13話 規格外
チケットを売っていた商人――ザスカーが目を覚ますと、見覚えのない天井が彼の視界に入る。
「……ここは?」
体を起こそうとして肩の痛みで彼は状況を思い出した、どうやら休憩室か医務室だろう。
「お、お目覚めですか」
声のした方を見ると、赤い軽鎧に身を包んだ兵士がコーヒーを片手にくつろいでいる。
「ワコーズ君、運んでくれたのは君か? 感謝するよ」
「外傷は見当たりませんでしたけど、一応回復魔法も頼んでおきました。まだ少し痛むかもしれませんけどね」
回復魔法は傷を癒したり痛みを緩和したりと便利だが、さすがに一瞬で痛みも消滅するほど万能ではない。
大事ないならそれで良いと、ザスカーはまだ痛む体をゆっくりと起こす。
痛みに顔を歪めながら肩を回して、ワコーズの座るテーブルの近くに腰掛けると、すぐにワコーズがザスカーの分までコーヒーを用意した。
「それにしても……『ザスカーさんが倒れているから闘技大会に参加できない』と仰っていた女の子が居たので一応参加証渡しておきましたけど、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない……なあ、ワコーズ君、私は長年行商人をして来たし、山賊や盗賊と何度も戦った。冒険者のランクで表すならどの辺だと思う?」
ワコーズは突然の質問に茶化す事なく真面目に考えると、口を開いた。
「僕はザスカーさんの行商人時代を知らないので、この街で知り合ってからの推測になりますが、おそらくはCランク上位からBランク下位といったレベルですかね」
「まあ、この街に留まるようになってからは腕が鈍った所もあるし、そんなものだろうな」
ザスカーは対人の戦闘経験が豊富だと言う事で、何度か騎士団の訓練にお邪魔させてもらったことがある。
その騎士団メンバーのワコーズがこう言うのだから、多分間違いは無いのだろう。
ザスカーはコーヒーの残りを一息で飲むと、大きくため息をついた。
「Aランクだとか、規格外だとか言われる冒険者になるような人間は、きっとああいうものなのだろうな…… 」
「どう言う事ですか?」
ワコーズの問いに、ザスカーは面白そうに笑いながら指を組み机に肘をつくと、思い出すように話し始めた。
「あの子が武器も防具も持たずに闘技大会に参加したいと言ったものだから、私は最初『どんな大会なのかも知らずに、お祭り騒ぎをするなら参加させてほしい』タイプの子だと思ったんだ」
「でしょうね、稀に拳のみで戦う闘士も居るみたいですが」
「そして私は言った『参加したければ、私を倒してみなさい』、と。正直な所、ちょっとした冗談のつもりだったし、もし本気で襲いかかって来ても少し脅かして『こういう大会だ』と教えてやるつもりだった」
「で、負けた、と。となると、あの子は素手でBランク相当の実力があるのですか?」
「いや、一秒持たなかった」
「それは一体?」
「私は、あの少女との戦いで一秒持たなかったんだよワコーズ君。確かに武器も防具も持たない少女だったから油断はしていただろう。だが正直な話、私が武器防具を装備して、それ相応の覚悟をしながら戦ったとしても、素手のあの子に十秒持たなかっただろう。そういう相手だったんだ、あの子は」
「なるほど、Aランクや規格外…… ですか」
先ほどのザスカーの呟きを思い出し、ワコーズも繰り返した。
お互いに無言となったところで、闘技場の広場の方から歓声が聞こえる。
ザスカーはハッと顔を上げ、訪ねた。
「それで、私はどのくらい寝ていたんだ、今大会はどうなっている?」
「先ほど第六組の試合が始まったので、この歓声だとそろそろ決着がつく頃でしょうかね」
「チケットの販売は?」
「もちろん、ザスカー商会さんの方に人員追加の手配をしておきましたよ」
「そうか、感謝する。……ワコーズ君、やはりうちに来る気はないか? 君には商人としての才覚を感じるのだが」
「いえ、ありがたいお話ですけれど、僕は騎士団員ですので」
「……だろうな。ところで、あの子は何組だ?」
「えっと、札の色は緑だったので八組ですね」
「そうか……とにかく、気をつけてくれ。判っているとは思うが『あの子を』じゃないぞ、『あの子に』気をつけるんだ。特に、闘技場の魔法陣は即死にだけは対応できない旨をしっかり伝えておいてくれ」
「了解です」
言い終えると、各々の配置場所に戻るため二人同時に席を立った。
丁度その時、第六組の試合が終了して第七組の参加者が闘技場内に入る所だった。
◇――――――――――
さて、どうしよう、第七組が入って来てしまった。
