9話 やわばこはとてもいいもの。
「と、トート殿、どこに向かうのでありますか?」
「あっ、ごめん」
ルーティを引っ張ったままだいぶ離れてしまったらしい、露天が立ち並んでいるのは変わらずだけど、さっきまでのお店は一つも見えない。
「しかしトート殿はずいぶん力が強いのでありますな、自分が引っ張られるままでありましたよ」
「まあね」
ふふん、私はパワータイプなのだよ。じゃなくて。
「ここ、どのへん?」
「えっと、うーん、あ、南寄りの場所でありますな、あそこに闘技場が見えるのであります」
ルーティが指差した先に巨大な壁が見える、あれが闘技場か。
闘技場って普段から何か催し物をやっているのだろうか、少し気になる。
「とうぎじょう、なにかやってる?」
尋ねると、ルーティは小さく首を振った。
「いえ、今は特に、普段は騎士団の訓練場として利用しているのであります」
「なるほど」
騎士団の訓練場か、確かに丁度良い場所なのかもしれない。
でも今はお祭りの最中じゃなかったっけか、何もやらないのだろうか。
そう考えていると、ルーティが続けた。
「ですが、明日から闘技大会があるのであります」
「ふーん」
つい素っ気なく返してしまったけど、少年マンガ的な催し物とは言えあんまり興味ないかなあ。どうせ冒険者の頂点を決めるとかそういう大会でしょう?
私も戦いがーとか強さがーとかは好きだけど、別に悪くも無い人と戦いたいわけじゃ無いし。
何より、私のような年齢で出場したらそれだけで悪目立ちしちゃうだろうし。
「優勝者は百万グリスの賞金が貰えるのでありますよ」
出るか、闘技大会。
「まあ、騎士団長殿が毎年優勝しているので、今年もそうなると思うのでありますが――」
目立つ? 知らん知らん。お金は正義だ、お金があればなんでもできる。そう、前世でもそうだった、座右の銘は『地獄の沙汰も金次第』、きっとこの世界も金が存在する以上そうなのだろう。
「聞いてるでありますか?」
「さんか、いつまで」
「え、っと、明日の十時までに闘技場入り口で登録すれば出場できるのでありますが……ってまさか、トート殿出場する気でありますか!? 無理でありますよ、危険すぎるであります!」
「かまわん、たおせる」
「構うでありますー! 無理でありますよー!!」
闘技場に向かう私を必死に引っ張って止めようとするルーティ、でも無駄だ、私がその程度で止まるわけがない。必然的に地面にルーティを引っ張る跡が残る。
「そもそも受付の人が登録を許すわけがないであります! トート殿のような可憐な少女が出るような大会ではないのでありますよー!」
ルーティは気づいているのだろうか、その『可憐な少女』とやらを全力で引き止めているはずなのに、逆にずっと引きずられ続けていることに。
いやあ、気付いていないだろうなあこれは。
ルーティを引きずってずんずん歩いていると、鐘が大きく一度鳴ったのでふと我に帰った。
「ん、なに」
「ふぎっ」
私が急に止まったせいでルーティの手がすっぽ抜けて倒れた。
大の字で倒れたままのルーティを眺める。
「なにやってるの」
「酷いのであります!?」
とりあえず手を貸して起こしてあげて尋ねる。
「いまのかね、なに?」
「鐘でありますか? ああ、四時の鐘でありますね、出店を畳む準備の合図の鐘であります。この後は五時にもう一度、今度は出店終了の鐘が鳴るのであります」
なるほど、もう四時か、帰路を考えるともうそろそろ戻らないとまずいかな。
闘技場は明日の十時までだっけか、それなら明日でもいいや。
「かえる」
「む、どうしたのでありますか?」
「にしくのほうせきやど、おかあさんまってる」
「道は判るのでありますか?」
キョロキョロ辺りを見回して見たけれど、全然わからず、方向さえ知ればとも思ったけど工場の辺り若干入り組んでるんだよね。
ルーティも居るし送ってもらった方が安心かな。
「わからないかも」
「なら自分が送るであります、宝石宿で良いのでありますか?」
「うん、にしくのとこ」
「了解であります」
