24話 戦いの始まり。
控え室を出ると、観客席は昨日までとはだいぶ違う雰囲気に包まれていた。
なんだろ、ちょっと騎士団の人が多いのかな? 赤い鎧が今まで以上に配置されている感じだ。
それに赤い鎧の一団が居る場所がある、全員旗のような装飾のついたラッパを持っているから、試合開始前に格式張った演奏とかあるのだろうか。
その奥の少し高い場所に豪華な日差しがあって、中央付近にバスケットボールくらいの大きさの水晶玉が鎮座しているけど、あれはなんだろ。
その近くには豪華そうな服に身を包んだおじさんとおばさんが居る、こっちも騎士団の人が陣形を組んで警護しているように見えるから、きっと偉い人なんだろう。
王冠とかしてないし、さすがに王様じゃないよね?
「オルニカが言っていたのは、こういう事ですか」
リング上で対峙した人が何やら呟く、オルニカさんが私の事でも何か言ってたのかな。
しかしこの人が騎士団長サマか、凛々しい顔立ちだけど思ったより若く見える人だね、この人も金髪碧眼でイケメン、少したれ目で優しそうな印象を受ける人だ。
私と騎士団長サマの二人が立ち止まった所でファンファーレが鳴り響いて、中央に立つ女性騎士がハッキリ聞こえるほどの大きな声で告げる。
「これより、闘技大会決勝を行う!」
なんか手持ち無沙汰すぎて、何かするべきではないのかと騎士団長の方をちらりと見ると、スポーツ前の選手がよくやってるような、胸に片手を当てる体勢を取っている。……私もやるべきだろうか。
そもそも騎士団長サマの名前覚えてないけどなんだっけか、バニ……バニラ? なんかバニラミルクみたいな名前だったと思ったけど。
「バニルミルト・クラウン!」
「はっ」
そうだ、バニルミルトさんだ、でもなんで呼ばれてるんだろ。
「トート!」
「な、なに!?」
急に呼ばれたからびっくりした、そうか、ここで二人の名前呼ぶのね、でもなんか話が続きそうだね、なんだろ。
「闘技大会への参加を感謝する、試合前に陛下のお言葉があるので、心して聞くように!」
王様、どこにいるんだろ、それらしいのは見えないけど。と、少しキョロキョロして横見たらバニルミルトさんが跪いているし、え、これ私もやるべき?
さっきからそうだけど、特に兵士さんとかには何も言われてないし大丈夫だよね、きっと。
そんな事を考えていると、さっき何に使うのかと思っていたバスケットボール大の水晶にヒゲを蓄えた五十代くらいのおじさんが映った。
煌びやかな王冠を頭に乗せて、豪華そうな椅子に腰掛けている。
雰囲気は穏やかな感じであんまり威圧感みたいなものはないけど、目元とかキリッとしていてすごく賢そうな印象を受ける人だね。
なるほど、王様は直接会場には来ないのか、当たり前といえば当たり前なのかな、闘技場の警備って大変そうだもんね。
「今年も平和に開国祭を開けた事を嬉しく思う、これも我が国民の力があったからこそだ、協力に感謝する。……さて、前置きはこれくらいにして、トートよ」
「は、はい」
ええ、私呼ばれるの、なんだろ、悪いことはしてないよ。多分。
「聞けば凄まじいほど強いそうだな、バニルミルトは決勝の相手を倒し続けて驕っておる、鼻を明かしてやってくれ」
「はい、がんばり、ます」
ばちこーんとウィンクしつつ拳を胸のあたりまでゆるく振るう王様。
そんな王様を見て思うことはただ一つ。
(思ってた王様と違うなあ、王様フレンドリー過ぎない?)
である。
しかし王都に住む人たちにとっては日常茶飯事のようで、私が答えた瞬間にわっと歓声が上がった。
直後、さっきの女騎士さんが片手を上げて歓声を止め、王様が再び喋り出す。
「バニルミルトよ、今年も騎士団長の名に恥じぬ戦いを期待しておるぞ」
「はっ!」
こっちもバニルミルトさんの返事の後に歓声がして、少ししたらさっきみたいに女騎士さんが片手を上げて歓声を止めた。
「陛下からは以上です、お互い悔いの残らぬよう、全力で戦いなさい!」
女騎士さんがそう言うと、バニルミルトさんが立ち上がり、剣を鞘から抜いて十字を切るように二度ほど空を切った。
剣の長さはそこそこあるかな、片手でも両手でも使えそうなロングソードって感じだね。
そう言えば一昨日からいろんな人を見てきたけど、盾持ってる人少ないね、あんま人気ないのかな。
バニルミルトさんが構えたので、私も拳を握ってファイティングポーズを取ると、審判がリングに上がってきて手を高く掲げた。なるほど、今回は名前呼ばれてるし紹介とか必要無いからすぐ始まるのか。
「それでは、始めっ!」
鐘の音が響き試合が開始されるも、私は突撃しないしバニルミルトさんも様子を見ているようで両者動きが無い。
どうしよう、相手が考えてる事が分かれば楽なんだけどな、どっちにしろ近付かないと攻撃できないし、走って行くべきなのだろうか。
◇三人称視点――――――
バニルミルトは考える、対戦相手があまりに普通の子供だったからだ。
もちろん、トートが防具や武器を装備していればここまで動揺する事は無かっただろう、彼自身も天才であるが故に《天才》が存在する事はよく分かっている。
(攻めて良いものだろうか)
オルニカには準決勝の勝者だと言われたものの、トートの戦いの内容を全く知らないため、武器も防具も持たない子供がどう言った戦い方をするのか全く想像が出来ない。
(内包する巨大な魔力は感じるけれど、魔法使いですかね?)
