31話 久しぶりの村。
王都から戻って一週間経った、こっちの世界だと十日間だね。
村に戻ってきた日にちょっと話した事で現状について納得したのか、ヘルべティアはなるべく私に気を使わせないように姿を消す事が多くなった。
一応いるにはいるから呼べばすぐに出てくるし、結局の所あんまり変わらないんだけど、視界に情報として入らないだけで随分違うね。
あの後もちょこちょこ話してみたけど、ヘルべティアは基本的にいい人みたいだ。
「まおうって、にんげんのてきじゃないの?」
『一体お前はいつの話をしておるのだ……先代魔王が停戦協定を結んで、今は平和じゃ。妾も好んで他の種族と争うような真似はせん』
「いまのまおうは?」
『妾の知る限りだと穏健派のはずじゃ、少なくとも、突然協定を破るような奴ではない』
だそうで、百年近く平和が続いているらしい、平和はいい事だね。
リッカちゃんの方は、泣かしちゃった手前少しだけ気まずかったんだけど、少ししてから顔を合わせた時にリッカちゃんが照れ笑いしながら謝ってきた。
「あの時はごめんね、ちょっと取り乱しちゃった」
「わたしもごめん、きゅう、だったもんね」
「うん、行くの、まだ先なの?」
「たぶん、まだまださき、かな」
「そっか」
まだ両親にも話してないし、少なくとも五年は先になるんじゃないかな、とも思うけどね、闘技大会で私も戦えるよってのは見せたけれど、世間一般的には子供だし送り出してくれるかどうか。
そもそも、力だけじゃどうにもならない事なんていくらでもありそうだし。
私の言葉を聞いて、リッカちゃんは髪を指でくるくる捻っては何か考えているようだったけれども、突然俯いてため息を吐くと、その後は何事もなかったかのようにいつもの笑顔を見せた。
「じゃあ、今日はお母さんにお使い頼まれてるから、もう行くね」
「ん、また、あそぼう」
「うん!」
良かった、リッカちゃんと気まずいのは嫌だったから、これでとりあえず一安心だ。
でもやっぱり私が行っちゃうってのが分かって悩んでる感じもする、けど私もずっと村に居るのはイヤなんだよなあ、特に都会の良さを知っちゃったから尚更。
はあ、胸が痛いわ。
さて、お家の方ではお母さんがお父さんに、そう言えば、と闘技場での出来事を伝え、お父さんがとても驚いていた。
「トートお前、そんなに強かったのか」
「ん、すごいでしょ」
「凄すぎてもはや父さんには分からん、母さんの剣でさえ見切れないからな」
ふふん、と腕を組んで開き直るお父さん、お父さんよりお母さんの方が強かったんだね、どこで出会ったんだろう、馴れ初めとかすごく気になる。
「しかし、モンスターを倒しに行ってたって事は冒険者にでもなりたいのか?」
「ん、なりたい」
「過酷だぞと言いたい所だが、父さんCランクで限界感じてたからな、凶悪なモンスター倒せるなら大金も稼げるようだし、良いんじゃないか?」
「ちょっとまた適当言って」
お母さんがお父さんにツッコミを入れる、む、お母さんは私が冒険者になるのは反対なのかな。
「私も否定的じゃないわよ、あれならしっかり準備すれば戦闘面での危険はあんまり無いだろうし。でも冒険者するとしても、落ち着ける場所はどうするのよ、体洗ったり道具洗ったりする所も必要だし、ランクが低いうちは報酬も微々たるものなんだから、宿屋暮らしなんて到底無理よ?」
「しょうきんは?」
「あー、百万グリスあれば安い家を借りればなんとかできない事もないわね、宿屋でも良いけど、ただ、賞金だけに頼るなら、念のために手早いランクアップは必須になるわよ」
「どのくらい?」
「んー、とりあえず目指すはCランクね、それくらいあれば、依頼のあんまり無い月があっても一人ならある程度余裕を持って生活はできるようになるわ」
ふむ、Fランクから始まると考えると、Cだと中級冒険者の上位か、結構冒険者って厳しいのかもね。
なんて考えていると、お母さんも顎に人差し指を当てて考えるようにしながら話を続ける。