ルーティに送ってもらって思ったけど、やっぱり頼って正解だった。全然覚えのない道をばしばし通るものだから、私も途中から道を覚えようとすらしなくなってたけど、ルーティが言うには来た時と同じ道を通っているらしい。
基本的には、大通りを通っているそうだ。
「るーてぃ、あそべなくてごめん」
そう言えばルーティを遊ばせてあげるつもりだったけど、あちこち歩いたり場所の説明を聞いていたら時間が過ぎてしまった。もう少しルーティが見たいように回ってあげれば良かったかなと反省。
「いえ、自分も出店を見て回れたでありますから、十分でありますよ」
「そっか、よかった」
満面の笑みで言われてしまっては仕方ない、私も微笑みを返すしかない。
でも遊ぶって言っても、射的とか金魚すくいみたいな子供用の出店って見なかったな、どちらにしても店先を見て回るくらいしかできなかったか。
しばらくてくてく歩いて宝石宿に到着すると、もう五時直前だった。すこし余裕を持って歩き過ぎたかもしれない。
「ここで良かったのでありますか?」
「うん」
「では、自分は戻るであります、今日は楽しかったでありますよ」
「あんない、ありがと」
丁寧にお辞儀するルーティを手を振りつつ見送る、彼女が角を曲がって見えなくなると、私も宿に戻った。
部屋に入るとお母さんは暇を持て余していたようで、部屋に備え付けられていた冊子をパラパラ眺めていた。
「ただいま」
「おかえりなさい、楽しめた?」
「るーてぃ、あんないしてくれた」
「ルーティ?」
「きしのひと、かわいい」
「へえ、それは良かったわね」
私は、そうだとショルダーポーチから箱を取り出す、プレゼント用に買った癒しの柔箱とか呼ばれている道具だ。
「これ、おみやげ」
「あら、柔箱?」
有り難いけど、もうこんなものを使う歳になったのね、とおかあさんはクスリと笑った。
私は身を乗り出してお母さんに詰め寄る。
「つかうとこ、みたい」
「ええ、良いわよ」
箱を開けて最中を手のひらで揉むように砕くと、ふわりとビー玉サイズの緑の玉が辺りに散り、お母さんの周りとついでと言わんばかりに私の周りに集まった。
なるほど、範囲魔法か。
じんわりと身体中が暖かく感じ、体もわずかながら浮遊感があって、温泉に浸かっている感覚に近い。
思ったよりだいぶ気持ちよかった、さすが肉串四本ぶんの価値があるアイテムだ、長旅には必須アイテムだろう。
お母さんはまだヘヴン状態から戻ってこないようだったので、さっきちらっと見て気になった部屋備え付けの冊子を見てみることにする。
きちんと等間隔に揃えられた文字群は明らかに手書きのそれではなく、この世界に印刷技術が存在する事を示唆していた。
昔一度だけ見たリッカちゃんの持っていた本は印刷された文字じゃなかったようだけど、印刷技術がどのレベルで浸透しているのかわからないから、今手に持っている冊子が《当たり前》なのか、リッカちゃんの持っていた本が《当たり前》なのかわからない。
ただ手書きの本なんてずいぶん高かったのだろうな、なんて考えていた思考をお母さんの言葉が打ち切った。
「ありがとうねトート、だいぶ疲れが取れたわ」
「ん」
「それで、今日見てきた事を聞かせてほしいわ、楽しかったのでしょう?」
「ん、にしくのおおどおり、あるいて――」
お母さんにその辺を見て回った事を伝えた。
途中ルーティと出会って一緒に北区を見て回ったと伝えると、案内してもらえて良かったわね、とにこやかに言われた。
その日はそんな調子でお母さんとお話ししたり、ご飯食べに行ったり、シャワー浴びたりして過ごした。
◇――――――
二人が眠りについた頃、部屋の隅で黒髪金眼の少女――ドッペルゲンガーが突っ立ったままじっとトートを見つめていた。
「ようやく、か? 手間取らせおって」
一人呟いたそれは誰に聞かれることもなく、夜の闇に溶けてゆく。
その後手を握ったり開いたりしながら、トートに近寄る。
「おい、小娘、起きよ」
腰に手を当てて偉そうに言うも、聞こえている様子はなく、声を大きくして呼んでみても変化はなかった。
「いや、まだまだか、厄介な奴じゃな……」
大きくため息をついて地面に座り込むと、黒髪金眼の少女は今まで通り、風景と同化するように消えていった。




