26話 ドッペルさんはスキル枠。
ドッペルゲンガーの協力も得られそうだし、反撃に移るとして、とりあえず現状の目的は二つ。
一つ目は、私の攻撃をクリーンヒットさせる事、これで場外に弾き飛ばせるようならなお良し。
二つ目は、あの剣を叩き折る、もしくは弾き飛ばしてバニルミルトさんの戦力をほぼゼロにする。
どちらかが成功した時点で、私はかなり勝利に近付くだろうね。
ドッペルゲンガーに手伝ってもらうとか闘技大会のレギュレーション違反な気もするけど、そこはそれ、私にしか見えないのであれば惜しむものではない、そう、スキル枠だよ、スキル枠。
『なんぞ邪な事でも考えておらんか?』
「き、きのせい」
『まあよい、今見えているものだと、一つ目は避けよ、二つ目と三つ目は反射してよい、四つ目は避けよ。以降は随時知らせよう』
「ん」
光の弾は常に飛んでくる順番が決まってるみたいだから、こうなるとやりやすいね。
ドッペルゲンガーが急に話せるようになったのかとか、《チャンネル》とやらも意味不明だし、なんで手伝ってくれるのかとか全然分からないけど、とにかくチャンスである事には変わりない。
爆発する弾さえ分かれば、例え避けられなかったとしても事前に心の準備もできるしね。
「ばくはつのたま、うけてもへいき?」
『うむ、そもそもの魔力が異なる、受けても爆発するだけじゃな。今まで通り、お前ならダメージは無いじゃろ』
やっぱりそうか、見た目は同じに見えるけど中身が違ったんだね、殴って返せるものと返せないものがあるのはおかしいなとは思っていたんだ。
「じゃあ、いくよ」
バニルミルトさんが纏う光の弾が飛び始めるのとほぼ同時に、私は地を蹴り走り出す。
光の弾は射出時にこそ私に向かって飛ぶけど、その後は軌道を変える事も無いので横にステップを踏んで光の弾をやり過ごすと、背後で小規模な爆発が起きた。
「……っ!」
今までのように弾を殴るだろうと予想していたのか、こちらに駆け寄ろうとしていたバニルミルトさんは私の予想外の行動に一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに剣を構え直すと迎撃の姿勢を取る。
(狙いは剣、本体狙いはリーチ的にリスクが高すぎる)
高速で走り抜き、カウンター狙いの剣を打ち抜こうと思ったけれど、相手の足が動いた、避ける気か。
ここで取り逃がしたくないので、私は地面を踏み抜いて方向転換を試みる。
『馬鹿者、フォトンスピアが来るぞ!』
「しまっ――!」
気付けばもう光の弾は目の前にあって、剣を殴るべく構えていた拳を咄嗟に光の弾に当てる。
「ぐっ、足に……!」
きちんと狙えなかったのが逆に良かったのか、その弾はバニルミルトさんの太ももの外側を掠め僅かながら抉り取り、バニルミルトさんは身体を傾けて足を押さえた。
「ちゃんす、おりゃー!」
「くっ!」
私に対してそんな隙を作っちゃダメだね、なんてったって一瞬で詰め寄って殴る事なんて余裕なんだから。
一気に近寄るために短くジャンプして上からパンチを狙うと、バニルミルトさんの鋭い視線が私を射抜いた。
(やばっ、何か狙ってる!)
足を押さえた体勢から片手で私に向かって剣を横薙ぎに振るバニルミルトさん、無理やり繰り出した攻撃なのに速いし、私は今空中だから回避出来ず、あれが当たったら大ダメージ必至だ。
でも逆に、私をここで切らないと拳が入るし、今このタイミングでフェイントはあり得ない。と言う事は、軌道の変化は百パーセント無いと言っても過言ではないはず、ならばやるしか無い。
(信じろ私、私を信じろ!)
全てがスローモーションで動いているような感覚の中、私は剣から視線を外す事なく腕と足を無理やり動かす。
「うおおおお、おりゃー!」
私の胴体に向かっている刃を肘と膝で刃を叩き潰すと、バキンと激しい音がして刃は途中から折れた。
「なっ、剣が!?」
「これでっ、どうだ!」
バニルミルトさんは目を見開いて折れた刃が飛んでいく先を見る、私は剣を折った体制から身体を丸めて腕に力を溜めると、地面に着地すると同時にボディーに強力な一撃を叩き込んだ。
「ぐはぁっ!!」
血を吐きながら場外へ吹っ飛んでいくのを油断なく見ていると、残っていた光の弾の一つが飛んできた。
バニルミルトさんは場外に出ているのでもう私の勝ち、なので光の弾は一歩横にずれて回避する。
『やれやれ、まさか一つ目の爆発を回避するだけで勝負が決まるとはのう』
「おわりよければ、すべてよし」
残っていた光の弾も消えて、私の傷も癒えた、勝負が終わった証だね、てかこれ、発動中の魔法も消えるんだね。
バニルミルトさんが立ち上がり、リングの上に登って私の方に歩いて来るけど、闘技場全体がまるで時が止まったかのような静けさに包まれている。
(な、なんなのこの静寂は……)
ガシャ、ガシャと鎧の音だけが響き、バニルミルトさんが私の前まで来ると、おもむろに尻餅をつくように座った。
「はあ、僕の負けですね」
その一言をきっかけに、小さくざわめきが起き始めたかと思ったら瞬く間に凄まじいほどの歓声に変わる。
「勝者、トート!」
審判もやっと私の勝利を宣言した、え、あまりの驚きに声が出なかったとかそういうやつ?
