21話 痛いわけじゃない。
さて、お母さんに連れられて商店街に来たは良いけどどうするのだろう。
正直なところ、開幕パンチで終わりそうな相手だって印象が強いんだけど。
「あら、トート、珍しく不服そうな顔をしてるわね?」
「んー……ちゅういするほどのあいて?」
「もちろん、何事も準備は大事よ。特にオルニカさんは道具の扱い慣れてそうだったし、トートだって変な負け方したくないでしょ?」
「たしかに」
せっかく大会に出たのに負けは良くないね、確かに相手は油断していたとは言っても自分より明らかに上位のヴィルジリオさんを道具で倒した人だ、なんらかの対策はしておいた方が良いか。
「じゃあ、まず服屋さんね」
「ふくや?」
服屋で何を買うというのだろう、ベニバナさんとエトワールさんにやられてちょっと切れたりほつれたりはしていた服はもうお母さんが買っていてくれた替えの服に着替えて問題ないはずだし、また新しい服を買う必要もないと思うんだけど。
服屋に入ると、お母さんはすぐに服ではなくハンカチやらバンダナやらを物色し始めた。なるほど、そういう事か。
「こなはじき、だめなの?」
「もう一度見せてるから、粉塵系はあんまり使ってこないと思うのよ。これなら粉塵系だけじゃなくて空気に混ぜて使う道具もある程度無効化できるからね」
なるほど、一つの読みに集中するんじゃなくて、何か色々使って来られたら、をまず考えるべきなのか。
「つかってくるどうぐ、どんなのあるの?」
「んー、上げ始めるとキリが無いわね、珠玉も入れちゃうとほとんどの魔法効果も入って来ちゃうし。トートは物理攻撃はほとんど効かないのよね? 」
「ん、だいじょぶ」
「魔法は?」
「ひはつかめた」
「うーん、なら、一応バンダナ口に巻いておけば大抵は防げそうね」
お母さんは良さげなバンダナを購入して私に渡すと、また顎に指を当てて考え始めた。
「でも多分、これくらいは相手も織り込み済みでしょうね……さて、どうしたものかしら」
「たいさく、むずかしいの?」
「ええ、勿論そうなんだけど、ちょっとブランクが長くて、パッと思い浮かばないのよ」
悩んだまま薬屋さんに向かって、紫色のヤバそうな液体の入った小瓶を引っ掴み、続けてラムネ菓子程度の大きさの丸薬を二つを購入した。
「体の不調を感じたら紫色の薬を飲みなさい、状態変化を遅らせる効果があるわ。丸薬の方は大体の状態変化を癒す薬だけど、じわじわ効くものだから、必ず先に紫色のを飲んでから丸薬を飲むのよ」
「ん」
即効性が高くて一発で治る薬、みたいのは無いのかな。こうやって二つの薬を使って治す方法がある以上、あっても凄く高そうだけど。
なんて思っていると、お母さんが私の思考を読んだように教えてくれた。
「紫の薬、遅行薬って言うんだけど、それは効果範囲がとても広いのよ、万能薬が効かないような変な魔法ですら効果を遅らせる事ができるからね」
「なるほど」
じゃあとりあえず体に変化を感じたら遅行薬を飲めば良いのか、効果時間がどんなものか知らないけど、勝負がつくまでは効いてくれるだろうし。
ポケットに入れた小瓶と丸薬の感触を確かめていると、お母さんは時計を見て私の手を引っ張った。
「じゃあ戻りましょうか、まだまだ用意したいけど、時間が足りないわね」
「ん」
闘技場に戻ると、私はそのまま選手控え室に、お母さんは観客席に向かうために入り口で別れる事になる。
「じゃあ、頑張ってね」
「ん、まかせて」
頷いてからグッとガッツポーズをして余裕をアピールをすると、お母さんもあんまり心配していないようで、軽く手を振ってから階段を登って行った。
さて、今回の戦いは数秒で終わらせるつもりだ。
と、言うのも人との戦いで本気を出してみたらどうなるのかな、なんて思ったからであって。
何より、ちょっと現場が悲惨な事になってもこの大会中なら回復魔法で全回復できるしね。
できれば相手はAランクのヴィルジリオさんの方が良い実験相手だったんだろうけど、贅沢は言えない、真剣勝負の末に勝ったんだから、オルニカさんに非はない。
「そろそろ、準備はよろしいですか?」
騎士さんに聞かれて、私はバンダナを目の下辺りに巻いて頷く。どうでも良いけど、西部劇の列車強盗とかがこんな格好よくしてたよね。
控え室を抜けてリングに向かっていると、私のような存在はやっぱりお祭りの見世物としてはとても合っているようで、私を応援してくれる声も多い。
対するオルニカさんも、自分より上位だったであろうヴィルジリオさんを倒した事により高い評価を得られたようで、こちらも応援する声が多かった。
リング上で対面すると、オルニカさんはロングソード片手に今まで以上に神経を研ぎ澄ましているような真剣な表情をしているけど、さて、どんな対策を使って来るのやら。
いつも通り軽い紹介が終わり、審判が手を挙げた。
「それでは、始めっ!」
鐘が鳴って試合開始した直後、私は地を蹴ってオルニカさんに突撃する。本気でやろうと力を込めていた分、今までよりわずかに速い。
「開幕突撃して来る確率、九十五パーセントッ!!」
読んでいたとばかりに叫び、自分も後ろに飛びながら小袋を私の軌道上に投げると、突然空中で爆発した。
うまく目の前に投げられたそれに反応するのがわずかに遅れて、手で顔を覆う前に謎の液体が瞼に引っかかる。ギリギリで目を閉じれて良かった。
うげ、これ刺激臭が凄い。絶対目開けちゃダメだこれ、どうしよう、一応ダメージはないけど次に何をして来る気なのか分からないのが少し怖い。
一応服で目にかかった液体を拭いながら、この状況でオルニカさんが私に勝つ方法はいくつあるのか、一瞬で思考を巡らせてゆく。
一つ目、貫通攻撃。でもそんな強力な攻撃があるなら既にどこかしらで使ってるはず、特に前回のヴィルジリオさん戦か、なので無いはず。
二つ目、猛毒、もしくは麻痺。オルニカさんはそういうアイテムを扱うのが好きそうなので可能性は高い、でも私にそれは効くのだろうか。今も目を開けてみたら別に無害という可能性はゼロではない。怖いからやらないけど。
ただ、どうやって私にそれを食らわせるか、という話である。傷経由は無理だろうし、今バンダナで口を覆っているのでそう簡単には通さないハズ。
なんて考えていると、トトッとオルニカさんが足音を殺したまま数歩分離れたのを確認した。瞬間、三つ目の可能性が思い浮かぶ。
三つ目、場外に弾き飛ばすっ!
