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1話 なんだか知らんが転生した。

 意味がわからなかった。

目が覚めたと思ったら見たことのない景色に知らない顔。

私はこの状況を把握するために、周囲を油断なく見回していた。


「――」


「――――」


「――」


 何か声が聞こえるけど、何を言っているのか全然理解できない。寝ぼけて耳がおかしくなっているのかもしれない。

そう考えていた時、ふと自分の手が視界に映った。

小さな赤子の手。まさか、と思いつつ動きにくいそれを慎重に動かしてみる。


(やっぱり思い通りに動く。これは……)


 あまり力の入らない手を動かしていると、ゆっくり視界が移動して別の人に手渡された感覚があった。

上を見ると、なにやら複雑な表情をした男性が覗き込んでいるのが見える。


「あーぇ」


 だれ? と尋ねようとしたけれど口がうまく動いてくれず、なんとも情けない声を上げるだけになってしまった。

しかし、その声を聞いて覗き込んでいた男性は頬を緩めて別のところに目をやった。


「――」


 男性が声を発した先に誰が居るのか確認しようとしたけど、急に凄まじい眠気に襲われて意識を手放した。




 それから数日経った。私が赤ん坊になっていたのは夢ではないと証明され、トートという名を付けられた。

この状況はいわゆる《転生》なのだろう、それ系のラノベは好きで読み漁っていたこともあったし。

でも、さすがに実在するとは思ってなかった。というか、自分がその状況に陥るとは考えてもみなかった。


 両親の名前は後々知ったんだけど、父親はエンブレイって名前で、ウルフカットって言うのかな、金色の短い髪を無造作に散らした髪型とキリッとした青い瞳がとってもカッコ良くて、背も高めなイケメン。

母親の名前はリアーナ。もちろんこっちもロングのふんわりウエーブが似合う金髪碧眼のおっとり系美人さんだった。

この辺はお約束なのだろうね。


 でも言葉の理解は未だにできない。数々のラノベで見た、当たり前のように別言語を習得するチートは得られなかったようだ。しんどい。


 


 また少し時が経ち、私は歩けるようになった。

実際は歩けるようになるのはもっともっと早かったけど、あまりにも歩くのが早すぎるとおかしいから自重していたのだ。

 私が頑張って立ち上がるふりをする演技と、初めて歩けるようになった演技は実に素晴らしかったと我ながら思う。足が小さくて頭が大きいものだから体を支えるのが難しくてふらふらしたりもしたけれど、演技だ。間違いない。


 そして、チート能力というのは本当に存在するんだなと実感した。

初めてやらかしたのは……ランタンだった。

ランタンなんて初めて見たなーとか思いながら、軽い気持ちで掴んだら砕け散った。ランタンが、グシャって。


 確かにね、重かったら落としちゃうからって力入れてたってのはあるよ。

もしかするとランタンがなんかこう、古くて、触るだけで崩れ落ちちゃうくらいボロボロだったのかな、なんて近くにあった木箱に手を出した。


 うわーい。面白いように木が剥がれるー。


 直後この惨状に気がついた母親に捕まってしまったけど、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら木箱の緩みを確認している父親が印象的だった。



 そういえば、いつだったか水面に自分の顔が映った時、髪も瞳も色が全然両親とは関係がなくてものすごく驚いた。

髪の色が黒かったのは知っていたけど、まさか瞳の色まで違うとは。

普通なら不倫を疑うべきなんだろうけど、見れば見るほど両親の面影があるから、もしかすると私が転生したことによる弊害なのかもしれない。



 それから更に時が過ぎ、力の制御もそこそこできるようになったので、周りを見る余裕が生まれた。

 とは言っても所詮は家の中しか歩き回れない身なので、父親や母親が何をしているのか確認したりとか、全く判らない言葉をとにかく聞いてなんとなーく理解していくしかないのだけれど。


