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14話 不完全燃焼なんだろ。

 第八組の入場が開始し、値踏みをするような目が、選手が入場するたびに向けられて行く。


「あ! あれはたった一年でBランクにまで上り詰めた《新人》のアルスだぞ! 」


「あっちには《無詠唱》のベルーガーだと!?』 」


「なっ、《完遂者》のパラノイアまで居るぞ! 」


 トートたちが観戦を始めた時はガラガラだった席も、時間が経つにつれて少しずつ埋まって行き、最終組である第八組ともなると、名の通った冒険者が姿をあらわすたびに場が盛り上がるようになっていた。

結構有名な人が多いようで、応援する声もそこかしこから聞こえてくる。


 が、武器も防具も身につけず、まるでピクニックにでも行くような格好のショートパンツにチュニック姿で黒髪の少女が会場に現れた瞬間、場が騒然とした。

迷い込んだのでは? イタズラか? と騒がれる中、リアーナが思わず立ち上がる。


「トート!?」


 それに反応して、先程トートと会話していた冒険者マニア二人も目を丸くする。


「さっきのお嬢ちゃんじゃねぇか」


「戦えたのか? いやでも何も装備してねぇが……」



 リング内では、こっちもこっちで大半の人間が混乱していた。


「子供……?」


「リングに上がるって事は敵なのか?」


「ははっ、あんまり傷つけずに返してやんねぇとな」


と。


 しかし、ある程度の強者には理解(わかる)。あの少女こそ、この試合で最も強敵であり恐れるべき存在であることを。


 《新人》のアルスは、自分の実力もさることながら、自分と相手の力量を正確に測ることのできる珍しい特技を持っていた。

例えば、直接自分の力だけでは勝てないような相手には搦め手を使って戦うようにして、確実に冒険者ランクを上げていった。


「あ……あ……」


 しかし、その特技が過去最大の警鐘を鳴らしている。

百パーセント、どのような手を使っても勝利は不可能だと確信したのはこれが初めての経験だった。

つまり、完全に《呑まれて》しまったのである。


 直後、試合が開始される。

流石に参加者の誰もが、最初に少女に襲いかかるのは躊躇われたのか、様々な場所で剣同士がぶつかり合う金属音が響いた。


 アルスもさすがは冒険者と言うべきか、自分に向かってくる剣を見て一瞬で気を切り替える。少女が動く気配はない、ならば、今すべきことは目の前の敵を打ち倒すことだ、と。



 《無詠唱》のベルーガーは迷っていた。あの呆けたように突っ立っている少女に手を出して良いものかどうか、《眠れる獅子》を我が手で起こしてしまうのではなかろうかと。


 彼は二つ名の通り、ある程度の魔法を無詠唱で使うことができる。

なので、考えてから詠唱を開始して魔法を発動させる魔法使いと違い近距離戦に対応することができるが、無詠唱で使える魔法は言うほど多くないので、少女の実力が分からない以上下手に動きたくはない。

結局彼は、トートに手を出すことなく試合を進める事を選択した。



 《完遂者》のパラノイアもまた、悩んでいた。

あの少女が只者ではない事は理解できるが、何がどれほど危険なのか知る術が無かったからである。

 だれか手を出せばそれが理解できるかと思ったが、運悪く誰も手を出す気がないようで、少女は暇そうにただ試合風景を眺めている。


 完遂者――今まで五百を超える依頼を受けてなお依頼失敗率ゼロの彼は、恐ろしく慎重だった。

早くだれかあの少女に手を出せと願いながら、迫り来る冒険者を切り裂いた。



◇――――――――



 暇だ。

試合が始まったらポイント稼ぎ的な意味で我先にと私に襲いかかってくると思っていたのに、誰一人こちらに向かって来ない。紳士か。


 しかもそこかしこで戦ってて、なんかもう完全に動き出すタイミング失ったし、もう最悪だ。

私、背後から殴るのとか協定に違反してると思いまーす。やられるのは別に良いけどね。


 もうあまりにも暇だからお母さんに手を振ってみる。

暇だよー。

すると、さっきまで胸のあたりを両手で押さえて立っていたお母さんがストンと座った。よく見ると観念したような顔をしている。


「降参だ」


 突然声がしたので見ると、アルスと呼ばれていた青年が両手を上げて場外に向かう所だった。

 アルスさんと一緒に場外に向かうのは、アルスさんに挑んでいた冒険者か。決着がついた瞬間にアルスさんが降参を宣言したのだろう。


 アルスさんが降参を宣言すると、場の空気が急に変化した。

戦闘中だった名もなき冒険者は無視するとばかりに、ベルーガーと呼ばれていた魔法使い風のお爺ちゃんが私に丁度野球のボールくらい? の大きさの火の玉(ファイアボール)を放つ。

