39話 薬草の採取。
受付のカウンターに近寄ると思った以上に高くて首が辛かったので、指を引っ掛けて体を持ち上げる。
受付のお姉さんがビクッとわずかに身を引いたけど、何事もなかったかのようにすぐ対応した。
「どうしましたか?」
「ん、っと、かーどほしい」
「ギルドカードですか? 冒険者登録をしたいのでしょうか」
「そう」
「でしたら、そこのボードからFランクの依頼票をお持ちください、それが登録試験となります」
「しけん、あるんだ」
「そうですね、詳細は依頼票を持って来た時に伝えますので、まずは自分がこなせそうな依頼を探すと良いと思いますよ」
「わかった」
体を持ち上げていたカウンターから飛び降りてボードへ向かう、やっぱり文字を読む技術は必要だったか。
「べてぃー、ごめん、よんでもらって、いい?」
『うむ、構わぬ』
歩きながら小声で頼むとヘルべティアは快諾してくれた、断られる事は無いと思っていたけど、良かった。
ボードの側には依頼を眺めている人が何人か居たけど、私が近寄っても一瞥しただけですぐに視線を戻していたし、特に私が何か言われる事は無さそうだ。
さて、肝心の依頼は、うへぇ、文字地獄だ。
綺麗な字だけど、職員の手書きなのか細かく文字が書いてあるだけでイラストなんかは一つも見当たらないね、絵があれば私でも分かるかなとか思ったんだけど。
『ふむ、こうなっておるのか、だいぶ分かり易いのう』
ヘルべティアが私の隣で楽しそうな声を上げた、一つの依頼票に指をさして、私にも表記の形式を教えてくれる。
『まず、最上段の太字、これが大まかな依頼内容じゃな、これは《薬草の採取》となっておる。隣に書いてあるのは依頼のランクかの、ボードに貼り付けられている高さによってランクが違うようじゃな、Fランクは一番下のもののようじゃ』
ふむ、Fランクとか、その上のEランクくらいまでなら私の背でも問題なく取れる範囲だね、でもFランクの依頼思ったより少ない?
『で、太字の下が依頼の詳細、一番下の段が報酬額だな。うーむ、どうやらモンスターの討伐は最低でもEランクからのようだ、Fランクは掃除や皿洗い、失せ物探しや近場の採取が主じゃ』
えぇ……近場の採取は良しとしても、掃除とか皿洗いとか、冒険者でやるべき事なのかって思うんだけど。
「モンスター退治無いのかぁ……」
思わずため息が出る、採取の依頼とか名前だけ出されても物が分からないからなあ、どんな物を集めるのか詳細教えてくれるならまだなんとかなりそうだけど。
『では、指差したものから読んで行くぞ?』
私が小さく頷くと、ヘルべティアも読み始めた。
「それでは、薬草の採取ですね、採取対象はこちらの表にあるいずれかになりますけど、問題ありませんか?」
結局、皿洗いやら掃除やらは却下して、一番最初に読んでくれた薬草の採取を受ける事に決定した。
だってせめて冒険者したいじゃない、最低ランクとは言ってもさあ。
でも、出された紙を見てちょっと引いた、絵と文字が書いてあるけど量が凄い、これ全部この辺りで取れる薬草? 嘘でしょ。
『そこいらの薬草程度なら分かる、妾が付いている故、心配するでない』
「う、うん」
受付のお姉さんとヘルべティアに対して同時に肯定すると、お姉さんは、おや、と首を傾げて私を見る。
「道具袋を持っていないようですけれど、お貸ししましょうか?」
道具袋、そういえばお母さんも向こうに着いたら新しいの買いなさいって言ってたな、借りられるなら貸してもらうかね。
「ん、おねがい」
「道具袋の貸し出しは千グリスになります、道具袋を返していただく際に、お預かりした金額は全額お返ししますよ」
ありゃ、お金取られるのか、帰ってこない事もありそうだし、担保みたいなものかな。
ポケットに入っていた硬貨入れを取り出してお金を渡すと、ベルトの着いた長さ二十センチくらいの薄い箱を手渡された、道具袋って言うには小さくない?
