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19話 『在り方』

◇エトワール視点――――――


 気付けば、わたくしは医務室のベッドに横たわっておりました。

何が起きたのか、なぜこうなっているのか、理解に少し時間がかかりそうですが、わたくしは心折られ、勝てないと勝負を諦めてしまいました。

こんなことは初めてです、わたくしの矜持はどこへ行ったのでしょう。


 そもそも、私が彼女の壁となるなどおこがましいと思ってしまうほど、彼女の持つ力は別の次元にありました。


 少しずつ試合を思い出してみます、記憶が混乱しているのか即座に思い出せないのが気持ち悪いですけれど、なんとか順を追うことはできそうです。



 審判の手が振り下ろされた直後、彼女――トートさんは空気弾を私に放ってきました。威力を確認したかったのでしょうね、先のベニバナさんとの戦いでは一方的に勝利を得られるほどの活躍ぶりでしたから。


ですが、その弾は鎧の上からぐっと突き押された程度の威力で、到底脅威になるものではありませんでしたわね。

彼女もその程度の威力だろうと予想していたのでしょう、直後私に飛びかかって来ます。


 彼女の動きは素人のそれですから、私はファントムブーツの効果を借りて悠々と回避しながら鞭を振るいます。

簡単に説明しておきますと、ファントムブーツは魔法効果(エンチャント)付きのブーツで、自分の立つ位置が本来の位置と僅かにずれている認識をさせる効果を持ちます。


思った通り、剣を通さないほど硬い皮膚を持つモンスターですら一方的に叩き殺すことができるほどの、あの鞭を彼女は耐えました。

しかし、確実にダメージは通っているようで、三回、四回と当てるごとに彼女の動きは鈍って行きます。


 そう、単純に避けて叩き続けていれば勝利できる、神経は集中していましたけれど、存外楽な戦いだと思った頃彼女は急にフェイントを使うようになりました、わたくしの鞭が当たりにくくなったのです。


それでも、鞭は当たるし彼女の動きは体を庇うようになり鈍って行きます、勝利は目前……のはずでした。


 突然、「もういいかな」と彼女が独り言のように呟くと、今まで与えたダメージが嘘のように消えていました。

いえ、今思い返して気付きましたけれど、彼女は初めからダメージなど受けてはいませんでした。

わたくしが優位だと思わせるように、確実に一撃で倒せるようにするために演技をしていたのです、おそらくファントムブーツの効果を知るためでしょう。位置の認識がずれるとは言え、足音までは誤魔化せませんし、鞭の攻撃で本来の位置がずれている事を知る事もできたのでしょう。


 そこでわたくしの心は折れました、彼女を倒すのは不可能だと、意識の奥底で思ってしまったのです。

直後、その鈍った思考を突いた彼女の拳がわたくしに直撃した所で意識が途切れました。


「敵わない相手……ですか」


 恥ずかしい事に、今なら最初に説教をしたCランク冒険者の気持ちも理解できました。

わたくしは剣の王と名乗るそれはもうお強い方の教えもあり今でこそAランクを名乗らせて頂いておりますが、冒険者ランクとは本来とても高い壁で、ランクが二つも違えば子供が大人に戦いを挑むようなものです。最初から勝負を諦めていたとして何が問題あるのでしょうか。


「あ、(あね) さん、大丈夫っすか!?」


 噂をすれば、ですかね、説教をしたケレスさんが医務室に顔を出しました。

わたくしは、彼に謝罪しなくてはなりません、わたくしも勝利を諦めてしまいました、と。


「ケレスさん、その、勝負を諦めていた事を説教してしまった件なのですが……わたくしは貴方に謝罪しなくてはなりません」


 ベッドに座ったままでしたけれど、わたくしは頭を下げて言いました。すると、ケレスさんは大きく首を振って、私の言葉を否定したのです。


「良いんすよ姐さん! 俺、姐さんの言葉で気づかされました、冒険者が諦めたら、そりゃもう冒険者じゃねーっすよね!!」


 興奮気味に語る彼を見て、わたくしはキョトンとしていたでしょう、それでも彼は続けます。


「俺、少しこのままで良いのかとか考えちまってた所あって、冒険者ってなんなんだとか、俺、村で一番強えって言われて冒険者始めたんすよ、でも、俺より強えヤツがそこら辺にゴロゴロしてて。

好きだった戦いもだんだん嫌いになっちまいかけてて……もう、今年の闘技大会で最後にするかなとか思ってて。

でも、姐さんに言われて気づいたんすよ、諦めちゃいけねーって、冒険者になった頃の記憶を思い出せって。だから、姐さんが謝る必要なんて全くねーんす! むしろこっちがお礼言わせて下さい、あざっした!!」


「……私を必要としていたのは、こちらでしたか」


「え、なんの話っすか?」


「いえ、ちょっとした独り言ですわ」


 思わずクスクス笑ってしまいましたわね、わたくしもトートさんに勝てなかったからといって腐っている場合ではありません、彼女のような強者が居ると知れた事に感謝をして気持ちを切り替えるべきですわね。

