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29話 リッカ

◇リッカ視点――――――


 例えば、《あの時》私が起きていたと知ったら、トートちゃんはどんな顔をするんだろう、一体、どんな気持ちだったんだろう。

私はあのおかげで今を生きていられると思っている。

結局、あれはトートちゃんにとってはただの治療で、そこに恋愛感情は無かったのかな。



 私は最初にトートちゃんと出会った時の事をしっかりと覚えている、元々記憶力には自信があるから。……変に美化されたりはしていないと思うけど。


初めて会ったトートちゃんは髪の色や瞳の色が周りと違っていて少し怖かったけど、それよりも、しっかり自分の意思を持つような、強く輝く瞳が何故かとても怖かったのを覚えている。


「ほら、お名前は?」


 お母さんの言葉で私は勇気を出して自分の名を告げると、彼女はしばらく悩んでいる素振りを見せていたけれど、彼女の母親のリアーナさんに手を取られると、自分の名前を教えてくれた。


「りっか、とーと」


 その声を聞いた瞬間私の中で何かが弾けた、昔はその心を揺さぶる感情を知らなかったけれど、今ならその感情も分かる。

私はあの時、トートちゃんの声に惚れたんだって、ただただ単純に、凄く好きな音だった。


 その後は手を差し出してくれたり私に気を使ってくれているって知る事が出来て、私が彼女を見た時に受けた恐怖は杞憂に終わったわけだけれど、今度は逆に彼女がどんな子なのか気になった。


「何するの?」


 隣の部屋に移った私は首を傾げて聞いたけれど、彼女も首を傾げるのみで何も伝わっていないようだと気付く。


「言葉が分からないの?」


 そう聞いても首を傾げるのみで、『うちのトート、もしかして言葉覚えるの遅いのかしら』とうちのお母さんにリアーナさんが訊いていたのを私は思い出した。


 そうなったらもう私は頭をフル回転させたよ、どうしたら彼女の声を聞くことができるのか、ってね。

何か尋ねても答えない事って事は、《分からない》が分からないって事だし、それなら《分からない》を無くしてしまおうと考えたよ。


 その日のうちに『あれは何?』と言う単語を教えてあげただけで、それ以降彼女は色々な言葉に興味を持ってくれるようになった。


 恥ずかしい話だけれど、そこからしばらくは私にしか彼女に言葉を教えられないんだって変なプライドを持っていたし、教える内容もだんだん難しいものになっちゃった。


 私自身、言葉自体はお父さんの書いた本があったし、少し体調の悪い日にそれを読んでいればいくらでも知る事が出来る環境にあったから、尚更だよね。


 けれど、彼女はしっかりついて来てくれた。

本当に、最初に会った時は全然言葉を知らなかったのに、よくこんなに言葉を詰め込めるな、なんて感心までしてしまった。



 トートちゃんとは仲良くなって当たり前のように遊ぶようになったけど、月日が経つにつれて、私の体調はどんどん悪くなっているのが分かった。

急に気持ち悪くなったり、体のどこかが痛くなったり、苦しくなったり。


 少しくらいなら無茶しても大丈夫かな、なんて思う事も何度かあったけど、トートちゃんはそんな時は必ずと言っていいほど私に我慢をさせなかった。

どうやって判断しているのか分からなかったけど、少しでも私が無茶しそうになったらさっとお話を切り上げて帰るの。


 私より私の事を見ていてくれているんだって思っていたし、当然嬉しかったよ。声が聞けなくなっちゃうのは寂しかったけどね。



 それからどんどん体調も悪くなって、起きているのも辛くなって、私が遊べなくなっても、トートちゃんは顔を見せに来てくれたんだよね。


 あの辺りは時間感覚がなくなっちゃってたから、どれくらいの頻度で来てくれていたのか覚えてないけれど、やっぱりトートちゃんの声を聞けるのは嬉しかったし、元気な彼女を見ていると私も元気になった気がして、少しだけ楽になれた。


 そんなある日、誰かが静かに私に近寄る気配を感じたの。

もう目を開けるのも億劫で、このままでいいやなんて思ってた時に、トートちゃんの声が聞こえて。


「りっかちゃん……」


 私を起こさないようにしているのか、とても小さな声で呟いたのが何故か凄く心に残って、私は寝ていた方が良いんだなって。

でも、さらに近寄って来た気配があったと思ったら唇に柔らかい感触があって、私はあまりの驚きに心臓が跳ねたよ。


(トートちゃんにキスされた! なんで!?)