とりあえず観客席に向かって手を振っておくけれども。
でもすんごく疲れた、Sランクってすごく強いのね、私もほぼ運で勝ったようなもんだし。
……ごめん嘘、ドッペルゲンガーが居なければ負けてたわ、爆発する弾としない弾の区別なんて付かなかったし。
で、今更知ったけどこの回復魔法って傷は癒えても疲れまでは取れないのね、バニルミルトさんも横で座ったまま息を整えているみたいだ。
そういえば、予定表を見てないしルールの紙も読んで無いからこの後どうすればいいのか分からない。
表彰式とかあるのだろうか。
歓声も収まらず、私もどう動けばいいのか分からないので、笑顔で周囲に両手を振り続けるしかない。
内心はさっきからずっと予定確認しておくんだったって半泣きなんだけども。
「トートさん、僕らが捌けないと観客も落ち着けないので、そろそろ控え室まで戻りませんか?」
こっそりバニルミルトさんに耳打ちされた、戻って良かったのね。
それなら、と頷いてから、私は手を振りながら控え室に歩いていく、後の段取りは控え室に居る兵士さんに聞けば良いかね。
控え室に戻ると、試合開始前にラッパを持った騎士たちの中央に立っていた女騎士さんが待っていた。
「まさか、団長殿が負けるとはな……それもこんな小さな子供に」
「ん」
「ああ済まない、他意は無いんだ」
「ん、きにしてない、このあとどうするの?」
「特に予定は無いぞ、賞金の受け渡し方法の確認と、来年の出場有無だけ確認させて貰うがね」
「うけわたしほうほう?」
「ああ、先に私の紹介をさせて頂こう、私はアリエス王都騎士団副団長のアンセル・ウォーベックだ、よろしく頼む」
「よろしくね」
騎士団の鎧を着てたからすっかり騎士団の人だと思ってたけど、よくよく考えてみればなりすました人の可能性もあったのかな。
口頭だけだからちゃんとした証明にはなってないけど、さすがに副団長を語る人は居ないでしょう、身元確認大事だね。
「賞金の受け渡しは、基本的にギルドカードに振り込む形になるのだが……持っているか?」
「ぎるどかーど?」
「うむ、やはり持っていないか。なんらかの仕事に就いている者や冒険者なら大抵持っているものだが、子供は普通持たないな」
「いまつくれる?」
「いや、作るとなれば冒険者ギルドのものになるだろうが、手続きもあるからな、すぐにとはいかん」
「どうしよ」
「うむ……保護者は来ているか?」
「うん、よんでくる?」
「ああ、それが良いな」
私はアンセルさんにわかったと頷いて、控え室を出て観客席のお母さんの元に向かうんだけど、ドッペルゲンガーが当たり前のように着いてくる。
横目で見て小さく声を出してみると、ピクリと反応したのが分かった。
「なんでついてくるの」
『言ったであろう? 漸くチャンネルが合ったと』
「いみ、わかんないんだけど」
『ふむ。まあ、妾もお前に聞きたい事は多い、もっとゆっくり話せる時にすべき話じゃな』
「つまり?」
『気にするな。当面、妾はお前について回る、と思っておれ』
「え、うそ」
『嘘も何も、そもそも認識が間違っておるかも知れんが、ずっと昔から妾は居たからな? お前のチャンネルに合わせるのが難しすぎて姿を現わすのが遅れただけじゃぞ』
「ぷらいべーと、なし!?」
『まあ、そうじゃの。だからほれ、少し前になるがリッカとか言う小娘の時にアドバイスしてやったじゃろ』
瞬間、キスシーンを思い出して頭が爆発した。
顔がカーッと熱くなるのがよく分かる、もしかして、あの時ずっと見られてたの!?
未だに鮮明に思い出せるくらい恥ずかしい記憶なのに、信じらんない!
「さ、さいあく!」
『そう言われてものう……』
真っ赤になった顔のまま廊下を歩いていたけど、だんだん落ち着いて来るにつれて思い出す、あの時はドッペルゲンガーが助けてくれたんだよね。
「でもあのとき、おしえてくれてありがと」
『うむ、まあ、妾も確信があって伝えた訳では無いがな』
「えぇ……」
『終わり良ければ全てよし、じゃろ』
ふふふ、と笑うドッペルゲンガー、確かに結果としてリッカちゃんが助かったから良いんだけど、なんか腑に落ちない。
それより、あの時はどうして声が聞こえたんだろう、と尋ねようとしたけれど、もう観客席に着いてしまうので時間切れのようだ、あんまりお母さんに顔見せるの遅くなってもイヤだし。
ちょっとアンセルさんと話していたけど、わりと早めに観客席まで上がって来てしまったせいか、まだ人がいる席が多く、私を見ると声をかけて来る事も多かった。
「凄かったな、お疲れ!」
「あんたに賭けたおかげで大勝ちだぜ、ありがとうよ!」
「バニルミルト様と対等に戦うなんて、年ごまかしてるわね!?」
進むにつれて私に投げかけて来る声がだんだん増えてきて聞き取れないものも多い、幸い道を塞いで来る人はいなかったので、あはは、とごまかし笑いをしながら小さく手を振って足早に通り過ぎる。
お母さんの席に近付くと、お母さんは待ちきれないとばかりに私の方に駆け寄って来てハグしてくれた。
「お疲れ様トート、優勝よ、優勝! 信じてたけど、信じられなかったわ!」
お、おお、お母様が荒ぶっておられる。
「うん、えっと、おかあさん、ついてきて」
やんわり引き剥がしてお母さんの手を取ると、私は控え室に戻るべく来た道を引き返した。




