25話 非常識は私の得意分野。
さっきより速度を増したバニルミルトさんの剣をギリギリの所で回避しながら、私は思う、リーチの差ありすぎじゃないこれ、と。
ただでさえ身長差がすごいあるのに、長い剣まで持たれちゃ懐に潜り込むのがとにかく難しい。
剣を弾いてやりたい所だけど、流石は騎士団長サマと言うべきか、剣の動きを予測できるような単純な動きはして来ないね、なのでほぼ動体視力のみで回避し続けているためなかなか攻勢に移れない。
「……っ!」
流石に近距離で回避し続けるのは難しい、私はたまらず跳ねて後退する。
「ひー、きっつい」
「フォトン」
一息つこうと思うも、高速で飛来した光の弾のせいで私の休憩は阻害された。
しまった、魔法も得意なんだっけ、ベルーガーさんのファイアボールよりは遅いけれど、これは殴って跳ね返せるのだろうか。
「フォトン・スピア」
「うわ」
バニルミルトさんが魔法の名前っぽいものを呟くと、彼の周囲に五つの光の弾が浮かび上がった。
私あれ知ってる、詠唱短縮ってヤツでしょきっと、あんなんほぼ無詠唱だよね、ずるい。
光の弾は自動的に一つずつ間を開けて私に向かって射出されるっぽい、これくらいなら簡単に避けていられるなと思いきや、バニルミルトさんは光の弾を周囲に纏ったまま間を詰めて来た。
ああもう、ボスの第二形態かー! なんて心の中で叫びながらまたしても接近戦へと移行する。
バニルミルトさんの剣はもう目が慣れてきたのでさっきまでよりは全然回避しやすいけれど、それでもまだヒヤッとする時がある。
それだけじゃなくて、今度はさらに自動的に飛んでくる光の弾のおまけ付きだ、当然避けるのは更に困難になる。
幸い玉の数は見えているので、ゼロになった瞬間に私が攻撃に移ればいけるかな、なんて考えていたけれど、弾の数が一つになった時にバニルミルトさんが呟くように短い詠唱をした。
「リピート」
その一言だけで、残り一つしか無かった光の弾は再び五つに増殖する。
「うそでしょ!?」
思わず声が出た、無限光の弾だこれ。
今の所私は延々と避ける事しか出来ていないし、光の弾と剣の連携で崩されるのも時間の問題だろう、正直こんなの避け続けるのは無理。
となれば、もはや光の弾を殴って返せる可能性に賭けるしかない。
光の弾は向こうから勝手に接近してきてくれるからね、バニルミルトさんより数倍殴りやすい。
集中して、光の弾が飛来するタイミングを計る、バニルミルトさんもそれに合わせて大振りの攻撃するつもりらしく、今は私が近付けないよう小手先の攻撃に留めているようだ。
(三、二、一、今っ!)
毎回ほぼ同じタイミングで飛んでいるかも、なんて思っていたけど、どうやら本当にそうらしい、飛ぶタイミングが分かれば術者も動きやすいからかな?
大きなモーションで凄まじい威力の突きを繰り出した剣を、何度目になるのかギリギリの所で回避すると、目の前に光の弾が迫る。
「たのむよ、おりゃー!」
避けた体勢のまま光の弾を殴らなければならなかったので、若干狙った場所からは外れてしまったけれど、見事光の弾も殴り返す事が出来た。
「馬鹿な!?」
光の弾をはじき返されて驚くバニルミルトさん、光の弾は左肩を掠めたらしく鎧の肩部に小さな穴が空いている。
「魔法を殴って返すなんて、非常識もいい所ですよ……」
「ふふん、ひじょうしきは、わたしのとくいぶんや」
呑気に喋っている場合ではない、また自動的に光の弾が飛んで来たのを、今度はしっかり狙って殴り返した。
でも、やっぱり戦闘中じゃないと軌道が簡単に読めちゃうね、バニルミルトさんも体を少しだけずらして避ける。
光の弾が全部消えたけど、バニルミルトさんはどう動くかな、最初のように剣だけで来るなら目も慣れたし反撃のチャンスは多いはず。
「フォトン・スピア」
「え、まだだすの」
「バースト」
また光の弾を出したバニルミルトさん、直後に何か別の魔法も唱えていたようだけど、私の方に何も飛んでこないって事は強化系の魔法だろうか。
ただ、強化だろうがなんだろうが、一度跳ね返せたからもう光の弾はあんまり脅威だと思ってない、同時に攻めて来たらむしろチャンスだ。
バニルミルトさんが一歩引いて少し低い体勢で構えた、光の弾と突撃してくる気なのかな、ちょっと緊張する。
予想と違い、先に光の弾が私に向かって飛んで来た、バニルミルトさんが動く気配はない。
……何を企んでいるんだろう。
とにかく、光の弾が来るなら殴って跳ね返すのみだよね、と光の弾を殴る。
拳が光の弾に接触した瞬間、光の弾が爆発し、爆風と煙で視界が防がれた。
「ぎゃー!」
すんごい驚いたよこれ、ダメージはほぼ無いけど、バニルミルトさんが見えない。
さっき動かずにいたのはこの状況を待っていたんだ、絶対まずい、冷や汗を垂らしながら私は咄嗟に全力で距離を開くために跳ねた。
一気に五メートル近く離れると、ついさっき立っていた場所に剣閃が煌き、私がいない事に気がついたバニルミルトさんが追いかけてくる、同時に光の弾も。
「じゃまだー!」
光の弾の方が速く私に到達するので、仕方なく拳を引いて構える。
殴って爆発したら再度逃げれば間に合うだろう、という消極的な考えだけど、対処方法が思い浮かばないのでどうしようもない。
「おりゃ!」
拳が光の弾に触れ、爆発……するかと思いきや最初と同じように弾き返す事ができ、バニルミルトさんは帰って来た弾を横に飛んで回避する。
いま返せたよね、どうなってるんだろ、なんて首をひねっていると、まだ残っていた光の弾が私に向かって飛んでくる、バニルミルトさんは回避した体勢を立て直しているため少し離れたままだ。
「もっかい!」
最初の爆発はなんだったのか、返せるなら殴って返した方が攻撃にもなるし、私も安全なはず。
くらえっ、なんて思いながら光の弾に殴りかかると、またしても光の弾は爆発した。
「もー、どうなってんのこれ!」
叫びつつ急いで場所を変えるべく跳ねる。
跳ねた先には光の弾が追いかけて来ていて、その光の弾を追いかけるようにバニルミルトさんまで近づいて来ていた。
「こうなったら……」
殴って返せるなら、守っても防げるはず、なんて淡い期待を持ちながら光の弾を腕でガードしようと頭の前に差し出す。
返そうとして爆発しているから、守るだけなら爆発しないかも、なんて期待も籠ってるんだけどね。
光の弾が腕に当たると、ジュッと肌が焼けるような音がして、小さな穴が空いた。
「いったぁー!?」
なにこれ、すんごく痛い!!
