45話 魔力のキラキラ。
「べてぃー、なにか、ないの」
ゴーレムの剣を回避しつつ時折反撃しながらヘルべティアに尋ねると、彼女は腕を組んだまま首を傾げた。
『うーむ、そうだな……しばし待て、今思い出そうとしておる』
三人娘は、私からちょっと離れた場所で構えたまま様子を見ている、良い判断だね、無理されても困るし、もし下手にターゲット変わっちゃったら殆どダメージが通らない以上、厄介な事になりそうだし。
序盤にやった相手が吹っ飛ぶような攻撃も、こっちが吹っ飛ばされるような攻撃も起きない地味な殴り合いが続く。
もうこうなると掴んでブンブン振り回してやりたいけど、全力で殴ってアレだから間違いなく耐えるだろうし、振り回しちゃうと自分でも相手がどう動くか分からなくなっちゃうから危険だよね。
そんな私を見て、レティは撤退命令を出すか悩んでいるようだ、お互いダメージ出てないし、ゴーレムが扱うのは両手剣のみで、ビームとか変な攻撃はしてこないから、どちらかと言うと楽な戦いだし。
でもレティが一応今のパーティのリーダーだから、撤退命令を出されちゃうと撤退せざるを得ないんだよなあ、この状況はある意味手詰まりだから、私は撤退でも良いんだけど、できればヘルべティアの返答を待ちたい。
「トートちゃん、まだいけそう?」
「よゆう、まけはしない」
勝てもしないけど。
しかし本当にすごい硬さだね、殴っても殴ってもほぼ無傷だ、ヘルべティアは『サングエスのゴーレム』って言ってたけど、サングエスと言うのは地名だろうか、これだけ強いゴーレムを造れるって事は相当有名な場所なんだろうね、どこぞの和牛みたいな。
……お腹すいてきたな。
『おい、この状況で何を考えたらよだれが出るのだ』
「はっ!?」
『はあ、フェリシーを呼べ、奴に魔力を散布せよと伝えよ』
「まりょくを?」
『うむ、濃度の高い魔力の中ならば奴の装甲もある程度柔らかくなる筈、あの青い文様の入っている鋼は魔錬鋼と言ってな。……うむ、そうだな、お前にも分かりやすく伝えるのなら、鉄は高温で鍛造をするじゃろう? その魔力版だと思えば良い』
鉄を叩いて形を変えるのは工房で見せて貰った事があるから分かるけど、強制的にあの真っ赤になった状態にするって事? 私いま戦ってるんだけど、散布した魔力とかの中に入って平気なものなのかな。
「まりょく、わたし、へいきなの?」
尋ねると、ヘルべティアはこくりと頷いてから教えてくれる。
『問題ない、外の魔力や使った魔法に乱れが生じる事もあるが、内の魔力にまで干渉するような代物ではない、外の魔力を持たぬお前なら、なんら問題なく動けるじゃろ』
「なるほど」
でも魔力を散布って想像もできないけどどうやるんだろ、フェリシーに言えばすぐ分かるのかな、まあ、分からなかったらヘルべティアが教えてくれるか。
「ふぇりしー」
「なに、トートちゃん、手伝う?」
「まりょく、さんぷ、できる?」
「魔力を……散布?」
フェリシーはちょっと離れた所で目を点にしながら首を傾げるが、すぐに意味を理解すると、大きく手を振って私に問う。
「トートちゃん巻き込んじゃっても平気?」
「ん、だいじょぶ」
「じゃあ、行くよ!」
未だに殴り合いを続けながらも、魔力を散布されるとどうなるのか分からないので身構えていると、急に周囲の景色がキラキラと輝き出した。
どう表現すれば良いのか分からないけれど、光とはまた違う感覚で、『まぶしい』では無いんだよね、そのくせキラキラしているような、金箔とかラメが近いのかもしれない。
『よし、では全力で殴ってみよ、お前の怪力なら破壊できるかも知らん』
「ん」
ぐっと右手に力を込めて、今まで通り両手剣を受け流してから踏み込み、強烈な一撃を胴体に入れる。
すると、今まではどれだけ殴っても極々僅かにしかへこまなかった装甲が面白いようにへこんでポッコリ胴体に穴を作った、全力で殴ってもこれだから普通の人からするとまだ硬いんだろうけど、ずいぶん柔らかくなったね。
「ギ……ギギ……」
