32話 私と一緒に来てください?
事の発端は二時間ほど前に遡る。
アリエス王都騎士団、騎士団長であるバニルミルト・クラウンは、各々馬に跨った騎士団員を三人連れてトートの住むフルーカ村へと向かって呑気に草原を進んでいた。
馬車が通るような道が一本ずっと続くだけで、周囲にはほとんど木が立っている事もなく、とても見渡しの良い草原である。
「もう、後はこの道をまっすぐ進んで行けば二、三時間ほどで到着しますよ」
「もう少しですね、しかし、徒労に終わらなければ良いのですが」
道案内の為について来た女性団員が伝え、バニルミルトは頷いて呟く。
と、そんな時、同じように前を進む冒険者風の女性が目に映った。
違和感を覚えたバニルミルトは、少しだけ速度を上げて冒険者の近くに向かい、訪ねる。
「失礼、貴女もフルーカ村へ? ああ、我々も任務で向かっている最中でして、特に問題があるわけではないのですが、村に向かっている理由をお聞きしても?」
「横暴だな、関係ねえだろ、依頼だよ」
女性冒険者は乱暴にそれだけ答えると、馬のスピードを少し上げる、バニルミルトもそれにつられて馬のスピードを合わせるように上げた。
「すみません、敵意があるわけではないのです、ただ、あんな小さな村にどんな用があるのかと思いまして」
「依頼内容は言えねえ、例え王都の騎士団長だろうがな」
ぶっきらぼうに言い放ち、女性はさらに馬のスピードを上げる、逃げるというより先に村に着く為にスピードを上げているのだと把握したバニルミルトは、後ろについて来ていた騎士団員たちに、「普通の速度で村に向かうように」と叫ぶように伝え、自身も女性を追いかけるように馬の速度を上げた。
「待て、敵意はないと言ってるだろう! なぜあの村に向かっているのか教えて欲しいだけだ!」
「だから、依頼の関係で言えねえって言ってんだろ! てめえこそあんな村に何の用だよ!」
「その情報は開示できない、いいから速度を落とすんだ、あの子はアンデッドではないぞ、《不死狩り》! 」
「チッ、やっぱ知ってたか、しっかし騎士団長のくせに今度は冒険者気取りかよ」
端が擦り切れたマントを翻し高速で馬を駆りながら、青色ベリーショートの髪型をした女性、ザンバラ・キュリエスクリーブは隣で同じように馬を駆るバニルミルトに悪態を吐いた。
「んなこた知ってる、ハノ居ねえだろうが! 関係ねえし、危害を加えに行くわけじゃねえ!」
「だから速度を落とせと言っている、それでは僕と敵対行動を取るためだと示唆しているようなものだぞ!」
「てめえの目的も分からねえのに速度落とせるかよ、オレの依頼は最重要任務なんだよ!」
「騎士団の任務を超える重要事項などあるか!」
「頭固えな、あるんだよここに!」
◇――――――
村の入り口側まで走って、向こうからやってくる馬を目視する、二頭とも全力でこっちに向かって来ているけど、乗っている人物はどちらも見覚えがある人だった。
ザンバラさんとバニルミルトさん? 知り合いと言うには険悪な雰囲気だけれども、一体何をしに来るんだろ。
あの速度で村に入られても困るので、私は目立つように大きく両手を振って存在をアピールしたら、二人とも物凄い速度で私のそばに馬を止めて、ほぼ同時に飛び降りるようにして私の前に来た。
「オレ(僕)と一緒に来てくれ(ください)!」
「……こまる」
いきなりそんなこと言われても、って感じだ、目の前ではザンバラさんとバニルミルトさんが目と目を合わせて火花を散らしているし、一体なんなんだろう。
「おやいるし、うちきて」
よく分からないけれど、まずは話を聞いた方が良さそうだね、私がどこに行くにしても両親が聞いていた方が安心できるだろうし。
