23話 自慢がしたいだけじゃないんだよ。
さて、付け焼き刃ではあるけどお母さんに色々教えてもらったのももう昨日の話で、後三時間もしたら騎士団長サマとの決勝戦である。
「ちこうやくとかいるかな?」
「そうね、邪魔でなければ念のためポケットに入れておいても良いと思うわよ、それとも、即座に出せるポーチ系の道具袋でも買う?」
「どうぐぶくろはいらない、ぽっけでじゅうぶん」
どうせこの戦闘が終わったらしばらく使わないだろうし、勿体ないよね。
それに騎士団長サマは状態異常系の道具とか使わない人みたいだし、それこそ本当に念のため一本持っておくくらいで丁度良いんじゃないかな。
他に欲しいものは特にないので、道すがら遅行薬を購入してポケットに入れて歩く。
向かう先はルーティの居た駐在所だ、『勝てるわけがない』って言われてたから自慢したいのもあるけど、できれば騎士団長サマがどんな人なのか聞いておきたい。
人となりを知っておけば、戦いの時にどんな行動を取りそうだとか分かるかもしれないって浅い考えだけどね。
決して自慢したいだけじゃないんだよ?
「るーてぃー」
「おや、トート殿、どうしたのでありますか?」
ルーティは開いた窓から外を眺めていたので、手を振りながら名前を呼んで駐在所に近づくとすぐに反応してくれた。私はトトッと窓まで小走りで駆け寄る。
「きしだんちょうのとくちょうとか、わざとか、おしえて!」
「だ、団長殿のでありますか?」
ぐっと拳を握って詰め寄ると、勢いに驚いたのかルーティは一歩引いて狼狽え、それを後ろからついてきたお母さんにたしなめられた。
「こらこらトート、いきなりそう訊かれても困るでしょうに」
「おや、トート殿、こちらの方は?」
「おかあさん」
そう聞いた途端、ルーティはピッと姿勢を正し、私と初めて会った時のように挨拶をした。
「初めまして、アリエス王都騎士団見習い、ルーティ・エスタ・アリエスであります」
「こんにちは、リアーナよ、トートに街を案内してくれたそうね、ありがとうね」
「いえ、自分も楽しめましたから、問題ないのであります」
「それより、他の人が見えないけど、今日はここに一人なの?」
「そうなのであります、退屈で仕方がないのであります」
「るーてぃ?」
お母さんとの話が始まってしまいそうだったので呼んでみると、ルーティは思い出したように私の方を向いた。
「そうだトート殿、どうやら闘技場で珍しい参加者が団長殿と戦うらしいのでありますよ、いろんな人から噂を聞くであります」
「うん」
「子供で、黒くて長い髪で、赤い、瞳で……あれ?」
「うん」
「ほ、本当に出場したのでありますか」
「たおせるって、いった」
腰に手を当てて、胸を張ってちょっとドヤ顔、すごいでしょー。
「ハーキュリーズ殿も、オルニカ殿も、イノーラ殿も倒したのでありますか!?」
二人名前を知らないけど、予選で敗退していた人たちかな?