私は瞬間的にオルニカさんの方に突撃した方が安全だと判断して足音が止まった方向に飛ぶと、さっき私がいた場所でパチンと不思議な音がした。
「チッ!」
結構な勢いで飛んでしまったのでこのまま体当たり的にぶつかっても良いかな、なんて考えていたけど流石にそこまでうまくはいかず、一瞬人の気配を隣に感じたのでどうやら通り過ぎてしまったらしい。
私は止まったところで、急いでバンダナを引っぺがしてはポケットから遅行薬を引っ張り出して飲む。
紫色なんてヤバそうな色からは想像できないほどスッキリした、ミントのような味がした。
きっと遅行薬のお陰で目に食らった劇薬っぽい何かも効果を遅らせられるだろう、と思った私は目を開けたけど、直後視界が歪んで涙が溢れてくる。遅行薬が効いているのか微妙な所だけど、痛く無いのだけが救いかな。
顔が分からないレベルでぼやけているオルニカさんを視界に収めると、私の動きに注意しているようだったので急いで丸薬を一粒取り出して飲み込んだ。
「最初で最後のチャンスが終わった気がするな……」
呟くオルニカさんに対して溢れ出る涙を抑える事ができない私は、つい指を指して叫んだ。
「いたいわけじゃ、ないから!」
「いや、やせ我慢にしかみえねえよ!?」
即座にツッコミを入れてくるオルニカさんを見るに、この人ツッコミ属性を持ってるね、ヴィルジリオさんの時もそうだったし。いや、すごくどうでも良いんだけど。
さて、オルニカさんはやっちまった的な呟きしてたけど、私は私でちょっとピンチな状況ではあるんだよね。
バンダナは謎の液体が引っ掛かっちゃって刺激臭すごかったから、さっき投げ捨てちゃったし、また着けたとしてもその刺激臭が何らかの状態異常を引き起きこす可能性はなきにしもあらずって感じかな、最悪今の状況が悪化するかもしれないし。
オルニカさんの位置も把握はできるけど、涙が止まらないから瞬きの回数はどうしても増えるし、視界がぼやけ過ぎていて位置の把握がしづらくて、もし何かアイテム使ってきた場合この視界じゃ認識することすらできない可能性がある。
かといって、涙が止まるまでオルニカさんが待ってくれるかと言えば絶対的にノーなわけで。
ならば攻めるしか無いかなと。
再び地を蹴ってオルニカさんに下から胴体に向かって右拳を繰り出すと、棒のようなものを思いっきり弾いた感触があった。……剣かな?
剣っぽいものがオルニカさんの手から離れた瞬間、粉が私の顔にかかる。
「っ、くしゅん」
クシャミ出ちゃったけど、あんまり体調に変化がない。遅行薬とか丸薬のお陰かな?
「……やっぱり遅行薬か!」
私がクシャミしている間に後ろに離れようとしていたけど無意味だね、私も体当たりするつもりで近づいて、体が触れた瞬間に横薙ぎにするように左拳を繰り出すとしっかり胴体に命中した感触があった。
「ゴハァッ!」
ぼやけた視界で、ごろごろ転がりながら吹き飛んで行く赤いものが見える。
どこに当たるか分からなかったので全力で殴ってしまったけど、胴体が破裂するような事態にはならなかったみたいだ。
もし殴ったのが偽物だったらと思って周囲を見渡したけど、それっぽいのは視界に入らず、気付けば涙も止まっていた。回復魔法が発動したのかな。
「勝者、トート!」
審判が手を挙げて宣言する、オルニカさんはリング外、闘技場の端っこまで吹き飛ばされて気を失っているようだった。
私は湧き上がる観客に手を振りながら、ゆっくり退場する。
あとは明日の騎士団長サマとの戦いだけだね、絶対賞金貰うんだから。