 その直後胸がスッとして、体の痛みも全部消えて、体がふわっと軽くなって、今まであり得なかった未知の感覚に、私は死んじゃったのかな、と思ったりもした。


「はやく、よくなってね」


 私を起こさないように気遣ってトートちゃんが小さい声を出して、私は事情を理解した、一体何をやったのか全然想像もできないし分からないけど、トートちゃんは私を治してくれたんだって。


 それと同時に、私は深い疑問に苛まれた、私はトートちゃんが好きだったのかなって。

キスされて本当に嬉しくて、トートちゃんが帰った後に顔が真っ赤になっちゃって、でも、これは《好き》なのかなって思って。

好きって言葉は知っていたけど、どんなものなのか全然分からなかったし。


 一日経って、二日経って、三日経って。

あれ以来苦しくも痛くもない私は、やっとあの時トートちゃんが治してくれたんだって確信した。


 それでも、私の心はよく分からなくて、けど何より分からなかったのはトートちゃんの心で、あのキスはただの治療だったのかなって。

あの時私が目を開けていれば、トートちゃんがどんな気持ちだったのか知ることができたんじゃないかって。


ぐるぐる悩んでいたけれど、それを直接聞くのは怖くて。


「ちりょうのためだよ」


 なんて、いつもみたいにただニッコリ笑ってそんな事を言われたら、って一人勝手に落ち込んだりして。


 私が良くなってから来てくれたトートちゃんに強めのスキンシップを計ってみたけど、ハッキリした反応はしてくれなくて、ちょっとむくれちゃったけど。

それでも昔のように、当たり前のようにトートちゃんの声を聞けるのは嬉しかった。


 それからは家の手伝いとかもあって、あんまりトートちゃんとは遊べなかったけど、それでもお互いの時間が空いている時は香草とか木の実とか摘みに行ったりして。


 そんな折、トートちゃんは王都にまで遊びに行っちゃって、すぐ帰ってくるとは分かっていても寂しくて、声が聞きたいよって思っていたけど、それでもまだ私のこの気持ちは、《好き》なのか分からなくて。



 王都から帰って来たトートちゃんはいつもと変わらなかったし、お土産に私に似合うって綺麗なカンテラを出してくれて、感極まって抱きついてしまった。


 それから、王都の話を聞かせてくれて、最初は良かった。

王都はこの街よりすごく広くて迷うとか、闘技大会に出場して優勝して来たとか、とっても面白い話を聞けたんだけど、最後の言葉を聞いて私は愕然とした。


「いつかは、ぼうけんしゃとか、なりたいね」


「王都に行くの!?」


「あ、すぐじゃないよ、さきのはなし」


 先の話、とは言ってても、やると言ったら本当にやってしまうトートちゃんなら、きっといつか本当に遠くへ行ってしまうのだろう。

私は自分の気持ちが分からないままトートちゃんを見送る事になるのだろうか、そう思うと急に涙が溢れて来て。


「わ、りっかちゃん、ごめん、さきのはなしとか、きゅう、すぎたよね」


「違うの、トートちゃん」


私も、一緒に――。


 心も体も守ってもらうばかりで行動力の無い私が、一緒に、一体、何ができると言うのだろう。

そう考えてしまうと言葉が出てこなくて、必死に慰めてくれるトートちゃんに、私はただただ首を振ることしか出来なかった。

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