人間三人と馬二頭でぞろぞろと村の中に入って行く、村に人が来るのは珍しいので村人の視線を受ける事がちょこちょこあるけど、私が先頭を歩いているのを見ると、「なんだまたトートか」と興味を失ったように去って行く。
あれ? 私、村ではそんな破天荒な感じじゃないよね、何か常人離れした事をやる時はなるべく村から離れるようにしてたと思うんだけど。
「おかしくない?」
思わず呟くと、隣に突然姿を表したヘルべティアが、一緒になって歩きながら面倒くさそうに私に向かって教えてくれた。
『はあ、まさかとは思っておったが、無自覚だったか。集中している時、周囲に気を配る癖を付けよ、このままでは何かするたびに妾が出張る事になるぞ』
うへえ、そうなの、確かに集中しちゃうと周り見えなくなるけどさ、あの反応って事は今までも何度かやらかしてたんだね、出来るだけ気をつけよう。
村の中には馬留めとか馬小屋なんて無いので、乗って来た二匹の馬は家の近くの柵でお留守番だ、幸いどちらもよく訓練されているようで、突然暴れ出すこともなさそうだね。
まあ、何かあったら私かヘルべティアがすぐ気付くでしょう、バニルミルトさんも居るし。
家に入ると、お父さんもお母さんも丁度暇を持て余していたようで、リビングで談笑していた。
「おとうさん、おかあさん、おきゃくさんきた」
「ええ!? ちょっとトート何突然」
「失礼、アリエス王都騎士団団長、バニルミルト・クラウンと申します」
「悪いね、邪魔するよ、ザンバラ・キュリエスクリーブだ」
バニルミルトさんがピッと姿勢を正して挨拶して、ザンバラさんが右手をゆるく振って挨拶すると、お父さんは固まったまま顔を青くしていた。
「おいおい、トート、今度は何をしたんだ」
「んー、なにもしてない」
はずだ、多分。
バニルミルトさんは闘技大会の賞金関係で来てくれたんだと思うけれど、ザンバラさんの方はまったく覚えが無い、とりあえず椅子に座って貰おうと勧めると、二人とも首を振った。
「すぐに済む話ですので」
バニルミルトさんは言ってからザンバラさんを睨みつけ、ザンバラさんも同じようにバニルミルトさんを睨みつける、また両者の間に火花がばちばち、これじゃ話が進みそうにないね。
「なんのよう」
私が尋ね、お父さんとお母さんは椅子に座ったまま突然現れた二人に不安げな視線を向ける。
「《不死狩り》、貴女から先にどうぞ」
バニルミルトさんが挑発的な視線を向けながらザンバラさんに伝える、不死狩りと聞いて、物騒な二つ名だなあと思うと同時にお母さんがピクリと動いたのを私の耳が捉えた。
だ、大丈夫だよ、私はアンデッドじゃないし、関係ないはずだよ。
小さく舌打ちしてから、ザンバラさんは一歩前に出て、私を見据えて言った。
「トート、オレと一緒に来て欲しい、ある人物が直接礼を伝えたいと言っている」
「あるじんぶつ?」
「そこは、直接会って聞いてくれとしか言えない、特徴、名前、性別、年齢、何の礼かも全て口外禁止にされてるからな」
いやいや、何も教える事はできないけど来て欲しいって、流石に罠感が強すぎないかな、不死狩りって呼ばれてるし、多分アンデッド狩るのが得意なんだよね、だったら私のこの紅い瞳は動かぬ証拠なんじゃないの?
いやでも、バニルミルトさんと仲悪そうな感じするし、バニルミルトさんは私に警戒させるためにわざとそう呼んだのかなあ。
本当にまずいなら、私と会わそうとすらしないよね、たぶん。
「話は終わりか? では僕の番だな」
私が悩んでいると、今度はバニルミルトさんが一歩踏み出してザンバラさんの隣に立った、私の返答を待たずに歩み出たバニルミルトさんにザンバラさんは眉をひそめたけど、睨みつけるような真似はせず、大人しく一歩下がった。
こっちもこっちでなんだか一筋縄ではいかない雰囲気だね、これが賞金だよ! なんて出してくれるだけって感じじゃなさそうだし、全くもう、一体なんなんだろう。




