33話 やだ。
「トートさん、是非アリエス王都騎士団に入団して欲しい」
「やだ」
即答である。
唖然とした空気に思わず周囲を見回してしまったけれど、両親は呆れた顔をしているし、バニルミルトさんは開いた口が塞がらないようだし、ザンバラさんは声を押し殺して笑っている。
だって騎士団ってお給料は良さそうだけど、なんか堅苦しそうで嫌じゃない? 私は冒険者が良いの、出来るだけお気楽に過ごしたいのよ、それに、こんなファンタジーな世界なら、冒険しないと損でしょやっぱり。
「なぜ嫌なのか聞いても?」
「わたし、ぼうけんしゃがいい」
な、何故と両親の方に向かって問いかけるけど、お父さんは黙って首を振るだけだし、お母さんも呆れた顔のまま短く告げる。
「この子、言い出したら聞かないわよ」
「きみは闘技大会の賞金額を聞いて目の色を変えたと聞いています、騎士団は冒険者として活動するより安全ですし、安定して沢山の給料が貰えますよ」
ちょっと、賞金額聞いて目の色変えたって、絶対それ言ったのルーティでしょ。
『あ、そうであります、自分が街を案内していた時、トート殿は闘技大会に百万グリスの賞金があると聞いた途端、闘技場に向かって行こうとしていたのであります』
とかって。
何言ってんのもう、違うの、額に惹かれただけじゃなくて、《ちょっと戦うだけで大金を得られる》って所に反応しただけなんだよ、ここ大事なんだからね。
「きりつ、きびしいでしょ」
「それはまあ、国民の平和を守るためですから、ある程度は厳しい所もありますが……」
「ぼうけんしゃがいい」
どん、と腕を組んで堂々の宣言をする、私はルーティがやってた綺麗な礼とか無理だよ、どっちかってとザンバラさんぐらいアバウトな感じの方がやりやすいよ。
バニルミルトさんは片手で額を抑えるようにして考え込んでしまったけれども、少しもするとその体勢のまま私に言う。
「騎士団としては、年齢に対してきみの戦闘能力は危険であると判断しました。ですので少なくとも十五歳、要は成人するまでは騎士団の監視下に置いておきたい、というのが本音です」
なるほど、子供じゃ急に暴れ出すかもしれないし、悪い人に唆される事もあるだろうから怖いって事ね。
騎士団に来て欲しいって言ってるくらいだから、両親まで王都に招待しようって気はなさそうだけど、念のため私一人って伝えておくべきかね。
「わたしひとりなら、いってもいいけど、わたしに、りてん、ある?」
「冒険者になりたいのなら王都は最適でしょう、それを踏まえて条件を伝えさせてもらいますが、住居の用意ならすぐに出来ます、監視のため団員一人と一緒に過ごしてもらう事になりますが、相応の家を準備できますよ」
「ただ?」
「もちろん、こちらの都合で王都へ来てもらう事になるので無料で提供しましょう、生活費もある程度はこちらで負担します」
これは渡りに船、あまりに魅力的な条件だ、気になるのは一点だけ、知らない騎士団員と過ごすとなるとストレスとか凄そうだけど大丈夫だろうか。
「だんいん、だれくるの」
「勿論女性にするつもりですけど、トートさんは団員に知り合いとか居ますか?」
うーん、私が名前も顔も知ってる騎士団の人って、ルーティかオルニカさんかグリフレットさんかアンセルさんぐらい? 女性といえばルーティかアンセルさんだけど、アンセルさんは副団長だし、あれ、もしかしてルーティ一択なのでは。
「るーてぃ」
「見習いの、ルーティ・エスタ・アリエスですか?」
「そう」
「見習いではありますけれど、年齢も近いですし、寮生活の彼女なら確かに」
バニルミルトさんは頷いて考え込む、その隙に、ザンバラさんがまた一歩前に出た。
「悪いが、その前にオレの方へ来てくんないか、依頼主はどうしても会いたいって言ってんだ、なんならその後王都へ連れて行っても良い」
う、なんか私の王都行きはもう確定してしまった感がある。
まあ、両親の許可も得てるし、住む場所も生活費もほぼ無料で手に入る最高のチャンスだから断る理由なんて全く無いんだけどさ。
「はあ、わかった」
ため息を吐きながらザンバラさんに頷く、用事が終わったら王都に連れていくって言ってるし、本当に依頼主が 私にお礼を言いたいだけである可能性が高いけど、普通お礼言う為だけにわざわざ人を呼ぶものなのかなあ。
知り合いの少ない私には全く心当たりが思い浮かばないし、ちょっとだけ心配だ。
