35話 少し長い話
町に入る前に馬から降りて、ザンバラさんはフード付きのローブを私に寄越した。
「あんまり目立ちたくないんだ、悪いけどそれ被ってくれ」
う、確かに私の髪色とか瞳の色とか目立つけどさあ、そう言って私を闇に葬るつもりじゃ……なんて勘ぐってしまう。
「べてぃー、べてぃー」
『なんじゃ』
小さい声でヘルべティアを呼んで、渡されたフード付きマントを広げて見せる。
『何の魔法もかかっておらん、本当に目立ちたくないだけじゃろ、まあ、何か罠があるようなら教えるし、あまり気にするでない』
大丈夫とのお墨付きをもらったので私はフード付きのローブを着るんだけど、ちょっとサイズが大きくて裾を引きずってしまう。
「あらら、大きかったか、子供用の買ったんだけどな」
ぐぬぬ、私が小さいと申すか。確かにリッカちゃんやルーティと比べると全然小さいんだけどさ、あんまり比べる人が居なかったから気付かなかったけど、私は標準身長より小さかったんだね。
「大丈夫か、別にそれ引きずっても良いんだけど、歩けるか?」
「だいじょぶ」
ちょっと歩いて頷く、足元は空いてるから下手に踏みつける事はなさそうだし、引きずっても良いなら問題はないね。
目深にフードを被ってザンバラさんの隣を歩く、新しい町だからどんな所なのか見て回りたかったけど、あんまりキョロキョロするわけにもいかず、大人しく道を進む。
んー、でもあんまり特別な感じは無いね、雰囲気はルビエラが近いのかな、馬車も通れるような広い石畳の道に、二階建て程度の住宅やお店が立ち並んでいるような、普通の町だ。
「馬預けてくるから、ちょっとここで待っててくれ」
「ん」
馬小屋の前で私に告げて、ザンバラさんは馬小屋に入って行く、うーん、フードを目深に被った少女が一人突っ立っていると逆に凄く目立ちそうだけど、私はどうすれば良いのだろう。
『しかし、随分な念の入れようじゃな』
腕を組んだ格好でヘルべティアが現れる、念のため周囲を少し気にしてから、私は口を開いた。
「ん、やっぱり? ちょっとこわい」
『ああいや、害意は感じぬ、その点は心配いらぬじゃろ』
「そっか」
少し待っているとザンバラさんが戻ってきて、そのタイミングでヘルべティアはまた姿を消した、私の心配は無くなったから別に良いけど、寂しかったのだろうか。
「じゃあ行くか、ちょっと裏路地使うから逸れるなよ」
「ん」
大体二十分くらい住宅街を歩いた所で、ザンバラさんは立ち止まり、ここだ、と親指で家を指した。
持っていた鍵でドアを開けて中に入り、手招きされて私も中に入る。
「報告の子供をお連れしました」
ザンバラさんはドアに再度鍵をかけると、急に姿勢を正してロッキングチェアに座っている老人に伝えた。
ええー、聞いてない、ザンバラさんもっとこうアバウトな感じじゃないの、実は冒険者も規律厳しいとかあるの、やだなあ。
「ご苦労。トート殿、わざわざ町にまで来てもらう事になって、申し訳ない」
「ん、それは、いいんだけど」
立ち上がってこちらに向かってくる老人に、やはり覚えはない。
白い髪と髭を伸ばしたお爺さんという感じの人だけど、一体誰なんだろう。
『この老人、魔法で姿を変えておるな、中身は……なるほど、いつぞやの』
「おっと済まない、警戒しないで欲しい、私は君に命を救ってもらった者だ」
「え、だれ」
命を助けるような事をした記憶がないんだけど、モンスター狩りの時かなあ、偶然助けてたとか?
『ええい、勘の鈍いやつじゃな、初めてワーウルフを退治した時におった羽根つき帽子を被った剣士じゃ』
ああ! と私が気付いて、老人が腕輪を外すと魔法が解けて元の姿に戻る。
キリッとした目元とカイゼル髭はなんとなく覚えている、私にいきなり剣を向けて来た人だ。
「私はあの時死んだ事になっていてな、相手に警戒されないようにする為にも表に姿を現わす訳にはいかないのだ」
「どういうこと?」
つい首を傾げる、相手とか、死んだ事になってるとか、いきなり言われてもわけが分からない。
「失礼、では順を追って説明を、いや、その前に最大の感謝を贈らせてもらおう、二年前ワーウルフに囲まれた時、私を救ってくれてありがとう、本当に感謝している」
突然跪き、おじさんは頭を下げて感謝の言葉を述べる、私としては、あの時はただモンスターと戦ってみたかっただけだし、ここまで感謝されてもちょっと困る。
「では、少し長い話になるので座ってもらおうか、ザンバラ、お茶を頼む」
「畏まりました」
勝手知ったる、といった佇まいでザンバラさんはこの場を離れて行く、残された私は、おじさんに手で誘導されてテーブルについた。
ザンバラさんもすぐに戻ってきてテーブルにカップを二人分置くと、一歩下がってすぐ動けるように控える、メイドさんみたいだ。
「自己紹介が遅くなったが、私の名はデル・バンデルト、元伯爵だ。そこにいるザンバラの師匠でもある、もっとも、もうザンバラは私より圧倒的に強いのだがね」
ははは、と笑うデルさん、なるほど、貴族で師匠だからザンバラさんの態度が急に変わったのね、ザンバラさんにそんなイメージが無かったから驚いたよ。
デルさんが一口紅茶を飲んで、さて、と切り出した。
「二年前のあの日、私は私に仕えるふりをして貴族の情報を得ていた男性を追いかけていた、《何者か》と出会うのではないか、とね。そしてそこに彼女は現れ、ワーウルフを呼び寄せて私と男性を殺した」
男性を殺した? あれ、あの時はデルさん以外見なかったんだけど、そんなに登場人物が居たの?
