16話 防具は持たない主義なので。
「……赤い瞳の子供が闘技大会で暴れている?」
「ええ、私も報告を受けまして、《まさか》と思ったので報告をと思いましてね」
明かりのあまり入らない薄暗い部屋で、二人の男女が話していた。
訪ねた方はフード付きの長いローブを着た細身の二十代くらいの女性で、肩の辺りまで切りそろえた金髪に、トートと同じような薄闇で妖しく輝く赤い瞳。
報告をした方は四十代半ばほど、小柄で丸々と太り、金色の悪趣味な装飾に身を包んだ、まさに悪徳貴族を体現したような男だった。
「まだまだ機は熟してない、私じゃないよ。なにより、開国祭なんて騎士団どころか上級冒険者まで集まるような下らない催しの最中にわざわざ目立つような愚行を私が起こすとでも?」
キッと強い視線を向けられて、太った男はたじろぐ。
「い、いえ、決してそのような……しかし、見た者の報告を聞く限り、とてもではないがまともな強さではない、と……」
「きみの報告はまどろっこしくて良くないね、端的に特徴を教えなよ」
「え、ええ、見た目はまだ十歳ほどの幼い女の子で、黒く長い髪と赤い瞳、Aランク冒険者――ベルーガーとパラノイアの二人とBランク冒険者に勝利したようですな」
「《無詠唱》と《完遂者》か……。チッ、二年前に漸く面倒なバンデルト伯爵を殺せたと思ったらこれだ。もしバニルミルトのやつと同じくらいの力があるようなら、最悪作戦を変えないといけないね」
「大会に参加しに来ただけかもしれませんしな」
「なら良いね、それならすごく良い、でもあんまり楽観的には考えたくはないね。ところで、《兵器》の調達の方はどうなってるんだい?」
「それが、未だ芳しくなく……」
「無くてもなんとかなるとは思うけどね、どうせバニルミルトのやつに当ててもすぐ無力化されるだろうし。ま、被害は大きい方が良いから適当に頑張ってよ。……それにしても、任せているのは裏稼業のやつらだろう? 本当に口ばかり達者で使えないやつらだね」
女性は、やれやれと肩をすくめると、何かを考えるように腕を組んで部屋の中をゆっくり歩き回り出した。
「どうかしましたかな?」
男が尋ねると、女性は緩く首を傾げながら人差し指をピンと立てた。
「その少女を少し見に行こう」
「なるほど、では今すぐチケットの手配を――」
「きみはバカか? 王都になど入るわけないだろ。遠くから眺めるだけだよ」
「遠くから? それでは私は……」
太った男がうろたえていると、女性は近くにあった机から双眼鏡を取り出した。
それを手渡すと、面倒そうに口を開く。
「それで見ても良いし、別についてこなくて良いし、きみだけなら別に王都まで観戦しに行ってもいい。私から言えることは、下手に目立つな、それだけだよ」
「はあ……」
そう告げて部屋を出て行こうとした女性は、何か思いついたかのように立ち止まった。
「きみが目立つのは勝手だけどね、まあ、目立ったらこの私のように首を切られると思っておいた方が良いだろうね」
女性は面白そうに笑いながら自分の首を指差すと、そこには完全に一度頭を切り落とされたような、大きな傷跡がある。
「……っ」
男性が息を飲む。
しかしそんな反応を気にする事なく、くすくす笑いながら女性は部屋を出て行った。
「私は大人しく準備を進めるか……」
薄暗い部屋に、小さな呟きが反響して消えた。
◇――――――
さて、第一試合はCランクの……なんだったかな、そうだ、ケレスだ。と、第五組で勝利した、冒険者にしては豪華な鎧にレイピアを装備した貴族っぽい金髪ロングのお嬢様、大きめの赤いリボンカチューシャが似合っている、名前はエトワールだったかな。
の、戦いというか、説教がニ十分ほど続いている。
戦闘自体は一分かからずに終わったのだけれど、そのケレスのやる気のなさと言うか負けて当然と思っていたその心構えが本気で気に食わなかったらしく。
「そこに直りなさい! 力を持つ者の矜持を叩き込んでやりますわ!!」
そうエトワールが突然叫び出して、今に至る。
観客は最初は唖然としていたけれど、話を聞くうちに共感するように頷く者や、それは流石に言い過ぎじゃねぇかと反論する者までいる始末。
審判も変に会場が盛り上がっているから試合を止めるかどうか迷ってるみたいだし。
ちゃんと言いつけを守って十時から控え室にいる私は、当然時間を持て余しておりまして。
ちょっとベンチに横になると、これがまた心地よい眠気が私を襲うわけでして。
や、別にそのベンチが柔らかいからとかじゃないんだけどね、石だし。
まあほら寝てないですよ、起きてうろうろしてるし。
「勝者、エトワール!」
