22話 天才
この世界には、規格外と呼ばれる人間が存在する。
それは冒険者ランクの最高位であるAランクすら越えるほどの力を持つとされるもので、その呼び名に限っては冒険者と言う枠の外にも適用される。
その内の一人にアリエス王都騎士団長、バニルミルト・クラウンの名が挙げられていた。
「明日の対戦相手の情報ですか、僕が知ったら不公平ではありませんか?」
数多くの勲功を上げ、齢二十五にして騎士団長にまで上り詰めた《天才》バニルミルトは、騎士団の休憩室で話をふっかけてきた騎士オルニカに対し片眉を上げて尋ねる。
「何を仰います団長、事前に敵を知るのも戦略のうちだといつも仰ってるではありませんか」
「それは、そうなのですが……」
バニルミルトはそれでも不服らしく、口をへの字にしたまま若干首を傾けながら腕を組んで目を瞑る。
剣だけでなく強力な魔法も使いこなすため彼の前に立てる者は居ないとまで言われ、その上眉目秀麗だが、それを鼻にかける事なく適度に謙虚で人望も厚い。
そんな完璧を地で行く彼でも短所はあるもので、妙なところで他の人には想像できない謎のこだわりを見せる事がある。
幸い大した事がないものが殆どだが、こうなった彼は頑固で、大抵の団員はすぐに説得を諦める事が多い。
(闘技大会だと毎年こうだから、今更でもあるんだけどな)
固まったままのバニルミルトを眺めつつ、オルニカは小さくため息をついた。
バニルミルトは毎年決勝に出場するが、その際相手の情報を知っていると不公平だと言い出し、毎年この時期はあまり闘技場の情報も入ってこない東区の貴族街を警備している事が多い。
(でも、流石に次の相手は知っておいた方が良いよなあ)
トートの事を思い浮かべながら、オルニカはどうにか話を聞いてもらえないか考えるが、良い方法は考えつかず。
(無理に教えようとすると、おそらく団長は即座に逃走して明日まで姿を現さなくなるだろうしな、それは困る)
「分かりました、団長。では細かい部分は伏せますが、一つだけ伝えさせてください」
「なんでしょう?」
「明日はどんな相手が現れても驚かないでください、それが団長の敵であり、準決勝の勝者です」
「どんな相手が現れても? なるほど、楽しみにしておきましょう」
嬉しそうに微笑んでから、オルニカがいる事を思い出したようにハッと一瞬で真面目な顔に戻ったバニルミルトを見て、やっぱり自分の楽しみのために情報を制限していたんだな、とオルニカは思う。
ならば、あの少女なら団長の望む戦いができるかもしれない、どんな相手も五分と掛からずに打ち倒し、つまらなそうな表情を一瞬見せる団長の、本当に望む戦いが。
「それはそれとして、オルニカ、準決勝までご苦労様でした。詳細は闘技大会が終了してから聞きますので、今夜は十分に休んでください」
「はっ、ありがとうございます」
「特に急ぎの用事もありませんよね?」
「ええ、問題ありません」
「それなら良かった、では、明日の引き継ぎ等をアンセルに伝えたいので、呼んできて下さい」
「副団長殿を? 分かりました」
オルニカが副団長を呼びに去った後、バニルミルトはオルニカの言葉を思い出して、再び笑みを作った。
「オルニカさんがああ言うのは珍しい、一体何が出てくるのか、楽しみで仕方ありませんね」
◇――――――
アリエス王都騎士団長、お母さんに聞いたら知らないようだったけど、やっぱり騎士団長なだけあって有名らしく、行く先々で色々と教えてもらえた。
まだ二十五歳で騎士団長なんて役職についていて、人柄も良く、信じられないくらい強いそうで、剣も魔法も自在に使いこなす凄腕らしい。
巷では規格外なんて呼ばれているそうだね、となると、やっぱり今までと一線を画す相手になるのかな。
正直、今まで通りあんまり深く考えてないんだけどね、考えた所でどうなる相手でもないだろうし。
私が変に道具でも使おうものなら使い方間違えたりして自滅しそうだし、力で押しつくすのみだよ。
色々話を聞くと、騎士団長サマは今日戦った騎士のオルニカさんのように道具に頼った戦い方はしないらしく、基本的には剣のみで戦うらしい。
少なくとも、過去二年間は魔法を使う事なく剣技のみで勝利していたと宿屋のおばちゃんが教えてくれた。
しかし、こう誰に聞いても天才だの無敵だの最強だの聞いてるとルーティにでも弱点はないのか聞きたくなるね。
全試合終了してなんだかんだ宝石宿に戻ってきたらもう五時を過ぎていたから、きっともう残念ながらルーティは駐在所に居ない気がするけど。
「でも二十五で騎士団長なんて凄いわね、私が聞いた事ないはずだわ」
