18話 エトワール
とてとて控え室に向かっていると、控え室目前でエトワールさんと鉢合わせた。
この人は確か《喜捨姫》とか大層な二つ名のついたAランク冒険者だったかな。
「あら? トートさんではありませんの、どういたしまして?」
「ん、あれ? ひかえしつ」
「トートさんは反対側ですわよ」
「あ、そっか、ありがと」
「トートさん先ほどの戦い方、拝見させて頂きましたけれど……いえ、勝負前の方に話すべき内容ではありませんわね」
なにやら少し考えるようにしたあと、目を閉じてエトワールさんは首を振った。
「ん、よくわからないけど、がんばる」
「ええ、良い戦いにしましょう」
◇エトワール視点――――――
わたくしの名はエトワール・ドニエ、もう今年で丁度二十二歳になりますわね、元ドニエ公爵家長女ですわ。
幼い頃わたくしたちの国が魔族の手によって滅ぼされ、私だけは、偶然《剣の王》と名乗る、あるお方に助けて頂きました。
助けて頂いた後、わたくしは悔しさと彼女への尊敬から彼女と旅をする間延々と研鑽を積み、冒険者としてある程度……いえ、あれはわたくしがCランクに到達した頃でしたわね。
「もう、大丈夫そうですね、後は貴女一人の力でも生活は出来るでしょう」
突然彼女はわたくしにそう告げて、再びお一人で旅立たれてしまいました。けれど、わたくしは、わたくしと同じような立場の人を作らないよう一人になっても尚今までと同じように懸命に依頼をこなしていきました。
そんな事を続けているうち、気づけば《喜捨姫》などと呼ばれるようになり、ギルドカードにもAランクと表記されるほどにまでなっていましたわ。
当然のように人を助け、手を貸す日々を続けていると、ある日わたくしは旅の占い師に突然引き止められて言われました。
「エレスベル王国の王都アリエスに行きなさい、闘技大会に出るのです。きっと、あなたの力を必要としている人が居るでしょう」
あまりに具体的な内容でしたし、最初は全然信じてなどいませんでしたわ。占いと言うのは普通もっと抽象的なものでしょう?
もちろん、最初はそんな占い師の発言を無視するように依頼を続けて行きました、当然でしょう、救いを求める人は至る所に居るのですから。
けれども、途中から少しおかしいことに気がつきましたわ、わたくしの好む、いえ、わたくしを必要とする依頼が、どれもこれもエレスベル王国へと向かう道へと繋がるのです。
そこで再び占い師の言葉を思い出しましたわ、『闘技大会に出るのです』と、妙に具体的なその言葉を。
それからは依頼をこなしつつ半ば自動的にエレスベル王国へ足を踏み入れ、闘技大会にエントリーをしましたわ、最初はただのお祭り騒ぎにわたくしが参加するなんて……とも思いましたけれど、参加者を見ているとわたくしと同じように二つ名を持つ冒険者も多く、だんだん純粋に自分の実力を試したいと思うようにもなりましたわね。
そして、彼女と出会いました。
トートという名の、見た目だけはか弱い少女に。
黒い髪に赤い瞳、この辺りでは珍しすぎですもの、あの血のように赤い瞳を見て、最初は不死者を疑いましたわ。なぜモンスターがこの大会に? なんて、ちょっと笑ってしまいますわね。
なぜか珍しく町娘風の服装を着衣していた知り合いが観戦席に居たので訪ねてみましたけれど 、アンデッド退治を専門とする彼女にしては珍しくこう答えましたわ。
「たぶん人間です」
と。『たぶん』と含みがあるのが気になりましたけれど、直後の戦闘で理解できました。あれは人間のなせる技ではありませんわ。
しかし魔族とも様相が違いますし、彼女がアンデッドだと断言しないのであればきっと人間なのでしょう。
となると、あの凄まじい力は《神からの贈り物》なのでしょうね。