「団長サン、良いか? 先にオレの方連れてくぞ」
「仕方ありませんね、用事が済んだら速やかにアリエスの騎士団詰所まで来てください」
「あいよ」
「貴女の事はある程度聞き及んでいるので早まった真似はしないと思っていますが、あまり遅くなるようなら、捜索隊を組みますのでそのつもりで」
「クソ、わかってるっつの、アンタん所の手は煩わせねえよ」
気が合うんだか合わないんだか、言い合いながら外へ出て行く二人を眺めてから、両親の方へ向き直る。
「じゃあ、いってくるね」
「結局すぐに行く事になるとは思わなかったわ、行ってらっしゃい、気を付けてね。うちにある道具は古いし、王都で新しいもの買いなさい、まず道具袋をちゃんと買うのよ」
「わかった」
「父さんも母さんも、開国祭の頃にでも行けたら行くからな」
「うん」
私は大きく頷いて外へ出て行った二人を追いかけて行くと、ちょっと離れた場所からリッカちゃんが様子を見ていた、きっと「トートが知らん人連れてきた」とか言われて見に来たのだろう。
多分、とは付けたけれども、王都に行くのはまだまだ先と言ってしまった以上、とても気まずい。
家に入る前に馬を留めていた柵の所でバニルミルトさんとザンバラさんは二言三言会話してから別れ、ザンバラさんは馬を引いて私の元へ向かってくる。
「んじゃ行くか」
その言葉に反応してか、リッカちゃんが駆け寄って来た。
「と、トートちゃん、またどこか行っちゃうの?」
「もう、おうとに、いかないと、いけなくなった」
「っ!」
瞬間的にリッカちゃんの顔が紅潮し、目尻に涙が浮かび上がる、彼女はキュッと一度口を閉じると、今まで聞いた事無いほどの大声で叫んだ。
「嘘つきっ!」
そのまま走り去って行くリッカちゃんを追いかけるべきか一瞬悩んだけど、掛ける言葉が見つからず、追いかける事ができなかった。
結局、友達か冒険者かという選択で、私は冒険者の方を選択したのだから。
でもそもそも、先延ばしにしてもいずれ来る決別だと考えると少しは気が楽に……ならないな。
「なんか悪いな、あの子友達なんだろ?」
「うん、でも、おうとなら、まだちかいから」
「だな、あの子ももうちょっと大きくなったら追いかけて来るかもな」
「うーん、りっかちゃんは……」
ずっと病弱だったイメージが強すぎて、あんまりアクティブに行動する彼女を想像できない、山菜採りとか行った時も私が主体で、一緒について来てくれている感じだったし。
冒険者はやらせてくれるみたいだけど、監視下に置いておきたいとバニルミルトさんが言うくらいだから、私は王都からそんな遠くに行けなさそうだし、来てくれないと会えないかもなあ。
「とりあえず馬に乗せるぞ、あんまり暴れないでくれよ」
「ん」
ザンバラさんに持ち上げられて、私は馬の首の付け根辺りに乗せられ、ザンバラさんはその後ろに跨る。
「よし、じゃあ出るぞ、オレに寄っかかってくれ」
「はあー……うそつき……」
四日経った旅の途中、私は未だリッカちゃんの言葉を引きずっていた。
馬で走るのは馬車より早く、どこに向かって居るのかは分からないけど一日でルビエラを通り越して、今はそこより先の宿場町のベッドの上だ。
方向的に、王都へ向かった出口とは別の場所から出たので、王都とはまた少し離れた所が目的地なのだろうか。
『そう腐るな、今生の別れでもないのであろう?』
「それは、そうだけど」
私がベッドの上にうつ伏せで溶けきっているのが目に余ったのか、ヘルべティアがベッドの端に座った状態で姿を現した。
違うのよー、こう言ったのって離れてる期間が長いほど、例の爆弾みたいに憎しみゲージが溜まっていくのよう。
ああーいやだあー。
更にベッドに沈み込む私を見て、ヘルベティアは鼻で笑った。ひどい。
なぜ普通に話しているかというと、今ザンバラさんは買い出しに出かけているから、私の他には誰も居ないのだ。だからベッドの上で溶けて居たんだけども。
『それよりも、ザンバラとやらに聞いて欲しい事がある』
突然、真面目な声を出したヘルベティアに、私はつい顔を上げて尋ねた。
「きいてほしいこと?」
『馬で移動している時でよい、妾がこれから確認したい事を伝えるので、そのまま訪ねて欲しいのじゃ』
「うん、いいけど、なんで?」
『少し引っかかる事があるのじゃ、杞憂であればよいのだが、な』