ゴーレムは妙な音を立てて、一度だけ上から両手剣を大きく振り降ろして地面を抉ると、そのまま動きを止めた。
「……たおした?」
なんだかやけにあっさりだけど、動かないゴーレムを拳の先でちょんちょん突いてみて、完全に沈黙している事を確認するとほぼ同時にカナに飛びつかれる。
「やったー、さすがだねぇー」
ちょっとまだ動くかも知れないのに、と口を開こうとすると、さらにレティが上に覆い被さり。
「……」
「てぃっ」
ワンテンポ置いて、ジト目の私を気にせずフェリシーも抱きついてきた。
ある意味強敵だったし気持ちは分からないでも無いんだけどね、そういうのはせめてもうちょいゴーレムから離れた場所でやって欲しい。
「さて、先にゴーレムを砕いて素材回収しちゃいましょうか?」
「でもこれ、ずいぶん、おもいよ?」
レティの言葉に首を傾げて返す、多分バラバラにして持って行こうとしても、私の道具袋ですら一部分で精一杯だろう。
「えっと、トートちゃんの道具袋でも厳しい?」
「うん、たぶん、むり。そこまで、おもいとね」
「この防御力、魅力的なんだけどねー」
動かなくなったゴーレムをノックするように叩きながら、カナはゴーレムの周りをくるくる回っていると、突然ゴーレムは激しい音を立てて蒸気のようなものを背中から吐き出した。
「わっ!」
全員飛び跳ねてすぐさま戦闘態勢に移るが、ゴーレムはそれ以上動く事はなく、再び沈黙する。
「もう動かないのかしら」
剣と盾を構えたまま、レティが用心深く眺める。
「もっと、こわしとく?」
後から来たパーティに持っていかれてしまう恐れはあるけれど、形がしっかり残っている今の状態よりは部位ごとに分けておいた方が安全な気もするね。
「そうね、腕と足を落としておいた方が良いかしら、できる?」
「うん」
と頷いたは良いものの、先ほどフェリシーに撒いてもらった魔力は霧散してしまったのか、周囲のキラキラが消えてしまっている。
ゴーレムの機能が停止しているなら問題ないかなと、ゴーレムを地面に倒して右肩を思いっきり殴りつけるが、ゴーレムが地面に埋まるのみで腕が外れる事は無かった。
「う、ごめん、ふぇりしー」
「うん、任せて」
フェリシーにもう一度魔力を散布してもらい、何度も叩いて肩部分と腰部分を切り分ける、途中でヘルべティアが反応したので耳を傾けた。
『む、その瞳部分、魔石じゃな? 出来るなら貰っておくとよい、役立つぞ』
「ん、これ?」
戦っている時は気付かなかったけど、このゴーレム、兜の下に一つだけ目があったらしく、取り出してみるとビー玉を一回りだけ大きくしたような、紫色の綺麗な水晶玉が入っていた。
『うむ、高価なものだから奴らに相談した方がよいとは思うがな』
「へぇー、きれいだね」
水晶玉を透かして空を見る、何に使えるのかは分からないけれど、こういうの、ペンダントにして付けたいな。
「れてぃー、これもらっていいー?」
「いいわよー」
水晶玉を手に持ってブンブン振りながら尋ねると、レティはあっさり答えた、あまりにも呆気なさすぎて不安になる、これ高価なものなんじゃないの。
「え、ほんとにいいの」
「まだこの先にも似たようなの居るかも知れないし、それくらいなら良いわよ、トートちゃん居なかったらそもそも倒せてないしね」
「それいうなら、ふぇりしーも」
「ぼくはほら、魔力撒いただけだから。気にしないで、魔力を撒くなんて発想なかったし、ぼくら三人じゃ倒せなかったよ」
「じゃあ、もらうね、ありがと」
水晶玉を道具袋に突っ込んで、レティの元へ戻る。
「お疲れ様、でも、魔力を直接撒いて脆くするなんてよく考え付いたわね、あの鎧の素材知ってたの?」
「ん、おつげ、みたいな」
「お告げ?」
「おーい、そろそろ進もうよー」
「あ! カナ、また先に行って……」
レティの視線を追うと、カナが建物に向かっていく所だった、建物自体は大きいけど中身はあるのだろうか、一層から降りてきた時のように扉の中に入るとまた景色が変わったりして。
何があるのか分からないのはちょっとわくわくするね。




