17話 カラクリトート。
さて、問題はこの《魔法》が彼女に届くかどうか、という所である。
私が距離を詰めても気づいたら離されているように、遠距離攻撃ですら同じように離されてしまうのであればもうどうしようもない。
そもそも、頭の中では出来ると確信しているけれども、できるかどうかすら不明だし。
「魔法? 今まで使わなかったのが道理、どうせ大したことないのでござろう?」
「ふふん、あたればわたしのかち」
胸を張ってドヤ顔で構える、今まで考え付かなかっただけだもんねーだ。
右手を軽く握って、親指は内側に入れ、念のため狙いを安定させるために左手を上に軽く添える。
喰らえ、私の魔法!
親指を強く弾くと、高速で押し出されて圧縮された空気がベニバナさんに向かって弾け飛ぶ。が、若干方向がずれていたのか空気はベニバナさんを掠めるだけでに当たらなかった。
「今のは……?」
まずは成功、この時点で勝てる確率は五割を超えた。
全天の効果範囲内に入っても自動カウンターは発動しなかったし、ベニバナさんを掠めたのならば、ちゃんと狙えば当てられると言う事。
空気だし、威力はそこまで出ないだろうけど、必要なのは全天の構えを解除させる事だ。
完全自動迎撃は凄まじいと思うけど、移動不可能は致命的な欠点だね。
「えい、えいっ」
続けて弾丸のように空気を弾き飛ばす、だんだん精度も上がっていって、ベニバナさんに確実に当たるようになってきた。
ベニバナさんは歯を食いしばって耐えているけど、そんな必死そうに耐えてるって事は、この弾丸の威力は無視できないレベルだって証明になってるし、この時点でベニバナさんはもう手詰まりだと思う。
まず、私がルールによって負ける可能性がゼロになった事、ダメージをあたえられないって言う状態が解消されたからね。
次に、ベニバナさんの攻撃は私のかすり傷にしかならない事、もしどんなものでも斬れるなんて必殺技があるなら別だけど、最初にそれを狙わずに全天の構えに移行した時点でそんな必殺技がある可能性はかなり低い。
最後に、もし全天の構えを一瞬でも解いた瞬間、私のパンチが炸裂するだろう。
さっきは避けられたけど、どうせまた避けられてもベニバナさんは私への攻撃手段を持たないし、頼みの綱である全天の構えはこの惨状。殴り続けていればいつかは当たるって寸法だ。
「よし、じゃあ」
私はダメ押しとばかりに両手で空気の弾丸を弾き飛ばし始めると、さすがに耐えきれなくなったのかベニバナさんは口を開いた。
「ぐっ、降参にござる、お見事」
そのままがくりと膝を落として、横に倒れた。少しもすると回復魔法が発動して元気になるだろうけど、今はよほど辛いらしく荒い呼吸を続けている。
「勝者、トート!」
審判の宣言と観客の歓声に両手を挙げて答えた。
空気を放つ、なんて普通は魔法でもやらないようで、「今の何やったんだ?」とか「魔法っつったよな、何か見えたか?」とか困惑した声も聞こえる。
ふふん、魔法ですよ魔法。(物理)とか付いちゃうかもしれないけど、遠距離攻撃だから魔法だよ。
試合終了後、第四試合が終わる前に控え室に来てねと兵士さんに言われ、いつも通り、ん、とだけ返してから急いで反対の控え室に向かう。
予想通りというかギリギリ間に合ったというべきか、ベニバナさんは大きな荷物を持って控え室前の通路をとぼとぼ歩いていた。
「べにばなさん」
「トート殿?」
本戦は入場の見栄えだけじゃなくて、使う武器はなんだとか、道具の用意だとか、試合終了後のケンカとか防ぐために別々の控え室を使ってるのかもしれないけど知らない。
私は接近的に会いに行くのだ、全天を知るために!
「ぜんてん、すごかった、おしえて!」
「全天でござるか……トート殿は勉強家でござるな。ならば拙者も、トート殿の秘密を知りたいでござるよ、なぜ斬れなかったのか、不思議で仕方がない」
「ん、いいよ」
別に秘密じゃないしね。私はお母さんに見せたように、グッと力を入れて腕を差し出す。
何を? と首を傾げながら私の腕を触ったベニバナさんは、驚きに目を見開いた。
「トート殿はカラクリにござったか!!」
「え!? ち、ちがう!」
まさかそう来るとは思わなかった。血とか出てたでしょ。
直後、ぷにぷにの腕を触らせてみたり、さっきの空気弾のやり方を教えたりしてなんとか誤解を解くことができたけれども、結果的には、
「そうか、トート殿は噂に聞く幼子姿の武神殿でござったか」
あっはっはと大らかに笑いながら、ベニバナさんは納得していた。
再び変な誤解が生まれた気がしたけど、なにそれ、私聞いたことないんだけど。仙人みたいな人が居たりするの……?