「いたの、ずっとまえだもんね」
「そうね、私が王都で活動してた頃は《龍狩り》のグリフレットって呼ばれる凄い威圧感のあるおじさんが団長だったわね」
ん、どっかで聞いたような気がする名前だけど、どこだったっけか。
「どらごん、かったの?」
「そうね、王都付近に現れたドラゴンを退治した英雄だったわよ」
「どらごん、やっぱりつよい?」
「もちろん強いわよ、相手にもよるでしょうけど、Aランク上位が数人集まってやっと倒せる程じゃないかしら」
「つよいんだ」
ドラゴン見て見たいな、この世界のドラゴンは賢くて喋ったりするのかな。
退治される系のドラゴンは基本的に喋らない気もするけど。
「それよりトート、明日は何か作戦とかあるの?」
「ん、なぐる」
「分かってたけど、やっぱり無いのね……」
「あたれば、かてる」
「自信があるのは良い事だけど、慢心しちゃダメよ。戦いは経験がものを言う世界なんだからね」
「う、たしかに」
その辺りは今日戦った人たちが身をもって教えてくれた感じがあるなあ、ベニバナさんは全天のせいで殴りかかる事が出来なかったし、エトワールさんは避けるのがうまくて攻撃当たらなくてちょっと焦ったし、オルニカさんは道具の扱いが凄く上手だった。
その戦いを思い返していると、ふと気付いた事がある。
私、開始直後に突撃するのはあんまり良く無いのでは? と言う事。
ベニバナさんとの戦いでは最悪腕一本持っていかれてたし、オルニカさんとの戦いでは完全に読まれて目潰し食らったし。
「何より、その戦い方じゃ当たっても勝てなかったら……どっちにしてもあの威力で倒れない相手が居たらどうしようもないわね」
「うん、ぜんりょくでなぐるとはじけとぶ」
「弾け飛ぶのね……」
なら明日はどう動こうかなと唸っていると、お母さんが、よしと立ち上がった。
「明日はお昼頃からなんでしょ? ちょっと裏庭を借りて体を動かしましょうか」
「ん、なにするの?」
「ぎこちない動きを少し改善できれば良いなと思ってね」
「わかった」
宿屋のおばちゃんの許可を取って裏庭を借りる、外はもうだいぶ暗いので明かりになるランタンのようなものも二つほど借りたけど、これも火は使わずに光るものみたいで、ライトみたいにずいぶん明るい。
しっかりレンタル料を取られたけど、これなら納得できるね。
「今日の試合を見てて思ったけど、トートの戦い方は直線的過ぎるのよね。動きの話しもあるけど、作戦の組み立て方もね」
「うん」
「トートは戦う時ちゃんと相手を見てる?」
「う、みて……る?」
「んっと、例えばね」
腰の剣を鞘から抜いて、お母さんが剣を前に構える。
「この時、どこを見て攻撃しに行ってるの?」
「んー、ぜんたい?」
強いて挙げるとするなら、殴りかかろうとしている位置である胴体になるのかな、あんまりどこを見てって感じではないかな。
首を傾げながら返すと、お母さんは私から離れるように歩いて行く。
「じゃあちょっとそこから私の前まで攻撃するつもりで走ってきなさい」
「ん」
っても、十五メートルくらいだし一歩で十分なんだよね、私はぐっと力を入れてお母さんの前まで跳ねる、と、お母さんは既にベニバナさんにやられたように横にずれ、私の攻撃範囲外に出ていた。
「見えた?」
訊かれ、私は無言で首を振った。そう、ベニバナさんの時もあったけど一瞬で回避するんだよね、動いてるから私の動体視力なら見えると思うんだけどダメなの、どうなってるんだろう。
「なら、次は私の足を見ながら近づいて来てみなさい」
「ん」
足か、それで分かるような動きなのかな、とりあえずさっきの位置まで戻るけれども。
「いくよー」
お母さんに手を振りながら伝え、再び地面を蹴る。
足を見ながら近づくと、確かに避けようと足を動かすのがよく見える、気付いたら避けられていたさっきまでとは段違いだ。
「どう?」
「すごいよくみえた、びっくり」
「でしょう? 何かしようとする時は、部位を気にしながらの意識配分が大事になるのよ。攻撃をする気なら、相手が避けるつもりなのか反撃するつもりなのか、とか、攻められている時は、相手がどこを狙っているのか、逆に反撃は可能かどうか、とかね」
「なるほど」
「低級のモンスターはそこまで知能あるのも少ないからね、力押しだけでどうにかなるのばかりだったんでしょうけど、人相手だとやっぱり勝手が違うのよ」
「うごき、みていい?」
「ええ、もちろん、そう言えばエトワールさんとの戦いでフェイント使ってたわよね、そこにも少し踏み込んで教えてあげるわよ」