審判の声が聞こえた瞬間、私は頭をガバッと上げた、どうやら寝ていたっぽい。
寝ちゃダメだーとか思ってると、結局寝てるのにうろうろしている夢ってたまに見るよね。
「準備は良いですか?」
「ん」
急いでよだれとか垂らしていないか確認してから、案内に来た兵士さんに頷いて、私は一人リングへ向かう。
リングには既にベニバナさんが立っていた、擦り切れた袴姿に大小二本の刀、やっぱり思った通り第三組の女浪人さんのようだ。
「え、おい子供?」
「大丈夫なの?」
「まあ見てろって、やべえから」
私がリングに近づくにつれて、昨日の戦いを見ていない観戦者がざわざわと周囲に問いかける姿がちらほら現れる。
「お主、今回も防具無しでござるか?」
リングの上に登った後、司会の人が私たちの名前を紹介している間にベニバナさんが話しかけて来た。
「ん」
一文字で肯定すると、彼女は挑発されたと思ったのかあからさまに不機嫌そうな顔をする。
ベニバナさんも、すり切れた袴にほとんど防具の役目をなしていないだろう胸当てをしてるくらいなのにね。
「手加減はしないでござるよ」
「もちろん、わたしも」
ベニバナさんが剣の塚に手を当て、私はぐっと手を握ると、私たちの紹介も終わったらしく、試合開始の鐘が鳴った。
「まずは、小手調べでござるな。白小夜流――」
「ていっ」
彼女が体勢を整える前に、私は二十五メートル近くある距離を跳ねるように一歩で詰め寄り、殴り抜いた。
「っ!」
ベニバナさんはそれをギリギリで反応して避ける、が、ただ避けるだけではなく同時に刀を抜いて、無理やり刀を振り抜いた。
刀は私の肘から少し先、前腕の辺りを見事に捉えて切り裂こうとするが、ごくごく小さな切り傷を作るだけでダメージはほぼゼロだ。
「なっ!?」「えっ!?」
これにはベニバナさんもびっくりしただろう、今のは普通に考えれば腕の一本はいただきコースだったはずだ。
でも私もすごくビックリしてる、まさか切り傷が作られるとは思わなかったから。
「きれた……」
「拙者の刀で斬れぬとは……まさかお主、妖か? 」
「ちがう」
……はずだ、多分。
「さらにその素早さ、まともに相手をして勝てるとは思わぬ。武士道には反するが、ここはルールの力を借りるでござる」
言って即座に昨日見た構え、《全天》だったっけかな、に移るベニバナさん。
それはそれとして、ルールの力を借りるって何。
「どういうこと?」
全天の構えのままでいるベニバナさんを放っておいて、私は審判のおっちゃんに尋ねる。審判のおっちゃんは首を傾げて、昨日ルールを読んだだろう? と言ってくるも、私は首を振った。
「一定時間、だいたい十分ほどだな、両者にダメージが無く、今後もダメージの可能性が無い場合、ダメージを多く与えている者の勝ちになる。両者ともに大きくダメージを負っていると判断は審判の裁量となるが、今回の場合はトート君にダメージが入っていてベニバナ君はまだ無傷なので、このままダメージの可能性がなければベニバナ君の勝ちになるわけだ」
「なるほど」
昨日の騎士さんもそこまで教えてくれなかった。普段は使わないようなルールなんだろうな、ついさっきもそうだった気がするけど気のせい、気のせい。
なんて、今は別、全天の構えが全方位カウンター奥義であることは昨日の勝負で知っている。
更に彼女の自信から考えて、その普段使わないルールが適用される可能性がある。
つまり、十分間私の攻撃を全てカウンター出来ると確信しているみたいだ。
まあ、出来る・出来ないは別にして、どっちにしろ私は殴りに行くしか無いので行くわけだけれども。
再び一歩で距離を詰めるが、当然のように剣閃が飛んでくる。
腕でガードして逆に弾き返して突撃しようとするも、不思議な力によって後ろへ押し戻された。
「あれ?」
ついさっき目の前にいたベニバナさんが、今は五メートルぐらい離れている。
「これが全天の奥義たる所以にござる、もう、拙者に近寄ることは叶わぬ」
すごく仕組みが気になる、でも何度近寄っても少し離され、本当にベニバナさんの側に寄れない。
全天のカウンターを受けるためにガードしている腕も、切り傷が多くなってちょっと痛々しい。
「もう時間か、トート君、このまま別の手がなければベニバナ君の勝ちになるが?」
もうそんなに時間経ったんだ、全天の維持は大変そうなのに、ベニバナさんの精神力凄い。
でも別の手か……近寄れないなら遠距離攻撃すれば良いじゃないってどっかのお姫様の声が聞こえてきそうだけど、あいにく私にそんな手は……いや……。
「はい」
私は大きく手を挙げて宣言した。
「わたし、まほうつかう」