「では全天についてでござるが、結界を敷き、全を天とし、白小夜の基本となる型を抑え――」
さて、なんか難しくて長い話だったけど、要約すると、本来全天は防御技じゃなくて攻撃技なんだとさ。
影の者(たぶん忍者)とかの位置を特定するための全方位カウンターと、位置を特定した瞬間の強力な一閃の動作までが《全天》らしい。
そう言えばアサシンフードにやってたのがそれだったなあ、と思い出す。
なら飛び道具とか防げないのかと聞くと、投げナイフとか物理的なものには対応できるが、魔法とか私がやったような空気とかは無理だそうだ。
達人なら何だって切っちゃうらしいけどね。
ちなみに、私が近寄るたびに離されたのは結界による影響らしく、私の空気弾を回避できなかったのも結界のせいらしい。
一度結界陣を敷いちゃうと、人を近寄らせなくなる事ができるようにはなるけど、抜け出すのも大変なんだと。
全方位カウンターとかすごく強いなあとか思っていたけれど、結界の仕組みとか全然わからないので覚えられそうにないし、最大の欠点だと感じた《移動不可能》は結界を張るという形式上改善できそうにないので、私はサクッと全天を覚える事を諦めた。
「いろいろ、ありがと」
「こちらこそ、良い経験になったでござる、またどこかで会ったら宜しく頼むでござるよ」
お互いに手を振って別れ、私はお母さんの元へ向かう。今日は席の場所はしっかりチケットで管理されているようだったけど、昨日兵士さんに貰ったので、お母さんの席順はちゃんと私の隣になっている。
選手は参加券がそのまま観戦チケットにもなるようなので、ちゃんと昨日お母さんの分も貰っておいて良かった。
「かったよ」
小さく手を振りながらお母さんの前まで向かうと、お母さんは相変わらず「凄いわね」と、ぎゅーっとハグしてくれた。
「でも、最後のどうやったの?」
「ん、くうきとばした」
こうやって、とやり方を見せると、お母さんは頭の上にクエスチョンマークをたくさん浮かべて苦笑いしていた。
理解はできるけど、理解したくないみたいな心情なのかな。
「私の常識をことごとく破壊して来るわねこの子は……」
なんて小さく呟いているけど、私には聞こえない聞こえない。
リング上ではまだ第三試合の途中だった、ベニバナさんと結構長い間話していたと思うけど、まだ決着がついていなかったのか。
予選第一試合で圧勝していたクライプさんと、第六試合に出てきた騎士のオルニカさんが激しく剣を打ち付けあっている。
クライプさんは相変わらず特徴のない人って感じで、オルニカさんは赤い短髪を逆毛にしていて鷲鼻で目が鋭い、どうにも騎士というよりは冒険者をしている方が合ってそうな顔をしている人だね。
見る限り、実力はほぼ同じくらいかな、両方とも盾も持たずに剣のみで切り合っているけど、回避とガードがしっかりしすぎてお互いにダメージを与えられていないようだ。
剣の長さはロングソードって言うのかな、片手でも両手でも使える様なちょっと長めの剣を使っている。
オルニカさんはベニバナさんに武器を折られた騎士さんと違って胸や腰だけを覆うような軽鎧だから、実力だけでなく条件もクライプさんと同じかなって感じだね。
ただ、長期戦はあんまり得意ではないのか、クライプさんの息が上がってきているような気がする。
剣を振る速度もさっきよりわずかに遅く、甘い。
クライプさんと同じように冷静沈着なオルニカさんがその隙を見逃すはずもなく、決着をつけるべく強烈な一撃を袈裟斬りにするような形で切り込んだ。
「それを待ってたのさ」
クライプさんはニヤリと笑って、きちんと攻撃の位置を理解していたかのように大振りの一撃を避けると、腰の小物入れから粉を一掴みして目の前にばら撒いた。
ばら撒かれた粉は空中でパチン、パチンと音を立ててまるで火花のように青く輝く。
「しまっ……!」
粉をばら撒いた瞬間勝利を確信したような笑みだったクライプさんの顔が一瞬で驚愕の表情に変わると、逆にオルニカさんがニヤリと勝ちを確信した笑みを浮かべた。
「残念だったな、俺もそれを待ってたんだよ」
音を立てて粉が弾けるたびに、クライプさんの動きが緩慢になってゆく、というより、小刻みに痙攣して力が入っていないようだ、あれは痺れているのかな?
「長丁場になると必ず毒か麻痺か、何らかの道具を使って来ると確信していた、お前はまんまと罠にハマったのさ。そうでなくとも、もうスタミナ切れで俺の勝ちだったようだけどな」
完全に痺れが全身に回って倒れたクライプさんに、オルニカさんが声をかける。
トドメが必要か? と剣を構えると、クライプさんは降参を宣言した。
「なるほど、粉弾きね、あんな使い方があるとは思わなかったわ」
「こなはじき?」
訊くと、どうやら本来は粉末や細かいゴミを扱う職人さんが粉まみれにならないように事前に使う塗り薬のようなものらしい。
オルニカさんに使った粉は弾かれて、使った本人であるクライプさんに跳ね返って来てしまったって事か、なるほど、裏の裏をかくとかなんか上級冒険者っぽい!
喜んでいると、すぐにクライプさんの麻痺は回復して二人は控え室に戻る所だった。
「わたしもまたいってくる」
「ん、頑張ってね」
四戦目は見たいけど、ここだと終わりまで観戦できないから控え室で見る必要がある。ちょっと急ごう、なんて思いながら、私はぴょこんと椅子から飛び降りた。