確か兵士のお兄さんの話だと、このくらいのタイミングで控え室に行った方が良いんだよね。
スッと離れてお母さんが私を探し出しても困るし、そもそも離れようとしたら気付かれるだろうし、どうしたものか。
一度私の戦闘を見れば、参加を拒否することなんてなくなるんだろうけど、今はそうは行かないし。
「おかあさん、おはなつむ」
「花? 何言ってんのよ、もう飽きちゃった?」
む、お花摘みは通用しないのか。今まで誰もそんな事言った事なかったし知ってたけどさ。
私は摘みに行くのだ。『冒険者』という花をね、ふふふ……待っていてね賞金。
「ちがう、まってて」
「え、ちょっとどこ行くの、場所判らなくなるわよ?」
「だいじょぶ、すぐわかる」
「まったく、すぐ戻って来なさいよ」
「ん」
下への階段が近いこともあったのか、お母さんはサクッと私を見送って観戦に戻った。私は選手控え室までトコトコ移動だ。
控え室の前には、騎士団の軽鎧を着た兵士が立っていて、参加証の確認をしているようだ。
緑色の札を取り出して見せる、よく見るとさっき私に参加証を渡してくれた兵士さんだった。
「さんか、だいじょぶ?」
「ああ、ザスカーさんの言質は取ったよ、参加は可能だ」
兵士さんは私から緑の参加証を受け取ると、何か書いたメモを渡してくれた。
が、私は文字が読めない。
「なにこれ」
「参加者全員に配っているメモさ、目を通しておいてくれ、読み終えたら回収箱の中にまた入れておけば良いから」
「わたし、もじよめない」
「読めない? え、本当に?」
「うん」
この反応である。ちょっと待ってほしい、この世界ってもしかして識字率百パーセントに近いの?
リッカちゃんが本を読んでいたのは、彼女が天才かもってのは置いておいても自分で勉強したからでしょう?
あれか、『勉強なんて知らん』みたいな荒くれが、冒険者ギルドに貼ってある文字でクエスト内容が細かく説明されているような紙を当たり前のように読んでクエスト受注しちゃう世界なのか。
そんな世界でなんで私は文字読めないの、なんで!?
なーんて、元々言葉が通じなかったし、私はそういうスキルは完全に無いんだろうな……。
「じゃあ、読むから聞いてて」
「いいの?」
「読めないんじゃ仕方ないでしょ……」
「たしかに」
さて、兵士さんから聞いたのはルールの説明だった。
まず、闘技場には自動回復の魔法陣が張られているため即死攻撃以外なら回復出来ること。なんと便利な事に、敗北確定レベルの傷を負うとその場で回復が発動して審判により敗北が決定するらしい。
この敗北確定レベルの傷ってのは結構大きな傷でも大丈夫みたいで、例えばあの第三試合でアサシンフードが相手冒険者の剣を奪って喉元に突きつけたシーン、あそこで冒険者が負けを認めずに首を掻っ切られたとしても、敗北確定レベルの傷としてすぐに処理されて回復し、敗北が確定するらしい。
とは言ってももし何らかのトラブルで魔法陣が発動しなかった場合、喉を掻っ切られた冒険者は死んじゃうから、あのアサシンフードがカッコ良く決めたように、相手の降参宣言を引き出した方が双方にとって都合が良いようだ。
じゃあ逆に何が即死攻撃に当たるのかと言うと、脳への過度なダメージとか、一撃で心臓をぶち抜いたりとか、そういうものらしい。
昔やってしまったワーウルフへの一撃みたいなものだね、頭を吹っ飛ばしたらアウトだってさ。
次に、敗北条件。
動けなくなるレベルの傷を負う事、これには気絶も含まれるらしい。あとは自ら降参する事、リング外に足をつける事。
うん、とても分かりやすい。
更に、この大会は武器の使用だけでなく、持ち込んだアイテムの使用まで可能らしい。
ただ私にはあんまり関係のない話かなーなんて流して聞いていると、あまりの危機感のなさを不安に思ったのか兵士さんが教えてくれた。
「猛毒なんかでも持ち込み可能だからね、ちゃんと注意しないと危ないよ」
「なるほど」
と、親切に教えてくれたけれど、私がそこで考えていたのは回復魔法凄いなあって。猛毒みたいな(多分)長時間効果が及ぶものにまで対応できるんだよ?
むしろなんでそこまで出来てリッカちゃんの病気が治せなかったのかって話なんだけどさ。
まあきっと、使える条件が複雑だったり用途が限定されてたり、そう言った制約が積み重なってリッカちゃんには使えなかったんだろうけど。
丁度兵士さんからの説明が終わった頃、第七組の対戦が終了して、これから八組の入場のようだ。
待合室の入り口でずっと兵士さんと話していた私は当然入場口からは遠くて、兵士さんに感謝を告げた後すぐに入場口に向かった。




