38話 吸引力抜群。
さて、結局あの後西区を歩いていると見覚えのある道に入ったので、そのまま吸い込まれるように宝石宿に入ってしまった、恐るべし宝石宿。
おかみさんに覚えられていたからカウンターでしばらく一人だと伝えると驚かれたけど、おかみさんも私が闘技大会で優勝している事を知っているので、変に詮索される事なく部屋を貸してくれた。
その日はもう特にする事も無かったので、シャワーを浴びて夜ご飯食べて、お腹がこなれるまでヘルべティアとお話だ。
「そういえば、まぞくってなんなの?」
『……《魔族とは何か》と魔王に問うとは、またえらく哲学的じゃな』
「あ、いや、そうじゃなくて」
聞きたいのはもっと簡単な部分なんだけど、伝わらないかなぁ、ハノさんが頭落としても生きてるみたいな事を言ったのが気になっただけなんだけどな。
うーん、このニュアンスをどう伝えれば良いのか、なんて頭をひねっていると、口元を拳で隠してニヤニヤしながらヘルべティアが教えてくれた。
この人、多分私が言いたい事分かっててからかっただけだ、んもう。
『ま、お前にも分かるように簡単に教えるなら、人間には《人間と同等か、それ以上に賢いモンスター》のような認識される事が多いな、あまり歓迎はされん』
「ごぶりん、とか?」
『ふふ、あれがお前くらいの賢さを持てば、それはそれで魔族じゃな。あれはただのモンスターじゃ』
ふむ、モンスターイコール魔族では無いのか、でも本質は近い、と。
そうなると、やっぱり人間とかみたいに種族がみんな同じような見た目ってわけでは無さそうだね。
でも、前からモンスター狩ってたけど魔族的には大丈夫なのだろうか、ヘルべティアに怒られてはいないから大丈夫だとは思うんだけども。
「もんすたーなら、かっても、いいの?」
『うむ、あれらは知恵をほぼ持たぬ、我らにとっても害獣のようなものじゃ。中にはそれをうまく仕事のパートナーとして扱う者や、ペットとして飼う好き者も居るがな』
「なるほど」
そう言うの、多分人間にも居るよね、前世でも動物を手足のように扱う人とか、クマをペットにしてるような人もいたし、職人技だね。
と、そんな会話を挟みつつしばらく話していると、だんだん眠くなって来たのでベッドにダイブした。
今日はいろいろやりたい事があるので早起きだ、こっちで過ごす事になるから服や下着を買いたいし、早くギルドカード欲しいから冒険者ギルドにも向かいたい。
朝ごはんを食べて西区をぶらぶらしてみる、時刻はまだ八時くらいだけど、もう開いている店は多いね、閉まるのが早い分開くのが早いのかな。
人もそこそこ居るけど、まだこの時間は街の人よりは冒険者っぽい人が多いね、私みたいにラフな格好をしている人は少ない。
地面にカーペットを敷いてあるだけの、文字通り露天に並んでいるアクセサリーに気を取られつつ服屋を探して歩く、アクセサリーも欲しいけど、とりあえず後回しだ。
お昼頃まで歩き回ったおかげで服屋を三軒見つけたし、そこそこ気に入った服を買う事ができた、普段着用のワンピースとか、冒険者やる時に便利そうなカーゴパンツとかだね、ついでに靴屋さんでブーツも新調して、私は満足だ。
そのまま冒険者ギルドに向かいたい気持ちはあるけど、とりあえず買った服を宿屋に置いて来たい、着替えたいし。
宿屋までの道を何度か迷いそうになったけど、ヘルべティアが道を覚えていてナビしてくれたおかげで無事戻る事ができたので、今までの服を脱ぎ散らかしてから新しい服に着替える。
あんまり考えずに買ったけど、カーゴパンツに半袖のシャツだと細さが際立っちゃうかな……風通しの良い、ゆるい感じの長袖も買っておくべきだったか。
まあ、良いか、お仕事用って事で。
姿見の前でくるくる回って確認した後に脱ぎ散らかされている服を回収して、宿屋備え付けのカゴに入れておく、洗濯は後で良いや。
そんなこんなで新しい服に着替えた私は再び外へ向かう、次に目指すのは冒険者ギルドだね、場所は昨日アンセルさんに聞いているから迷う事はないはずだ。
