41話 彼女から見た彼女
◇ルーティ視点――――――
トート殿と同居し始めてから一年が経ち、漸くお互い生活に余裕が出来てきたのであります。
同居を始めた当初こそトート殿はぎこちなかったのでありますが、お互い自分の事は自分で出来ると知ってあまり気負わなくて良いと感じたのか、そこそこ早い頃から悪い意味ではなく好きに振る舞うようになったのでありました。
トート殿と違って自分の場合は、昔長い間孤児院で見知らぬ子供たちと一緒に暮らしていましたから、同居に関してはあまり気にはならなかったでありますな。
しかし、トート殿は人脈に恵まれている上に不思議な魅力を持っているでありますな。
騎士団長のバニルミルト殿や副団長のアンセル殿ともよく話しているようでありますし、この前はザスカー商会の会長、ザスカー殿が直接家に訪ねて来て驚かされたのであります。
自分は監視員という立場でありますのでトート殿とザスカー殿の会話に同席させてもらったのでありますが、どうやらトート殿専用の道具袋を頼んでいるようで、細かな調整を確認しに来たとの事でありました。
職人を寄越すのでなく、会長本人が来て確認をするのは何か理由があるのかと聞いてみると、『単純に話していると考えた事も無いアイデアが飛び出してくる事があるから楽しい』と返されたのであります。
確かにトート殿は、自分より年下だと思えないほど大人びて見える時がありますし、思考が突然飛躍する時があるのか突拍子も無い事を言い出して、驚かされる事もしばしばあるのであります。
時折壁に向かって話している事もありますが……あれは見なかった事にしておいた方がよさそうでありますな。
こういった思考はあまり良く無いとは思うのでありますが、もしトート殿が孤児院に居たのなら、あまり焦る事ない大人のような冷静さや大胆な行動力、交渉の折に見せる不敵さから商人が欲しがったでありましょう。
ちょっと変な自信を持っている時もありますが、そんな時はきちんとその自信に見合った成果をしっかり出すので安心して見ている事ができますし、監視員の役目がこんなに楽で良いのかなと、考える事もあるのであります。
トート殿は本当に自分でなんでも出来るようで、キッチンに踏み台を用意して手料理を作ってくれる事も多いのであります。
「IH、つかっておけば、よかった」
踏み台の上に立って加熱台にフライパンを乗せながら呟いた彼女は、それはもうハラハラするものでありましたが、いざ料理を作り始めると手さばきは鮮やかなもので、踏み台の不安定さだけが唯一の不安要素でありましたね。
ところで、『あいえいち』とは何でありましょうか。
しばらくすると、使いづらいとトングの代わりに同じサイズの長く細い棒を二本ザスカー殿に頼んで用意して貰っていたのであります。
トート殿は『さいばし』と呼んでおりましたが、どこでそんな物を知ったのでしょう、トート殿の住んでいた村では普通に使われていたのでありましょうか。
料理をする際様々な用途に使えると自分も使い方を教えて貰ったのでありますが、扱い辛すぎて自分には使えそうになかったのでありました、トート殿は器用でありますな。
器用と言えば、トート殿は料理はお上手なのですが、細工は苦手なようで『編みひもの納品』なんて依頼を受けて来た時は延々と唸りながら作業をしておりました。
流石に見かねて自分も少し手伝ったのでありますが、あの時の感謝のされようと言ったら、ちょっと気恥ずかしくなるものでありましたな。
「ありがと! ほんと、ひとりじゃ、どうしようもなかった!」
そう言って突然手を取られたのにはちょっと驚かされたのでありますが、最大級の感謝の現れだと思うと、自分も嬉しくなったものであります。
「ちゃんと、ほうしゅう、わたすからね」
なんてきっちり報酬の話に繋がるところはトート殿らしいなと笑ってしまったのでありますが。
そうそう、今年の開国祭では勝ち上がって来た冒険者を当然のように殴り倒してトート殿が優勝していたでありますね。
勝ち上がった冒険者も弱くは無かったそうなのでありますが、結局トート殿にダメージを与える事なく敗退して行ったのであります。