「負荷量は二キロ程度になりますので、そのつもりで」
む、二キロ? 言い方的に、もしかして《アレ》だろうか。
それっぽいのは見た事無かったけど、アレがあるなら意外と旅の荷物って少ないんだなって思っていた理由が明らかになるね。
「わかった」
「今回の依頼の期限は五日間になります、それまでに対象の採取を終わらせて、こちらのカウンターにお越しくださいね。必須採取量は四百グラム程度になるので、それ以上採取した場合はギルド側に売却及び追加報酬もしくは持ち帰りとなります」
「ん、すぐ、おわらせてくる」
借りた道具袋を腰に着けてカウンターから離れると、テーブルの方から気になる言葉が聞こえた。
「どーするよ、ジャイアントの討伐」
「止めておいた方が良いと思うがね、一体で暴れてるってのも意味不明だし、露骨に怪しすぎるだろ」
「んでも報酬額がなぁー」
『ジャイアントの討伐じゃと?』
その言葉にヘルべティアが反応する、私は立ち止まって聞いてても意味ないかなと思って歩いてギルドの外へ向かって行ったけども。
「なにか、きになるの?」
『うむ、ジャイアントはその巨体からあまり物を考えぬ力任せの種族だと思われがちだが、本来は温厚で賢く集団を大切にする種族、今の言葉、一体で暴れるなど何かしらの被害が無ければ起きないはずだが』
「じゃいあんと、まぞく?」
『いや、ジャイアントは《巨人族》じゃ、魔族では無い。あまり他の種族とは交流をしない種族だな、魔力に頼らない分暮らしぶりは他の種族より劣るかもしれぬが、教えればすぐに学習する程度の知能はある』
なるほど、部族みたいな感じなのかな、巨体ってどれだけでかいんだろ。
でもおかしいと思っても私がどうこう出来る話じゃ無いからなあ、眉根を寄せているヘルべティアには悪いけど、薬草採取を優先させてもらおう。
もうお昼過ぎちゃってるし、あんまり悠長に構えてられないかな、夜外で野宿するのまで考えて五日間の期限なのかもしれないけれども。
小走りで門に向かって、門番をしている兵士さんに挨拶する。
「ちょっと、そと、いってくる」
「え、何か用事ですか?」
「ぼうけんしゃ、しけんだって、やくそう、とってくる」
「なるほど、トートさんなら心配は無いと思いますが、外にはモンスターも居ますので、お気をつけて」
「ん、ありがと」
門から離れた所で私は手のひらを空に向けてぐっと身体を伸ばす、日が暮れる前には戻りたいのでここからは全力ダッシュするつもりだ。
「べてぃー、やくそう、どのへんにあるの?」
『む、そこいらの草原にも普通に自生しておるが、手っ取り早いのは森だな』
ふむ、森か、この辺にあるかな。
久々に目を閉じて全神経を音に集中させる、風の吹き抜ける音、さらさらと揺れる草の音、遠くで流れる水の音、獣の息遣い、背後で聞こえる街の雑音がちょっとうるさい。
「あっちかな」
様々な音の中からたくさんの木が風で揺れる音を聞き取ったので、その方向に向かって走り出すと十分もしないうちに森が見えてきた。
「お、ちかい」
『たわけ、お前が速過ぎるだけじゃ』
ふふん、と胸を張ってから森の中に入っていく、ちょっと草が高かったりして歩きにくいし、無理やり押しのけて進んでいるとちょこちょこ虫が現れるけどあまり気にしない、虫は得意なんだよね、村暮らしで慣れたし。
道無き道を歩いているとけもの道に出る事が出来たので、薬草の探索を開始する。
基本的にヘルべティア頼りだけど、私も森の草ならリッカちゃんが教えてくれた事もあってそこそこ知ってるから自分でも採取出来るね。
薬草をちぎって道具袋に入れると、道具袋に入った指の部分だけ不思議な感覚に陥った。
そうだ、この道具袋気になってたんだ、なんて手を突っ込んでみると、脳内に入っているものが表示される、なんかこう、ぶわっと何が入っているのか理解できる感じ。
やっぱり道具袋だこれ! 試しに脳内に表示されたさっきの薬草を取りたいと思うと、指先に触れるものがあった。
引っ張り出すとしっかりさっきの薬草を手に持っている、こりゃ便利だね、まず買えってお母さんが言ってたのもよく分かる。
どんな物でも入るのかなと思って大きめの石を突っ込んでみようとしたけど、流石に袋のサイズより大きいものは入れられないみたいだ。
そんなおかしな行動をしている私を見てヘルべティアは怪訝な顔をしていた。
「は、はじめて」
咄嗟に言い訳のように道具袋を指差して伝えると、彼女は大きく頷く。
『なるほど、しかし恐らく初めてではなかろう、そう珍しいものでも無い、きっと記憶の混濁だな』
それより、とヘルべティアはあちこちにある薬草を指し示す、既に色々見つけてくれたらしい。
「これなら、すぐあつまるね」
『うむ、負荷量ギリギリまで詰めても日が暮れるまでに戻れるはずじゃ』
なんかモンスターっぽいのに見られている感覚があるけど、襲ってくる気は無いようで、付かず離れずの位置を陣取っている。
チラリと見るとものすごい速度で逃げるように引いたので、多分襲われる事は無さそう、私の動向を気にしているのかな?
『ワーウルフじゃな、お前の匂いを覚えていたか、完全に恐れておる』
「え、じゃあここ、むかしきたもり?」
『うむ、そのようだ。あの調子なら襲われる心配もなかろう、さっさと採取を終わらせて戻らんと日が暮れるぞ』
「あ、うん」
昔こんな遠くまで走ってきたのかと考えているとヘルべティアに急かされたので、私はワーウルフを無視して採取を再開する事にした。




