殴った方が早いのよ残念ながら。
一応遠距離対策として、ビー玉サイズの鉄の塊をたくさん特注して道具袋に入れてるんだけどね、今の所あんまり使った事はないな。
すぐに話が終わってしまったけど、次の話題を探すより前に、廊下の先、次のドア付近に人影が見えた。
「おー――」
「待て」
手を振りながら呼ぼうとすると、ヴィルジリオさんに後ろから挙げた手を掴まれる。
「リビングデッドだな」
首を傾げながら振り向くと、ヴィルジリオさんはそう呟いたので、本当に? と人影を注視して、私の心臓はドキッと跳ね上がる。
ボロボロの服に身を包んだ男性がドアの方向を向いて立ち止まってはいるものの、俯きがちで腕もだらんと垂れていて不自然、さらに暗がりで気付かなかったが傷だらけでとても生きているとは思えなかった。
「びるじりおさん、よくみてるね」
「ふん、貴様が注意していないだけだ、それより、行けるか?」
「う、うーん……」
アレが襲いかかってくると思うと尻込みしてしまう、この世界に来てから人の死体は何度か見てきたけど、それが動くとなると話は別だ。
「そう悩むな、見た目は人だがモンスターと変わらん」
『うむ、一撃で動きを止めたければ頭を吹き飛ばしてしまえ』
「わ、わかった」
二人にアドバイスを貰って歩き出すと、先にいるアンデッドも反応して虚ろな赤い瞳を私に向けてくる、ビクッとしたけど、ヴィルジリオさんもヘルべティアも居るし怖さも半減だ。
それにしても私のこの目、本当にアンデッドのものと一緒なんだね、今まで出会った強い冒険者が私の目を見て驚いていたのがよく分かるよ。
拳を握りしめて走り出そうすると、相手も全身を揺らして足を引きずりながらこちらに向かって歩いてくる、が、遅い。
動きが気持ち悪くてちょっと身を引いたけど、この遅さや何も考えずに私の方へ向かってくるのを見ると、若干だけど落ち着いてくる。
これくらいかな、と頭が消滅しない程度の威力で殴るとリビングデッドの骨が折れる音がして、べちゃりと地面に倒れた。
『気を抜くなよ、アンデッドは耐久力が高い、この程度では死なんぞ』
「うへぇ」
ヘルべティアに言われて構えたままでいると、本当に身体をくねらせて起き上がろうとしたが、これがまた今まで以上に気持ち悪い。
「おりゃー」
視界から外したい一心で蹴り飛ばしたら上半身だけがちぎれて近くに落ちたが、血は殆ど流れて来なかった。
「ち、でないんだ」
まさか上半身だけちぎれるとは思わず、血がドバッと吹き出すものかと身構えていた私は拍子抜けした、いざ倒しちゃうとあんまり怖くないかな。
「ああ、個体によって差はあるがな、普通このようにリビングデッドと化すものは殺害された人間だからか、もう血は抜けているものが多い」
「なるほど」
それなら、初めから手加減せずに頭吹き飛ばしておけば良かったな。
「私もこの屋敷で何度か戦ったが強さはどれも似たり寄ったりだな、油断は禁物だが、この程度の敵ばかりだと思って良さそうだ」
「ん、わかった」
その後も廊下を歩きながらドアを見つけては入ってを繰り返しつつ、アンデッドを殴り倒して行く。
見た目はちょっとアレだけど、結局アンデッドはモンスターの一種だと思うようになると怖さも殆ど無くなった、突然現れたりすると流石にドッキリするけどね。
ちなみに、真っ白なローブとフード姿で殆ど透けている、いわゆる《幽霊》は、私のパンチを受けると霧散した。なんだか布切れを殴ったような感触だった。
最初にふわりとゴーストが現れた時は驚いたけど、ヴィルジリオさんが剣で倒せると言ってたし、私は魔法を殴ってはじき返した実績があるから余裕だと教えてくれたから、普通に向かって行って殴ったのだ。
「しかし、この規模のアンデッドの巣窟が出来るなど、この国では考えられんが……」
「そうなの?」
ヴィルジリオさんが呟いたので、立ち止まって聞き返した。アンデッド自体見たのは初めてだけど、アンデッドはこういう巣を作って生きてる人間をおびき寄せたりするものではないのかな?
「確かにそれらしい場所にアンデッドが存在する事は多いが、この国は災害となるレベルの凶悪なモンスターは居ないし、魔族領からはかなり離れているし、気候が良く食料に困る事も無い、一般的な常識に当てはめて考えると、この数のアンデッドが存在するのはおかしいのだ」
「え、ここで、ぎゃくさつが、あったってこと?」
「いや、可能性が無いわけではないが、この館の古さから考えるとその線は考え辛い、ここ十数年のうちに何かあったのだと思うが……嫌な予感がするな」
うむ、と考え出してしまったヴィルジリオさん、この館は関係してないのに、この館にアンデッドが集まってるの? よく分かんないな、ただ古い館だから集まったって事かな。
いや、待って、確かデルさんの話……マリウスって人がアンデッドの人体実験を繰り返してたって、もしかしてその関係?
「おい、トート、どうした」
私も立ち止まり、首を傾げて考え出してしまったので、ヴィルジリオさんに呼ばれてハッとする。
「ん、なんでもない」
デルさんに口止めされているわけではないけれど、確証のない話だしヴィルジリオさんに言うのは躊躇われる、結局私は何も言わず、先に進む事にした。
「待て、この壁、後から補修した跡があるな」
廊下を歩いていると、ヴィルジリオさんが壁の色が一部分だけ違う事に気付いた、言われてから私も注意して見たけど、蝋燭の火では薄暗く『確かによく見れば少しだけ違うかも』と言った程度で、私一人だったら絶対に気付かなかった。
さすがはAランクだね。
「ん、こわす?」
「ああ、やってくれ」
拳を握って体の前に出して聞いてみると、ヴィルジリオさんが頷いた。
壁を殴ると予想通り壁が壊れて小さな穴が空き、先の隠し通路が見える。私は小さく空いた穴に手を入れて、石壁を引っ張って壊していった。
「しかし、貴様の怪力は便利だな、この厚さの壁を殴って壊すとは」
「ん、まあ、いしなら、どんなあつくても、よゆう」
ようやく開いた隠し通路は、ヴィルジリオさんだと屈んで入らないといけないくらい狭かったが、少し進むと今まで通っていた通路と同じくらい広い廊下に出た。
こちらにもしっかり蝋燭の火が灯っているけど、とにかくカビの臭いが凄まじくて、私は思わず服を引っ張って鼻を隠した。ずっとここにいると病気になりそうだ。
「予想が正しければ、この先に術者か仕掛けがあるはずだ、気を引き締めて行くぞ」