ベニバナさんに剣を折られてた力自慢っぽい男性の方がハーキュリーズさんで、エトワールさんにうまく隙を突かれて動けなくさせられちゃった女性の方がイノーラさんかな。全然知らないけど、名前的にさ。
「おるにかさんは、たおした」
「ふわー、本当に強いのでありますね」
「そう、だから、だんちょうのことしりたい」
頷いて尋ねると、ルーティはうーんと声を出して、両の指を絡ませつつ中空に視線を漂わせた。
「優しいけど、時々厳しくて、常に落ち着いている方でありますな。自分が鍛錬で怪我をした時、回復魔法で治してもらった事もあるのであります」
なぬ、魔法も得意だって聞いてたけど、回復魔法まで使えるの、ずるい。
「とくいわざとかあるの?」
「いえ、自分はまだ見習いでありますから、鍛錬なんかも皆さんと比べてまだ軽いものでありますし、団長殿がちゃんと戦っている所は見た事ないのであります」
「そっか」
「ただ、団長殿は魔法より剣の方が得意だと言っていたので、遠距離で戦えるなら有利かもしれないのであります」
「おおう、むりだ……」
あの威力の低い空気弾が効くわけないだろうなあ、ベニバナさんは鎧とか着てなかったからダメージ受けてたけど、鎧を着てたエトワールさんには無意味だったっぽいし。
それどころか、魔法も使えるとなれば空気弾より威力のある強烈なカウンターを食らいそうだ。
「むー、まあいいや、たおしてくる」
「凄い自信でありますな、自分も見習いたいくらいであります」
「うん」
だって、戦うなら負けるかもって思うより、どんな相手だったとしても勝てると思って戦うべきでしょ。
ましてや賞金かかってるしね。
「じゃあ、またね」
「自分はどちらを応援すればいいのか迷う所でありますが、トート殿も応援しているでありますよ」
「ん、ありがと」
手を振ってルーティと別れてお母さんと闘技場に向かう、騎士団長の技とかほとんど聞けなかったけど、ちょっと自慢できたから良かった、うふふ。
闘技場に到着すると、人がパラパラ居るには居るんだけど、正直昨日とあんまり変わっているようには思えない。
クエスチョンマークを頭に浮かべていると、お母さんが気づいたのか聞いてくる。
「どうしたの?」
「こうきなひと、くるっていってたけど、あんまりかわらないなって」
「ああ、お貴族様とかはこの反対側から入るのよ、あっちが貴族街になってるからね」
「なるほど」
闘技場内に入って飲み物だけ買ってもらうと、私はお母さんと別れてさっさと控え室に向かう。
時間はまだあるけど、時間には余裕持たせておきたい。この世界の貴族って見た事ないけど、前世の知識で考えると貴族ってあんまり良い印象ないし、開始時間が遅いとか難癖付けられたらイヤだしね。
「ん」
「おや、早いね。はい、確認したよ、どうぞ」
控え室入口の兵士さんに参加証を見せて、控え室に入れてもらう。
でも早めに控え室に入ってもする事もないからだらだらするしか無いんだけどね。
あんまり喉が乾くとイヤだったから飲みものを買ってもらったけど、これ飲み過ぎるのも良くないよね、戦闘中に待ったかけられるわけ無いし。
本当に暇なので、いつぞやの待機中のようにベンチに座ったままこてんと横になる。
心地よい眠気が襲ってきて、って所で、また寝るわけにはいかん! と目を勢いよく開くと、目の映るものがあった。
「『ドッペル』!!」
つい叫んで横になっていた体を起こすと、目の前に立っていた彼女が、私を見て口を開いた。
『かなり近いぞ』
と、その口はそう動いていた、今までのように何を言っているのか分からない動かし方ではなく、ハッキリと私にも分かるような口の動きで。
その後嬉しいのか何か企んでいるのか、邪悪な笑みを浮かべたのをを見て、何故か私の背筋に寒気が走った。
「いったい――」
なんなのと声を出そうとした時にはもうドッペルゲンガーの姿はなく、私の声はただ控え室に小さく響くだけ。
久しぶりに見たと思ったらこれだ、本当に、いまさら一体なんなんだろう。
でも、私あんな怖い笑い顔できるんだなあ、どうやるんだろ、こうかな、こうかな?
「もうそろそろ開始だから、準備をしておいてね」
おおっと危ない、いきなり入ってくるんじゃ無いよ、変顔を見られる所だったよもう。
「いつでもだいじょぶ」
兵士さんに返すと、兵士さんも頷いて戻って行った。
さて、どんな人が騎士団長サマなんだろね、気になってきたよ。
なんとなく座っているのも気持ち悪かったので、私はベンチから降りると軽く柔軟をしながら再び呼ばれるのを待つ事にした。