『しかし随分慣れておるな?』
「え、なに、きゅうに」
『こんなに複雑な道を歩くのも、服を着替えて姿見で確認するのも、村では全く体験できぬのに、動作が《何度も行ってきたそれ》であったからな、もしや記憶が戻ったのではないかと思ってな』
「ま、まさかー、あはは……」
うへぇ、完全に墓穴。そうだよね、村でずっと暮らしてた子が突然街に来て二軒も三軒も服屋見て回ったりしないよね、いくらこの前王都に来たって言ってもお母さんと一緒だったしどう考えてもノーカウントだよね。
『全部顔に出ておるぞ』
「うへぇ」
『はあ、まあ無理に言えとは妾も言わぬが、今の状況を整理するのに重要な事柄が含まれておるかも知れん、少しくらいは情報を共有して欲しいものじゃな』
「ち、ちがうの」
ヘルべティア拗ねちゃったけど、違うの、違うのよ、私だって全然理解してないの、だって明らかに世界違うじゃない。
でも言った所で、嘘だとか妄言だとか思われるのも嫌なんだよ、前例があるなら「実は私も……」ってできるけど、そうでないなら間違いなく頭おかしい人になっちゃうじゃない。
離れられない以上、致命的な心の乖離は避けたいでしょう? 離れていれば時間が何とかしてくれるとかあり得ないわけだし。
『よいよい、気にするでない、断片的な記憶の可能性もあるしな、そう思いつめた顔をするな』
「ごめん……」
『妾こそ、突然聞いて悪かったな、向かう先は冒険者ギルドじゃろ? もう、そう遠くは無いはずじゃ』
「う、うん」
気にするな、と手を振って隣を歩くヘルべティア、消えないのは私に気を使ってくれているのだろうか。
もっともっとヘルべティアがどんな人なのか分かったら、私の前世の事を話す事になるのだろうか、私には理解できずとも、彼女なら理由が分かる可能性もありそうだし。
ただ、分かったからどうなるんだって話で、現状を考えると状況が分かった所で私とヘルべティアが分裂できるなんて無いだろうし、うーん。
悩みながら歩いているともう冒険者ギルドの入り口に辿り着いていた、うだうだ悩んでいても仕方がない、思考を切り替えて行こう!
冒険者ギルドはやっぱり冒険者の拠点だからか結構大きな建物だね、前世で言うならファミレスくらいはあるのかな。
ここも騎士団の詰所と同じで観音開きのドアだけど、ドアは開いていて中が見える、そのまま入って良さそうだね。
中に入ってちょっとキョロキョロ。
うーん、ご多分にもれずって感じか、入って右手奥には受付カウンターみたいなのがあって近くには掲示板、あそこはきっと依頼を受ける時に使う場所だね。
正面はテーブルやイスが等間隔に並んでいて軽食やドリンクを出しているのかな、お酒も飲めそうだね、でもなんで冒険者ギルドで軽食が可能なんだろうか。
「おいおい、あんたみたいな小娘が来る場所じゃねぇぞ」
テーブルに着いて談笑をしている冒険者を見ていると、横からそんな声が聞こえた。
(出たなテンプレマン、だが残念だね、心の準備は既にできていたよ!)
と、横を向いて固まった。背中に斧を付けた半裸の男が居る、スキンヘッドマッチョだ、流石に半裸の男性が腕組みして立ってる状況までは想定してなかったな。
正確にはベルトのようなものをエックス字型にクロスさせているので裸では無いんだけど……いや、あれ、裸だよねこれ。
「ばっ……! すんません、コイツ情報に疎いやつで」
固まっていると、凄いスピードでオールバックの男性がスキンヘッドマッチョを押しのけながら謝りに来た。
こっちの人はちゃんと服を着てるけど随分軽装だね、シーフとかそう言う系統の人なのかな。
「きにしてない」
呆気にとられながらもそう返すと、オールバックの人はスキンヘッドマッチョを引きずって行きながら小声で教えていた、私には聞こえるんだけどね。
「あれが闘技大会でバニルミルト倒したバケモンだよ」
「マジか、あの小娘が?」
チラリ、とこちらを見て、目が合うとすぐに向き直る二人、ちょっと面白い。
さて、続けて絡まれても嫌だし、さっさと受付に行こうかな。