「一応ギルド支部がある町ならどこでも依頼はあるけど、低ランクの依頼をコンスタントに受けたいならやっぱり王都に行くべきね、人が多いからパーティも組みやすいし、騎士団の人に顔を覚えてもらっておけば困った時に便利よ」
「そっか、やっぱり、おうとだね」
「いつ行くの? お母さんとしてはトートはまだ小さいし、もう少しくらいは側にいて欲しいけど」
「父さんもだぞ」
あんまり否定はされないと思っていたけれど、むしろ行きたいと言えばすぐにでも行けそうな空気にびっくりだよ私は。
だけど、リッカちゃんの事もあるし、冒険者はちょっと保留かな? 頑張れば来年とかにまた賞金増えるかもしれないし。
「ん、まだしばらくは、いかない」
「そう、確か物置に昔の道具があったと思うから、暇な時に道具の使い方とか教えてあげるわよ」
「ありがと」
私は頷いて、両手でグッとガッツポーズをした。
やった、ベテラン冒険者のレクチャーは嬉しいよ、物置には全然使い方の分からない道具とかあったし、それらから聞いていきたいね。
それからまた少し日が経ち、王都から戻ってだいたい一ヶ月くらい経った頃に、私は突然閃いて村から少しだけ離れた雑木林の中に来ていた、ひらけた空間があって光が差し込む、台座になる切り株なんかがあれば伝説の剣が刺さっていそうなロケーションだね。
「べてぃー、きいてきいて」
『なんじゃ突然』
呼ばれて姿を現したヘルべティアに、魔王だし、姿も現わせるなら戦闘訓練みたいな事できないかな、と私の考えている事を告げると、ヘルべティアの目が泳ぎ出した。
『い、いやあ、その、あれじゃな、妾は思念体だから、のう? あんまり戦闘訓練にはならぬかなーと思うぞ、だからほら、やらんで良かろう』
「でも、まおうとたたかいたい」
『戦闘民族か!』
だって魔王と戦える機会なんて無いでしょ、絶対私より動き良いだろうし、冒険者をするなら私の取り柄は戦闘だろうから、長所を伸ばす為に戦闘訓練とかもっとやっておきたいし手伝って欲しいんだけど……。
期待を込めた目を向けていると、ヘルべティアは深いため息をついた。
『体を使っておるお前になら伝えておいても良いか、いつか入れ替われる事も期待しておきたいしの。妾はな、ほとんど内の魔力を持たん、故に魔法が使えぬと一般人並みの能力しかない』
「わたしとおなじで、ながれ、かえられない?」
『いや、不可能ではないがあまり得意ではないのじゃ、妾は魔力を取り込む力がとても強くてな、外の魔力はほぼ無尽蔵に使えるのだが、そのせいか内の魔力に流れを変えても維持するのが難しい』
「まほう、さいげん、できないの?」
『うむ、そもそも、強制的に場所を転移させる魔法を使いたかったとして、この体ではお前に当てる事はできぬ。思念体だから動きをお前の速度に合わせる事も可能なのであろうが、内の魔力を使った戦いなど殆ど知らぬから体が思うように動かぬ』
「そっか」
どっちにしてもダメなんだね、せっかく良い考えが閃いたと思ったのにな、残念。
口を尖らせていると、突然ヘルべティアが悪い顔をしてパチンと指を鳴らした。
……が、何も起きない。
『薄々感づいてはいたが、絵を描く程度なら可能でも、しっかりとした視覚映像は再現できないようだの、脅かしてやろうと思ったのじゃがな』
「おどかしてやろうって……」
肩を落として呆れていると、動物が高速で駆けているような音を私の耳が捉えた、重いものを乗せて地面を抉りながら村に向かっているような疾走音に、つい耳をそばだてる。
馬か、二頭、馬車ではない? まるでどちらが先に村に着くか競っているような節がある、言い合いしている? んー、何か叫んでいるような気はするけど蹄の音にかき消されちゃってよく聞こえない。
「もどろう」
『うむ』
人が来る事なんて滅多にないのに、何か嫌な予感がする。
私はグッと足に力を入れると、馬より速く先に村に着くために駆け出した。