目的も達しましたし、少し休んだらまた旅に出ましょう、わたくしの助けを待つ人はまだまだ沢山居るのですから。


 ケレスさんも自分の道を見つけたようですし、もしかしたら将来はわたくしのように二つ名を持つ、有名な冒険者となるかもしれませんね。


◇――――――



 エトワールさんは私への対策をしているようだったので、姑息な作戦を使ってみたけど効果はてきめんだった様だ。

昔、石だの木だの殴ったり叩いたりしてみた時あまりに触れている感覚がなくて、私に鞭はきっと効かないだろうと思っていたし、実際食らってみて若干鈍痛があるくらいで脅威ではなかったんだけど、あのエンチャントの付いただろう靴だけがずっと気になってた。


靴だから攻撃に使うようなものではないと思っていたけど、ベルーガーさんの時みたいに攻撃を変な回避で避けられるようなものだと面倒極まるし、短距離ワープとかするかもしれなかったしね。

実際、当てるつもりで殴りかかっていたけど当たらなかったし。


 試合序盤なんて、完璧にエトワールさんを捉えていたはずのパンチが当たらなくて、攻撃の隙をついて鞭が飛んで来たから靴の効果がどうにも掴めなくて困った。

靴の効果だけじゃなくて、エトワールさん自身も私の攻撃をちゃんと避けられる力量があったんだろうけどね。


で、流石にこのままだと本当にエトワールさんに触れられそうにもなかったので、エトワールさんの動きを増やすために途中からフェイントを混ぜてみたら、見えている位置と足音の位置が違う事にやっと気付けた。

ずっと妙な違和感があったから気にはなってたけど、違和感の正体はそれだったね。


 後はもう本当の位置も分かったし、ダメージを受けている振りをやめたら予想通り動揺してくれたから、隙を突いて場外に飛ばす程度の勢いでパンチだ。

まあ普通、圧倒的に有利だと思っていたのに相手は実はあんまりダメージ受けてないとかそりゃ動揺するよね。


 エトワールさんは気絶しちゃったから医務室に運ばれていったけど、とりあえず回復魔法は作用していたみたいだし大丈夫っぽいかな。



 さて、気を取り直して次の戦いを見に戻っ……て良いのかなこれは?

今私と入れ替わりで出ていったヴィルジリオさんの戦いが終わったらすぐ私の番だよね、確か。

次の戦いは、クライプさんの裏の裏をかいて倒した騎士のオルニカさんと、Aランク《魔法剣》のヴィルジリオさんの勝負だ。


 ヴィルジリオさんは三十代半ばくらいで、二メートルくらいはあるのかな、私が思いっきり見上げなければならないくらい背が高くて筋肉もすごいおじさんだ。背中にでかい両手剣を背負っているけど、ヴィルジリオさんがでかすぎるっても爪楊枝に見えると言ったら流石に言い過ぎか。


 でもこれ、そのまま準決勝になると勝った方が連戦になるよね、良いのかな。

それどころか、決勝は騎士団長サマが相手だから私に勝てば三連戦だ、さすがにそれはおかしいと思うんだけど……。


「ねえねえ、たたかいのよてい、どうなってるの?」


「ん、ああ、予定表がないのかい?」


 とりあえず控え室入り口に待機している兵士さんに聞いてみる。

兵士さんはポケットから紙を取り出して見せてくれた、でもね、私文字読めないの。


「えっと、もじよめない」


「ええ? 文字が読めないのは珍しいね」


 昨日の兵士さんと同じ反応をしてくれました、やっぱり文字が読めないのは珍しいのね……。


「今日はこの後、オルニカさんとヴィルジリオさんの試合があって、連戦を控えるために三十分ほどの休憩を挟んでからトートさんと勝者の準決勝、そこで今日は終わりだね」


「え、けっしょう、あしたなの?」


「うんまあ、色々あるからね、明日の十二時ごろから決勝戦で、騎士団長のバニルミルト様と今日の勝者の戦いになるね」


「いろいろ?」


「騎士団長様が戦うから高貴な方々が来訪する事も多くてね、席を整えたり、警護を強化したりしないといけないのさ」


「ちけっと、どうなるの?」


「チケットは今日のものをそのまま使えるよ、チケットにもその旨が書いて――読めないんだったね、ごめんね」


 なるほど、なんか観客席に妙にひらけた一角があると思ったらそういう事か、あの辺り貴族っぽい人専用席みたいな場所もあったし。

とりあえず休憩があるなら私は一旦席に戻って平気って事だね。


「じゃあ、きゅうけいおわるころ、もどればいい?」


「そうだね、試合が終わってから、だいたい三十分くらいしたら控え室に来てね」


「ん」


 ならばお母さんの元へ戻ろうと兵士さんに手を振って別れを告げて、自分の席まで戻るべく廊下を歩き出した。

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