しかしバニルミルトも、そこで情報を聞いておけば良かったと後悔するような人間ではない、一体どう動くのか神経を集中させながら、未知の脅威に口元がわずかに緩む。
トートはひとしきり悩んでから、結局突撃する選択を取った、どちらにせよ近寄らなければ彼女にできる術はないのだから当然の選択だったのだが。
(まず反応を確かめる、Sランクってのはどんなもんなのかね)
反撃の可能性を考慮して、今までのように一歩で跳ねて近寄るのではなく、ちゃんと地面を駆けてバニルミルトに近付くと、思いっきり胴体めがけて拳を繰り出すフリをしてからバックステップで一歩分離れる。
(お母さんに動きの意識配分聞いておいて良かった、避ける気無かったようだし直接行ってたらカウンター食らってたねありゃ)
(なんて速さだ、あれならきっと物理攻撃力もかなりのものでしょうね……)
トートが走った時点で度肝を抜かれたバニルミルトだったが、すぐに心を鎮めて剣での反撃を試みるも、結果的にトートが離れた事によってカウンターは空を切るだけに終わった。
「やりますね」
「でしょー」
にへらと笑って答えるトートはただの子供のようにも見えるが、今の一瞬でバニルミルトはトートの実力を把握する。
(あの内包する魔力を身体能力に当てているならば、防御力も相当ですか、少し無茶しても平気そうですね)
特徴を把握したバニルミルトは剣を構え、積極的に攻めるべく身を乗り出した。
まずは軽く様子見だと剣を縦に振り下ろしては、ぐるりと回転して強力な横への斬撃を繰り出すも、トートは無理に受けようとせずバックステップとバク転を巧みに利用して避ける。
バニルミルトは続けて一歩前に出ると、そのままの速度でまっすぐ突きを繰り出すが、トートも極限まで集中した動体視力を駆使してすんでの所で体をずらして回避した。
刹那、視線が交差するが、バニルミルトは構う事なく持ち手を即座に回して刃を縦から横に向けると、そのまま薙いだ。
横からの斬撃をしゃがんで避けたトートは、最後まで剣を振り抜くことなく自分の上で止められた刃を下から見る。
「げ、やば」
「覚悟っ!」
◇――――――
『トート、あなたなら出来るかもね、無理に攻撃を受け止めようとしなくていいのよ、例えば、ね』
お母さんの教えを思い出す、私の動体視力なら出来るかもしれないと言われた、本来なら《盾》でやるべき受け流し方法。
上から振り下ろされた剣が、受け止めるべく差し出した私の左腕に触れた瞬間、思いっきり腕を引っ張る事で剣の軌道を逸らして強制的に受け流す。
余計切れちゃうんじゃないかとか少しだけ心配だったけど、どうにか上手く行ったようだ。
剣を受け流した事により下がる程度の隙ができたので、私は今までのように軽くバックステップして間を開けた。
いや切られた! 切れたー!!
腕を見るとベニバナさんの時のような擦り傷のようなものではなく、ざっくり切り跡が付けられて、スーッと血が流れてくる。
すごいヒヤッとしたよ、包丁で指切った時の感覚思い出しちゃったよもう。
でも今更気づいたけど、私の体は痛みにかなり強いっぽい。
こんなしっかり切れてたら前世の私なら間違いなく腕抑えて転げ回ってただろうけど、今は別にって感じかな、多少気にはなるけど、それ以上じゃない。
それより問題はあの剣だ、受け流せたからこの程度で済んでるけど、もし今までのように腕で受けていたらと思うとゾッとする。
「そこまで防御力があるんですね、僕の剣を受け流されるとは思いもしませんでした」
そう口を開いたバニルミルトさんの顔はすごく嬉しそうで、正直ドン引きだ。やばいよ、やばい人が居るよ、助けて。
「ま、まだまだこれから」
「ええ、ですね、僕も漸くやる気が出てきた所です」
バニルミルトさんは癖なのか右手首を回して剣の切っ先で円を描くように一度くるんと一周させると、再び構え直した。
私の切られた場所もそう大した事は無いだろう、気持ちを落ち着けるために短く息を吐いて、私も構え直した。