自分も初めてトート殿の戦いを見たのでありますが、あの防御力と攻撃力は反則でありますね、闘技大会に来る人は噂ぐらいは聞いて来ているのかもしれませんが、あれでは初めて見る相手では対処のしようが無いのであります。
それと、自分は行く事はありませんが、冒険者ギルドの方でも活躍をしているらしく、《実質Sランク》のトートと呼ばれているとか。
実質Sランク……これは褒め言葉なのでありましょうか、出どころも不明ですし、少し気になるところでありますな。
団長殿は『冒険者ギルドからは情報が入るので、監視員として行く必要は無い』と仰いましたが、未知の領域ですし、ちょっと行ってみたいと思うのが心情であります。
現状、騎士団には感謝しておりますし不満も無いのでありますが、冒険もしてみたいでありますね、いつか暇が出来たらトート殿に案内をして貰って街の外に出て見たいものであります。
「……と、脱線してしまったのであります」
記録帳から一枚紙を抜き取り処分用の箱に入れます、この辺りは書き直しでありますね。
「ただいまー」
ちょうど集中力が切れたタイミングでトート殿が帰ってきたので、数歩ではありますが自分の部屋を出て迎えに行くのであります。
「おかえりなさい、今日は早いのでありますね?」
「ん、いいいらい、なかったから、やめた」
となると、他の冒険者と情報交換だけして帰ってきたのでありましょうか、そもそも『良い依頼』とはどのようなものなのか想像もつかない自分には、冒険者ギルドまで行って何をしているのか殆ど分からないのでありますが。
上は今まで通り半袖のシャツでありますが、丈夫なパンツに道具袋を巻きつけて、一年前より圧倒的に冒険者らしくなったトート殿がトコトコ歩いて来るのであります。
見ようによっては、背の低さや線の細さ、可愛らしさも相まって《工房の見習い娘》にも見えるのでありますが。
「それよりるーてぃ、きょう、ひま?」
「ええ、今日は何も無いのであります、暇でありますよ」
「じゃあ、ひさしぶりに、おひる、そとたべいこ」
突然手を取られて自分は思わず身を引きます、今の格好は部屋着と言うか、いつもはカッチリとした鎧姿なので、何も無い日くらいは家の中でこっそりとおしゃれを楽しみたいと思って買ったベルト付きの淡いピンク色をしたワンピースにオーバーニーなので、恥ずかしすぎて外を歩けないのであります。
「あれ、どしたの?」
首を傾げるトート殿は至って自然で、自分が身を引いた理由が分かってないようであります。
完全に自分の趣味でありますから似合っていないでしょうし、一緒に歩くトート殿に迷惑はかけたく無いでありますから。
「その、着替えて来ても良いでありますか?」
「え! だ、だめだよ、そんなかわいいのに、なんで」
かわいい、本心で言っているのでありましょうか、少し自分の心も揺らぐでありますね。
「めずらしく、かわいいから、いっしょにおひる、いきたいのに」
どうやらトート殿は本心で言っているのでありますね、顔が熱くなるのを感じます、しかし、本当にこんな格好で良いのでありましょうか、『かわいい』なんて昔から全然言われた事などありませんから、どうしても疑心暗鬼に陥ってしまうのであります。
「この格好で良いのでありますか?」
「もちろん、すごく、にあってる、かわいい」
こくこく首を縦に振って言葉にするトート殿、彼女の事なので本当に『かわいい』と思っているだけで言葉に裏は無いのでしょうが、どうにも口説かれているような気がして気が気でないであります。
「そ、そんなに言うなら、自分もこの格好で行くであります」
「じゃあ、ん」
当たり前のように手を差し出してくるトート殿に戸惑ってしまいました、つい今口説かれているような気がしていただけに、この手を取るのにかなり勇気がいるのでありますよ。
数秒の熟考の後、自分は勇気を振り絞ってトート殿の手を取りました、きっと顔は真っ赤であったでしょう、自分が下を向いて手を取った直後、トート殿は何も気にする事なく外へ向かったのが何よりの救いでありました。
結局自分はこの後レストランに着くまで、延々と心の中で一つの事だけ。
(トート殿は思った事をストレートに言う人なだけでありますから、他意は無いのでありますよ)
と、必至に心を落ち着かせる言葉を考え続ける事しか出来なかったのであります。