 そんなことをやって知ったのは、自分の名前が『トート』だと言うこと。

両親は農家なのか、畑を耕して野菜を作っていること。

文明のレベルがとても低いのか、知る限りでは通貨を利用せず物々交換で日々の食料を得ていること。

父親も母親も剣を振り回していることから、ファンタジー世界だと思うこと。もし地球の過去に転生していたのだとしても、普通農民は剣なんて持たないでしょ。

 ちなみに、言葉は相変わらず意味不明だったけど「おはよう」と「おやすみ」は言うタイミングが決まっているし、そう難しい単語ではなかったから覚えた。

この世界に来てから完璧に習得した言葉は、「トート」、「おはよう」、「おやすみ」だ。

あと、母親が自分を指差して何か言っているのは「おかあさん」かもしれない。

とまあ、ハッキリ言ってそれくらいしか覚えてない。言語の習得なんて夢のまた夢だ。今後に期待したい、がんばれ私。




 この世界にやってきて三年目にもなると、さすがに私も年数を把握することができた。なんてことはない、手作りのカレンダーが存在したのだ。

相変わらず数字を読むのも一苦労だったけど、法則に気づいてしまえばそのあとは楽だった。発音は知らないけど。

数字はゼロから九、月は一月から十二月で、日にちはどの月も変わらず三十日まで。日にちが十日ごとに区切られているのは、一週間が十日なのだろうか。一週間の概念だけ違うようだけど、この月日の数え方は馴染み深くて覚えやすかった。


 カレンダーの存在を知ってから少し経ったある日、となりのバルバラさんがうちのお母さんとお茶しに来た時、バルバラさんの背後に小さな子がくっついているのが見えた。


「トート、――――」


 お母さんが何か言っているがわからない。

首を傾げていると、バルバラさんの背後にいた子がちらりと顔を出して小さな声で言った。


「こ、こんにちは……」


 今のはわかった、わかったぞー。


「こんにちは」


 女の子とおんなじ言葉を返す。すると、少し警戒が解けたのか女の子はバルバラさんの背後からちょこちょこ出てきた。うわー、めちゃめちゃ可愛い。

この子も金髪碧眼、この辺の人はだいたい金髪碧眼なんだろうな。

髪はセミロングくらいに整えられていて、おめめがくりくり、淡い色のワンピースがよく似合っている。


「――」


 バルバラさんが女の子に向かって何か一言言うと、女の子はもじもじしながらまた小さく口を開いた。


「リッカ……」


 リッカ。さっきお母さんの言葉にも入っていた単語な気がする。

私は即座に情報を展開し、まとめる。例えばこうではないだろうか、と。


『トート、リッカちゃんよ』


『こ、こんにちは……』


『こんにちは』


『ほら、お名前は?』


『リッカ……』


 あの仕草や雰囲気からも繋がる、これだ。つまり、目の前の可愛い子はリッカちゃんという名前であると考えられる。


「――――」


 お母さんが何か言う。私が首を傾げていると、お母さんは少し悩んでから私の手を取った。続けてリッカちゃんの前に歩いて行き手を取ると、二人の手を小さく振った。

 なんのジェスチャーだか判らず未だに首を傾げていたけれど、もしかすると『二人で遊んでらっしゃい』みたいなニュアンスなのかもしれない。


「りっか、とーと」


 とりあえず、自分を指差して名前を告げてみる。

リッカちゃんは頷くとにっこり微笑んだ。


「トートちゃん」


 近くで見ると余計可愛い、お人形さんみたいだ。

手を差し出すと取ってくれた、やわっこくて幸せを感じる。

とりあえず、お母さんたちの邪魔にならないように隣の部屋に行こうかな。


 トテトテふたりで隣の部屋まで歩いて、リッカちゃんと向かい合って床に座る。

……でもなにしよう。


「――?」


 リッカちゃんが可愛い顔をコテンと横に倒して何か聞いてくるけど、やっぱりいつも通りわからない。


「――?」


 何度か続く謎の問いに私も首を傾げていると、リッカちゃんの目がきらーんと光った。


「――」


 近くに立てかけてある木剣を指差して何か言う。

私が首をかしげると、また何か言葉を発した。


 なんの意図があるのだろうか、なんて考えていると、再びリッカちゃんはその近くの木箱を指さした。


「――」


 ん? この言葉はついさっき聞かなかったかな。なんて思っていると、また何か言う。


 さらに同じ動作。物を指差しては言葉を発し、私が首をかしげると続けて言葉を発する。


 そこまで行って、私もようやく合点がいった。


「うぉーぶでぃー?」


 私は木箱を指をさしてリッカちゃんの言葉を真似ると、リッカちゃんはにっこり笑ってさっき木箱を指差した後に言った言葉をもう一度発した。


『これはなに?』


『木箱だよ』


 今の会話はきっとこうだと思う。リッカちゃんは私に言葉を教えてくれようとしているのだ。と、いうか私のこの世界での年齢と同じくらいだろうに、その発想や方法がすごい。天才かな?


 そんなこんなで、その日はリッカちゃんが帰るまでうぉーぶでぃーし(これはなにか聞い) て、単語を教えてもらった。


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