 まるで弾丸のようなスピードを持ったそれを、私は体を少しずらす事で回避した。

同時に、パラノイアと呼ばれていた男の眉がピクリと動いたのを私は見逃さなかった。


「あ、あの、俺も降参します」


 ベルーガーさんの魔法を見て自分が遊ばれていただけだと判ったのか、ベルーガーさんと戦っていた冒険者が即座に降参を宣言した。


 これで今リング上には私、ベルーガーさん、パラノイアさん、パラノイアさんと戦っている冒険者二人が残っている。残りの人は最初の方で決着がついて居なくなっていたようだ。


「あれを避けるか!」


「おお、まほうだ」


 私はお返しとばかりに拳を軽く握り、ベルーガーさんに向かって跳ねた。


「ッ!?」


 三十メートルくらいを一息で駆け抜け拳を振り抜くも、ベルーガーさんを殴ったつもりがガラスを割るような音がするのみで、いつの間にか一歩分遠くに居るベルーガーさんには当たっていなかった。


「ば、化け物め……!」


 ベルーガーさんが何か言ってるけど、まあ間違いじゃないかな、と。


「まほう、すごい」


 むしろ私は感動していた、魔法使いだよ、見たかった魔法使い!

あの弾丸のようなファイアーボールも、今どうやって避けたのか分からないやつも、全部魔法。

腰痛や肩こりを癒すとか、姿が見えなくなるとかじゃない、かっこいい魔法だよ!


「手伝おう」


 私が感動していると、背後からいきなり剣を振られたのでトン、トンと小さく跳ねて避ける。

攻撃してしたのはパラノイアって人だね、戦ってた二人はもうさっさと降参していた。

もう、降参するくらいなら最初から参加しなければ良いのに。


「すまんの、助かる」


「俺の勝利のためだ」


 そう言って二人は武器を構え直す。私もただ立っているだけだと締まらなそうだったので、一応拳をグッと握りしめておいた。


「軌跡よ、霧を発し、姿を隠せ」


 パラノイアさんが短く呟くと剣が薄く輝き、剣の軌跡に濃い霧を残して行く。

彼はわざと私の視界を塞ぐように、剣を縦に構えると大きく円を描いた。


 直後、霧の先からファイアボールが飛んでくる。そういう作戦か、単純だけど強い。

でも残念、弾丸のようなスピードは別に大した脅威じゃないんだよね、本気を出せば掴めるくらい遅く感じるし。


 で、私自身何を考えていたのか、ついファイアボールを掴んだ。

すぐに消えちゃったけど、普通に掴めたし別に言うほど熱くもなかった。


 そんな事を霧の向こうでやっているとはいざ知らず、ベルーガーさんはファイアボールをどんどん放ってくる。得意魔法なのか、本来は必殺となり得る魔法なのか。


 面白いのは観客だ、霧の向こう、私が見えない方では悲鳴に近い声や、やりすぎじゃないかと抗議に近い声をあげる人が居る一方、霧のこっち側、私が見える方では唖然としている人や、ベルーガーとパラノイア組を憐れむ声まで聞こえてくる。


 さて、ベルーガーさんがファイアボールしか放たないのであれば、もう飽きてきたので終わらせたい。

あのバリアみたいな魔法には驚いたけど、また使うかな。


 私は耳を集中させて、まずパラノイアさんの居場所を把握する。

どうやら彼は霧の範囲を広げつつ私の死角から攻撃をしたいようだ。


 ちょっと面白い事を考えたのでファイアボールを待つと、すぐにぼふんと霧からファイアボールが現れた。

私はタイミングを合わせてそれを殴るだけ、ただし、パラノイアさんに向かって。


「なっ!?」


 と声が聞こえて、ほぼ同時にどさりと倒れる音がした。

頭に当てちゃうとまずい可能性があったので、私はパラノイアさんの足を狙ったんだけど、しっかりと着弾してくれたらしい。


 術者の精神が乱れると効果が消えるのか、霧はゆっくりと晴れて行き、私は漸くパラノイアさんとベルーガーさんの姿を再び見ることができた。


 地面に這いつくばっているパラノイアさんはすごく悔しそうな顔をしているけど、このままでは立つことができない。なぜなら、右足が完全に吹っ飛んでいるからだ。

それどころか、このままでは致死的なダメージで強制敗北だろう。


 って言うかね、ファイアボールダメージでかすぎない? 火による燃焼ダメージがメインじゃないのこれ。

弾丸ぐらいの速度だった時点で想像すべきだったよ、そうだよね、あの速度で燃焼ダメージとか無いよね。


 さあ、それよりさっきのバリアっぽい魔法をもう一度見せてよベルーガーさん!

ニヤリと笑って拳を握りしめると、私が動く前にベルーガーさんは叫んだ。


「降参だ! 負けを認める!!」


 ちょっとこの試合降参多すぎない? パラノイアさんを見ると既に致死的ダメージで敗北しているし、不完全燃焼感がすごい。


 でもとりあえず審判が私の勝利を宣言してくれたので両手を挙げてよろこんでおいた。もちろん、お母さんに手を振るのを忘れずに。

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