40話 有罪だー。
「こんなもの、かな」
負荷量限界まで薬草を入れた道具袋を満足げに叩いて、私は立ち上がった。
限界まで入れるとどうなるのかなと思ってたけど、単純に物が入らなくなるみたいだ、弾かれるっていうか飛び出して来ちゃうっていうか。
袋の重さも変化するみたいだね、二キロになっていたとしても今の私にとって軽過ぎるから、どれ程の変化か分からないけど。
森を出て街に戻ると、お昼ちょい過ぎに出会った兵士さんがまだ門番をしていた。
「おや、今日はもうおしまいですか?」
「ん、いらい、おわった」
「ずいぶん早いですね」
「やくそう、とるだけ、だったから」
「なるほど、お疲れ様です、ではこれから冒険者ギルドですか?」
「うん」
「街は迷いやすいので、慣れるまではお気をつけて」
「ありがと、またね」
手を振って兵士さんと別れてトコトコ路地を歩いて行く、前世にこれ以上建物が密集している場所に住んでいた私にとっては、これくらいなら一度歩いちゃえば迷う事はあんまり無いでしょう。
いや、あくまであんまりね? ヘルべティアがよく覚えてくれてるからって頼ってばっかりじゃ無いよって話でね?
やがて到着した二度目となる冒険者ギルドは迷ってても間違えそうに無いね、建物は大きいし大きな羽のマークの看板が入り口横にぶら下がっているから分かり易い。
中に入ってすぐカウンターに向かい、カウンターの上に腰の道具袋を載せて私は最初にギルドに来た時と同じように指を引っ掛けて身体を持ち上げる。
「おわった」
「え、早いですね」
受付のお姉さんは驚きながらも道具袋の中を改め、さらに驚いた。
「ええ、凄い、負荷量ギリギリじゃないですか。わ、しかも良品質のムーンライトハーブまで、ってこれもしかして深緑の――!」
急に顔を青くした受付のお姉さんは、私に顔を近づけて耳打ちをしてくる、急な反応にちょっとびっくり。
「深緑の森は騎士団が立ち入り禁止にしているんですよ、もしかして、入っちゃいました?」
「う、うーん、どうだろ」
あの森の名前知らないし、違う森の可能性もあるよね、きっと。
「深緑の森は良い薬草が取れるんですけど、奥にワーウルフの巣があるのでかなり危険なんですよ、森の入り口の方まではぐれワーウルフが来る事もあるので昔はよく初級冒険者が犠牲になっちゃって……」
あー、有罪だー。
ワーウルフに見られてたし、あれはきっと深緑の森って場所なんだろうな。
「わーうるふ、たいじ、しないの?」
「そうですね、ワーウルフは縄張りが決まっている上に集団行動をする程度の知恵はあるので、縄張り内のモンスターを狩ってくれるんですよ。縄張りに入らなければ襲って来る事も少ないので、モンスターの数を下手に増やしたく無い騎士団としては、むやみに数を減らしたく無いのでしょうね」
なるほど、益獣だったのか、だから立ち入り禁止なんだね。
でもそれなら私は恐れられているから襲われる事無いみたいだし、立ち入っても良さそうな気はするけどなあ。
……いや、逆に逃げた先で変に冒険者に襲いかかっちゃうとかあり得るか、うーん、でも立ち入り禁止かあ、薬草採取には最適な場所だと思ったんだけど、ちょっとバニルミルトさんに相談してみようかな。
良い薬草拾えるなら、あんまり奥に踏み入らなければワーウルフもおかしな場所に逃げて行く事は無いでしょう。
「とりあえず、深緑の森への立ち入りは今後気をつけてもらうとして、今回は不問としましょう。なので、依頼達成です、お疲れ様でした」
「ありがと、ところで、どうぐぶくろ、どこでかえるの?」
「道具袋ですか、ザスカーさんの所が良品を卸していますが、値段は相応ですね、かなり高めです。ヘイゼルさんの所は安く、品もそこそこですが、負荷量が小さいものが殆どです。ニュクスさんの所は安く負荷量もそこそこ高いものが売っていますが、基本的に粗悪品ばかりなのでお勧めはできません。後で地図を描いてお渡ししましょう」
「ん、ありがと」
「採取した薬草の余りはどうします、こちらで引き取りますか?」
「おねがい」
では、と道具袋から草を全部取り出して数え、受付のお姉さんは現金をテーブルの上に置いた。
「こちらが報酬です、今日はまだギルドカードが作られていないので現金での受け渡しになりますが、カードが出来たら報酬は全額カードへの振り込みになりますのでそのつもりでお願いします」
「おかね、ひきだすとき、どうするの?」
「引き出す際は受付にてその旨をお伝えください、冒険者ギルドであれば国が変わっても同じように引き出すことが可能です、ただ、小さな町のギルド支部だと引き出せる額に限度がある場合があるので気をつけてくださいね」
そっか、便利だね、色々と国とかを転々とする必要がある職業だから、こういうシステムになったのかな。
「では、カードを作る際に必要となりますので、この紙に情報を記入して頂けますか?」
紙とペンを出されて私は冷や汗をかく、まずい、文字をヘルべティアに読んでもらうとしても字が書けない、字が書けなくても冒険者資格取り消されたりしないよね……?