視界がチカチカして目の端に涙が浮かぶ、私は痛みに強いかもって思ってたのに、そんな事ないよって思わされるくらい痛い。
守るのはダメだ、絶対に光の弾は殴るか避けなければならない。こんな痛いの何度も食らってたら気絶しちゃうよ。
我を忘れて腕を確認したりしていると、目の前にバニルミルトさんが現れた。
「やばっ!」
「もう逃がしませんよ!」
叫びながら横に薙いだ剣を私はなんとか受け流して、逆にカウンターを狙ったけど、バニルミルトさんが軽くバックステップをしただけでもう届かない。
「ぐぬぬ」
唸りながら、この拳をどこにぶつけてやろうかと悔しがっていると、光の弾がまた飛んで来たので怒りと共に殴りつける。
が、また爆発して黒煙が上がった。
「だーもう、いいかげんに……!」
この弾が厄介すぎる、うわーって叫びたかったけど、今は戦闘中なのでおあずけ。
もう一度黒煙が上がっている間にバニルミルトさんとの距離を取る。
「――――!」
バニルミルトさんの声が聞こえたけど、あまりに高速で単語として聞き取る事が出来ない、これが本当の詠唱か。
私から十五メートルほど離れたバニルミルトさんはもう光の弾を纏っていなくて、今度は左手首の先がうっすらと青く輝く光に包まれていた。
「これで終わりです」
青い光を私に向かって振り払うように手を動かすと、若干波打つレーザーのような棒が光の弾と同じくらいの速度で伸びて来たので、相変わらず迎撃体勢をとる事にする。
なんてったって、さっきはガードしてアレだったからね、拳と腕となにが違うのか分からないけど、もう痛いのはヤダ。
バニルミルトさんの放ったレーザーが私の近くに来た時、突然背後から声が聞こえた。
『避けよ馬鹿者!!』
「はっ!?」
声の通りレーザーを避けて離れると、私に当たる予定だったくらいの場所でレーザーは急に鞭のようなしなりを見せ、地面を叩いてはパチンと音を鳴らす。
うわあ凶悪、あれ殴ろうとしてたら捕まってたのかな。
『全く、どんな種類の魔法かも分からんのか』
背後から声がする、どうやらさっき聞こえた声は幻聴では無かったみたいだ、それにしてもどこぞの王子様のような口調で攻めるのはやめて欲しい。
バニルミルトさんは使った魔法の鞭を回収するために手を上げている状態だから即座に攻撃はして来ないだろう、と、いう事で背後をちらりと確認して声の主を確かめる。
「『ドッペル』!?」
『なんじゃそりゃ、妾にはちゃんとした名が――いやそれはよい、漸くチャンネルが合ったようだの』
「ちゃんねる?」
『うむ、苦節十年、何度かお前の視界に出る事は出来たが、それ以上はどうにも上手くいかぬでな、苦労したぞ』
「はあ」
何を言っているのかよく分からないけど、私の後ろにはドッペルゲンガーが立っていた、昔見た時より成長しているので、私と同じ成長をしているみたいだ。
黒のロングヘアに金色の瞳は相変わらずだし、服は今の私と同じじゃなくて昔見たままの黒のドレスワンピースを着ている。
ただ、今の身長にフィットしているから、成長に合わせて服のサイズも変わるっぽいね、この服お気に入りなのかな。
ドッペルゲンガーに観客は反応してないし、相変わらず私にしか見えていないのだろう。
『そんな事より戦闘中じゃろう? 妾を見ていてどうする』
「しまった」
慌ててバニルミルトさんの方へ視線を向けると、さっきの青い鞭っぽい魔法は消失していて、また光の弾が彼を包んでいた。
「うわ、またアレか……」
『爆発する弾に困っておるのだろう? 妾なら見切れるぞ』
「ほんと?」
『うむ、魔力の形が違いすぎるでな、余裕じゃ。お前は爆発する弾だけ避け、形ある弾だけを打ち返せばよい、出来るか?』
「がんばる」
『うむ、よい返事だの』
「じゃあ、はんげきかいしだね」