動きも素人そのものですし、その力を過信して増長した子供なのかと思うと、存外礼儀正しい子供でしたし、わたくしにはもう何が何だかよく分かりません。
あの力があれば、道を踏み外しさえしなければ将来は高名な戦士となるでしょう。騎士や兵士を選ぶか、冒険者を選ぶか、はたまたある種の《勇者》となるのか、わたくしには分かりませんが、本戦の組み合わせを見て、これだけは確信しました。わたくしは、彼女の壁となるためにここに呼ばれたのだと。
「力も素早さも勝る巨獣を倒す方法はありますのよ、トートさん」
控え室で、道具袋から一種の鞭を取り出して、わたくしは緊張を解きほぐすために深く長いため息をつきました。
◇――――――
私とエトワールさんがリング上に登ると、さっきと同じように司会の人が観客を煽るように簡単な説明を付けつつ私とエトワールさんを紹介する。
エトワールさんは一戦目と同じ豪華そうな鎧姿だったけれど、最初に見たレイピア姿ではなく、鏡のように反射をしている靴と、手には鞭を持っていた。
「げ、あれしってる」
思わず呟く、前世で数多くの死者を出した悪夢の鞭だ。
前世で聞いた名前は「九尾の猫」、長さの違う九本の縄で作られている鞭で、一本ずつどの縄にも硬い結び目がいくつか付いている。
その鞭の殴打は単純な切り傷に加え、結び目により筋肉をこそぎ落とす事ができる。
そんなものが九本もあるのだ。その痛みは尋常ではなく、数発打たれただけで意識は朦朧とし、死に至る事も多かったと私が過去勉強した歴史書には書いてあった。
どこだったかの兵隊が規律違反した兵士に使ってたとかだったような気がするけど、流石にそこまでは覚えていない。
違うよ? 私の頭がポンコツとかじゃなくてね、流石に十年以上前の話だから覚えてないだけだよ?
いや、でも少しだけ形状が違うというか、結び目に鉄球が入っているようだ。扱うのはすごく難しそうだけど、元の拷問目的のような鞭じゃなくて、完全に殺傷目的の鈍器って印象だね。
エトワールさんはきっと私に合わせて武器を変えてきたのだろう、ベニバナさんの斬撃をほぼ無効化してたからね、レイピアじゃ通じないと踏んだかな。
切るのがダメなら叩けばいい、いい判断だと思う。
あの鏡のような靴も気になる、昨日冒険者マニアのおじさんたちと話していた時に聞いた、魔法効果付きの装備の特徴に似ている。
『なんかちぃっとでも違和感があったら気をつけな、エンチャントの装備にはちょっとした特徴がある』
昨日の試合終了後におじさんが教えてくれたのは、エンチャント装備の見分け方だった。
曰く、一番簡単な方法は魔力を見れば良いらしい。まあ、最低でも魔力が見えるようになるまで訓練する必要があるらしいけど。
一般的には、エンチャント付きの装備は少し特徴的な色・形をしている事が多いらしく、金色の剣だとか虹色に輝く盾だとか見たら間違いなくエンチャント装備だと思え、だそうだ。
とは言っても、見分けたからなんだという話で、肝心の効果は使われるまで分からない。
武器屋さんなんかには専属の鑑定士が居て、効果を知る事もできるみたいなんだけどね、私はそんな能力持ってないし無理。
エトワールさんの立ち姿を見る限り、自信満々みたいだね。
Aランク冒険者なら、予選で戦ったベルーガーさんとパラノイアさんがそうだったけど、ベルーガーさんは単純に私と相性が悪そうだったし、パラノイアさんは奇襲で倒した感じだし、ちゃんとAランク冒険者と戦うのは初めてになるのかな。
「それでは――」
審判が片腕を挙げる、今まで通り開始と同時に殴りかかりに行くかどうするか、悩みどころだね。
「始めっ!!」
掛け声と共に審判の腕が下され、試合開始の鐘が鳴った。