「もじ、かけない」
「あら、ではこちらで記入しましょう、上から、質問に答えて頂けますか?」
「うん」
その後、名前や年齢などを答えて、最後に引換え用の赤いカードと、道具袋を売っているお店の場所を書いた紙を手渡されておしまいだ、カードは三〜四日で出来るらしい。
外に出るとだいぶ日も落ちて、辺りが暗くなり始める頃だった。
教えてくれたお店はまた明日だね、さっきの説明を聞いた話だと高級志向っぽいザスカーさんのお店が一番良さそうだけど、今手持ちのお金で買えるかどうか、買えなければ闘技大会の賞金もとい冒険者カード待ちかな、急いではいないし。
宝石宿でまた一泊して、まずは騎士団詰所に向かう、泊まる宿決まったら教えてくれって言われてたのに昨日は忘れてたからね。
騎士団詰所でアンセルさんかバニルミルトさんを、と呼び出すと、前のようにアンセルさんが奥からやってきた。
「ほうせきやどに、とまってる」
「ふむ、宝石宿か、了解した、こちらは後五日ほどかかるそうだ、もう少しだけ待っていて欲しい」
「ん、わかった」
そう話し込むほどでもなかったので、お互いの要件を手短に伝えると、アンセルさんは奥に、私は外に向かった。
昨日の地図を頼りにお店を探すと、まず見かけたのはニュクスさんの店だね。
店の中はそんなに広くなくて、商品が無造作に積んであったりであんまりいい印象がない。
冒険者っぽい人が多くて意外と繁盛しているようだけど、どうにも年の若い人が多い、駆け出しかな?
『うーむ、お前風に言うなら『うへぇ』と言った所だな』
え、なにここの品物そんなに酷いの。
店内には人が多くて私が声を出せないのが分かっているのか、ヘルべティアは独り言のように続ける。
『見よ、道具袋などどれも魔力の偏りが酷い、こんなものまともに使えたものではないぞ、値段も捨て値のようなものだが……いやいや、この店は使わぬ方が良いな』
見よ、って言われても私は魔力が見えないんだけれども……。
でもそっか、ここは初級者がどうしてもお金を抑えたい時に使うようなお店なんだね、賞金があって、生活費も大体は騎士団が工面してくれる私には関係のないお店かな。
次に向かったのはヘイゼルさんのお店、お店自体はそう広くないけど、商品の陳列はしっかりしていてニュクスさんのお店より清潔感がある。
道具袋が売っている一角に寄ると、ヘルべティアが値段と負荷量を読み上げてくれたんだけど、どれもこれも負荷量があまりに低い、一番低いのなんて五百グラムだ、そんなの何を入れるんだって話。
多くても四キロで、ちょっと重い道具を入れたらすぐに使えなくなっちゃうし困りそう。
最後に見に行ったのは本命であるザスカーさんのお店。
確かに言うだけあって、店内からもう既に綺麗で広くてお金持ち向けってイメージがある。
私も「金ならある(ドン)」って感じで見に来たけど、ちょっと気後れしちゃう感じだ。
「おや?」
お店の中を歩いていると見覚えのあるおっちゃんが現れた、闘技大会の時にバックドロップをかましてしまったおっちゃんだ。
「あ、あのときは、ごめん、なさい」
「ははは、好きなように攻撃しなさいと言ったのは私だ、気にしないでおくれ。所で、何か欲しいものでもあるのかな? 私で良ければお勧めを紹介するよ」
「ん、どうぐぶくろ、かいにきた」
「ふむ、うちの道具袋は高いが……いや、闘技大会優勝者なら問題ないか」
「うちの?」
「ああ、私はザスカー・ザーハッグ、ザスカー商会、この店の会長だよ」
「かいちょうさん! わたし、とーと」
「ははは、知っているとも、まあ、そんなに気にしないでおくれ、時々商会の各店舗に顔を出す程度だから。それより道具袋だけど、うちはオーダーメイドも請け負っていてね、気に入ったのがなければ、そっちでも対応できるからね」
「わかった」
ギルドカードもすぐ手に入るし、新しい家ももう少しで住めるし、ザスカーさんとも知り合えたし、順風満帆って感じだ。
これからしばらくはこの街で過ごすのはちょっと不安だったけど、街の人は良い人が多いしあんまり気にせずに過ごして行けそうだね。
まあ、当面は冒険者ランク上げかな。