「でるさんいがい、みなかったよ?」
「ああ、女性はテレポートジェムで逃走し、男性が殺された場所から私は少し移動したからな、きっとそのせいだろう」
「なるほど」
「そして私もワーウルフの群れから逃げる術も勝ち目もなく、ここで終わりかと思った時、君が現れた。最初はその瞳を見て上位のアンデッドが現れたのかと思ったものだ」
そうか、普通に考えてモンスターを殴って吹っ飛ばす小娘なんて居ないよね、別のモンスターだと思うのが当然か、それで、私に剣を向けたと。
「その後、私は助かりはしたが、あの女性は私を殺したと思い込んでいるはずだと感じ、私は屋敷に戻らず死を装う事にした。企みを暴く事が出来れば、裏をかけるのでは無いかと思ったのだ」
「たくらみ?」
「うむ、その辺りは後で話そう。……死を装った私はこの街に腰を落ち着けて、私の手足として働ける人物が欲しくなった、裏切る心配のない人物がな。しかしどうあっても資金が必要となると思った私は、先に資金の安定化を図るべく、屋敷の最も信頼のおける人物にいつか決めた符号の手紙を送った。まあその符号もはるか昔の戯言だったので賭けではあったのだが、どうにかうまく私の生存を伝えることができた」
ふむ、最も信頼のおけるって言うくらいだから家族の誰かなのだろうか。
でも死を装うことで裏をかけるほど影響力があるって考えるとデルさんに家族は居ないのだろうか、長年付き従ってきてくれた執事さんとかかもしれないな。
「それに、私は深緑の森に現れた《上位のアンデッド》が気になって仕方なかった、ワーウルフの群れですら瞬間的に壊滅させるほどの力を持っているのだ、並みの冒険者では相手にならないし危険過ぎる。きっと未だに王都の近郊を彷徨っているのだろうと判断した私は、いつか風の噂で聞いた《不死狩り》に依頼を出した。協力者のおかげで、私だと気付かれずにある程度なら自由にできる金はあったからな」
「そこで、ざんばらさんと、であったんだね」
「そう、不死狩りに依頼を出したのに彼女が現れて私は驚いた、まさか同一人物だとは全く思っていなかったのでな。相棒のハノーティ氏と私は面識が無かったのでその時は正体を隠していたが、ザンバラにだけは早々に正体を伝えておいたのだ。更に幸いな事に、エレスベルでは不死狩りの名を知っている者は少なく、彼女らに任務を頼み易かったのだ」
ん、そういえばハノさんはどこに居るんだろう、ザンバラさんの口ぶりからするに既にこっちに居ると思ってたんだけど。
なんて思っていると、今度はザンバラさんが話し始めた。
「その後、一年くらい前の話だな。オレたちは暫く馬車の護衛や王都付近の見回りをしてたんだが、全然それっぽい気配はないし被害報告も無し。周辺のギルド支部でも何の情報もねえし、てんでお手上げってな状態で、もしかすっともう遠くへ行っちまったんじゃねえかって考え始めた頃に、貰った情報と特徴が一致する子供が馬車に乗り込んだんだ」
「それが、わたしね」
「だな、その目の色はどう見てもアンデッドだったしな、気づいてねえと思うけど色々試したんだぜ。結局人間だったって判断に落ち着いたけどな」
「へ、へえ……」
確かあの時、ご飯を食べる前にってハノさんが祈ったら一瞬嫌な寒気を感じたんだよね、普段はそんなの感じた事なかったから妙に印象に残ってるけど、これは教えない方が良さそうだ。
「それで、人間であるなら礼を言わせて貰いたいと私がザンバラに頼んだのだ。その時にはハノーティ氏も信用に足る人物だと感じたので私の正体を明かした、頼みたい事もあったからな」
デルさんが言い終えたのとほぼ同時に、家の鍵が開く音がした。
「ただいま戻りました」
噂をすれば、かな、ハノさんが野菜のはみ出ている大きな紙袋を片手にリビングへやって来て、テーブルについている私を見ると、前見た通りの糸目のまま小首を傾げた。
「あらまあ、もう着いていたのですね、お野菜を少しおまけして貰っていたら遅くなってしまいました」
「いや、丁度良かった。ザンバラ、全員分のお茶を用意したらお前も座ってくれ」
「はい、師匠」
「あ、おかわり、ほしい」
ハノさんが紙袋をキッチンに持って行ったり、ザンバラさんが紅茶のおかわりを用意してくれたりバタバタしたけど、全員着席するとデルさんが咳払いをした。
「ここから先は私の予想や見解が入る、そしてトート殿、貴女を呼んだのは他でもない、この事を伝えておきたかったのだ」




