2話 幼い頃
初めてリッカちゃんと出会ってから二年経った。
私は完全にリッカちゃんと打ち解けて、今では家の手伝いなんかが無い日は一緒に遊ぶ仲だ。
リッカちゃんは生まれつき体が弱いらしく、外に出られないことがままあった。
苦しそうにしているのを見ると不安になる。
回復魔法とか、ないのだろうか。
「りっかちゃん、だいじょうぶ?」
「うん、今日は大丈夫だよ」
大抵は笑顔でそう答えてくれるけど、どうにも顔が青い時が多い。
あんまり無理はして欲しくないので、そういった時はお部屋で言葉のお勉強 だ。
リッカちゃんは私に言葉や文法を教えるのが面白いらしく、ゆっくり丁寧に教えてくれる。
私もリッカちゃんに愛想をつかされないように、教えてもらったことを片っ端から覚えるのに必死だ。
彼女は穏やかで忍耐力があるけど、まだ五才だと考えると、教えるのが面白く無くなってしまった時点で飽きてやめてしまう可能性がある。
私としてはリッカちゃんの声を聞けるのが嬉しいし、このお勉強が無くなってしまうと何をして遊べばいいのか全くわからないし考えつかない。
だから、必死に覚えるのだ。
さて、そのおかげもあって言語は遂に聞くだけなら大抵なんとかなるレベルにまで上達した。
喋りの方は発音が難しくてどうにもうまくいかない。けど、どうにか通じればいいかなって気持ちが強い。
ある日、本を読むのが好き、とリッカちゃんがあまり綺麗ではない見栄えの本を取り出して見せてくれたことがある。文字ばかりの、うへぇってなる本だ。
やっぱり印刷技術が進んでいないのか全部手書きだった。
考えてみれば、数字とかではなくきちんとした文字に出会ったのはそこが初めてで、当然読めなかった。
「もらったの?」
「うん、お父さんがくれたの」
私の 家に本がなかったことを思い出して聞いて見ると、そんな答えが返ってきた。
以前リッカちゃんのお父さんは町で働いているとリッカちゃんが教えてくれた。こういった本は町に売っているのだろうか。さすがに町でまで物々交換ではないだろう。
「文字も覚える?」
「い、いや、むり」
黙って考え込んでいると、リッカちゃんが尋ねてきた。
リスニングだけでいっぱいいっぱいなのに文字まで覚えられるわけがない。
「そっか、残念」
私が慌てて首を振ると、リッカちゃんは本を元の場所にしまった。
リッカちゃんが遊べない日は、私自身の性能調査の日だ。
チートっぽい力がある以上、その全容を把握しておきたい。
これまでで判ったことは、木を軽く握るだけでえぐれるほどの握力があること、全力で走ると思った以上に速くてちょっと怖かったこと、集中して耳を澄ましてみると、かなり遠くの葉っぱが動物か何かに当たって揺れる音まで聞こえること、同様に目もかなり良いこと。
「からだ、かたいかな」
今日は気になっていたけど痛いとイヤだったからやらなかったことをやる。
今いる場所は、私の住む村から全力で走って五分くらいの平原だ。距離はどのくらいだろう、少なくとも村の人と出会う可能性はほぼゼロのはずだ。
自分と同じくらいの高さがある岩の前に立って、思いっきり殴るために構える。
そう、多分、いや、間違いなく私の力で殴ればこの岩は壊れる。ただ、その勢いで殴った拳が無事なのか確認したいのだ。
「えいっ」
腕を振り抜くと、ゴッとすごい音がして岩が砕け散った。
手は痛くない。それどころか、岩を殴った部分を見ても赤くなることすらなかった。
「……おもったより、じょうぶ」
予想以上の手応えに気分を良くした私は、次の岩を探した。
できれば体全体をぶつけてみてダメージがあるか確認したい。
――さて、過去数回に渡る性能調査の結果、私の力はゲームのスキルで表すなら『身体能力強化:EX』という感じだと判明した。白とか黒とかの彼女たちみたいな感じかな。
凄まじい力に頑丈さ、走る速度、動体視力、かなり遠くも認識できる目と耳。
前世では少女漫画より少年漫画の方が好きという、ちょっと珍しいタイプのバトル脳だったので、こう《自分が戦える》ような能力は大歓迎だ。
冒険者とか憧れちゃうね。
果たしてこの力はこの世界の人と比べるとどの程度強いのだろうか、なんて考えたけど、比較対象がいないので比べようがない。
今はまだちょっと怖いけど、もっと自分の能力を把握したらモンスターと戦ってみたいところだね。
そう、この世界にはモンスターがいたのだ。あれは性能調査を始めてすぐの頃だったかな、走る速度があまりにも速くて驚いて、そのままどれだけ走り続けられるか試した時にそいつと出会った。
緑色の肌に尖った耳、大きな目、大きな口とギザギザの牙、小さい体に細い腕と足。いわゆる小鬼だ。この世界での呼び方がどうなのかはわからないけど。
とにかく、ゴブリンを見かけた私は流石に怖くてそのまま走り去った。あの時はまだ自分の能力がよくわかってなかったし、まさか殴るだけで岩が砕け散るほどのパンチ力があるなんて思ってなかったからね。
と、戦ってみたい気持ちは強いけど、いずれだ。
さすがに自分の能力を把握しないで負けたら面白くないし。
「そうだ、まほう」
私はモンスターのことを頭の隅に追いやって、リッカちゃんに教えてもらった『魔法』を指す単語を思い出す。
魔法がこの世界にあるとなれば、当然私は使えるはず。なんていってもチート能力を授かってるからね!
村で魔法を使う人を見たことはないし、リッカちゃんも概念的な部分しか知らなかったようなので私もどんなものか全然わかってない。
「ぐぬぬ」
腕に力を溜め、集まる魔力を想像する。
自らの体内から魔力の元、マナを送り込み、大気からさら吸収する。
脳内に強く焼き付けるのは巨大な爆発。とてもわかりやすい、破壊のイメージ。
マナは腕だけではなく、身体全体を駆け巡る。
我を解き放てと、咆哮する!
「いまだ!!」
私はマナを解き放つべく、両手を前に突き出した!
……。
なにも起きない。
「ていっ、ていっ」
手を引き戻したり突き出したりしても、結果は変わらず。
おかしい。
『こんなすさまじい魔法を子供が!? しかも無詠唱でだと!?』
っていうパターンではないのか。
諦めの悪い私はその後もしばらく魔法を使おうと努力してみたけど、全くの不発。
結果わかったことがある。
最初に感じた魔力は完全に妄想の類だったわ。
そもそも、この世界の魔法がどんなものかも知らずに使おうとする方が間違っているのだ。
リッカちゃんが教えてくれたものは、私の知る所謂ファンタジーらしい魔法だったけれど、使うために何か条件があるのかもしれない。
村の人たちは魔法を使えないようだし、しばらく魔法は保留かなー。
はぁ……と大きくため息をついてから、私は村に戻るべく走り出した。