シグルド/『竜拳』:エスト・カエストス②
あの光……いや、黒い火柱は見たことがある。
「シグルドさん、あの黒い炎は悪魔化する予兆ですよね!? それにあの場所、ミゲルという預言者が倒れていた場所じゃ」
「まさか……あれほどの損傷を受けていても悪魔化するのか!?」
俺は【遠方知覚】のスキルでミゲルが横たわっていた場所を確認する。
そこにはぐちゃぐちゃに潰れていた身体を再構築しながら起き上がるミゲルがいた。その右手には準魔剣とおぼしき短剣が握られている。
「コ……ロス……ス……ロス……コロ……」
腕を振り上げ、グサリと自らの腹に短剣を突き刺すミゲルの姿は、徐々に人間としての姿を失っていく。
「自ら進んで悪魔化するとは……」
血を揺るがすほどの雄たけびをあげながら姿を現わした悪魔は先ほどの悪魔と比べ小さいものの、有する力は勝るにも劣らない……いや、素体の能力が反映されているのか数段上の気を放っている。
「相手は人型だ! やれるぞ!」
それに油断した数人の竜人兵がソレを取り囲んで射撃体勢に入ろうとする。
「よせ! 離れろ!!」
「1番隊! 突出するな! 引け!!」
俺とカストルが同時に叫んだ次の瞬間、竜人兵が一斉にその場に倒れた。
「シ、シグルドさん……今何が……?」
「ただ尾を振るっただけだ。想定外なのはその殺傷力の高さか……迂闊には近づけない様だ」
倒れた部下を見てカストルが叫ぶ。
「くそっ! 引け! 体制を立て直すぞ!」
竜人兵が雑魚の魔物をけん制しながら後退する。
「シグルド! お前も引け!」
「……いや、引かない。仲間の死を無駄には出来ない」
「なっ……!? 正気か!?」
そこにローゼリアたちが合流する。
「ごめん、シグルドはこういう奴だから」
「お前はそうでなくちゃな、当然あたしもやるぜ」
ローゼリアとリーヤがそれぞれ武器を構える。
「待つのじゃ」
エストが俺たちとミゲルだったモノの間に割って入る。右手には先ほど同様、魔拳ヴェスタルを装備している。
「ここはひとつ、わしに任せてくれんか?」
誰もそれを止めようとはしなかった。溢れ出る殺気が、全てを物語っていた。
俺たちは武器を納め、エストに託す。
「……後は頼んだぞ」
「感謝する。さて悪魔よ……同胞の死を見て穏やかにいられるほど、わしは甘くはないぞ!!」
エストが震脚をすると同時に、彼女の魔力が跳ね上がる。
「おおおおぉおおおお!!」
その溢れ出す魔力は魔眼を解放したリーヤに比肩しうる物だった。
その様を見てリーヤが呟く。
「出すのか、もう1つの武器を」
「あぁ、わしの全力を見ると良い」
エストは『白い手甲』を左手に装着した。
「輝け……『スミルノフ』」
左手の白い手甲が煌々と輝き始める。右手の黒い魔拳とは対照的な白銀の光だ。
「間違いねぇ……あれは『聖拳』だ」
「聖拳?」
「あぁ。エストの野郎、両手に飛んでもねぇ物を装備してやがる」
俺たちが再びエストに視線を向けた瞬間、既にそこにエストはいなかった。
「吸い尽くせ! ヴェスタル!!」
その声が聞こえたのは悪魔ミゲルの傍。一瞬のうちにあんな所まで移動したのか。
「コロ……コロスゥウ!!」
魔力を吸われながらもミゲルは翼から棘を射出するも、エストはそれを全て躱しながら左手に魔力を込める。
「スミルノフ、力を借りるぞ!」
その掛け声で吸収した魔力が左手一点に集中し、『竜の牙』を形作った。まるでエストの力を『具現化』したかの様なその形状。エストは勢いそのままにミゲルの懐に入り込む。
「打ちあがっていろ!」
左手を振り上げ、正確にミゲルの顎を捉える。ダメージも相当なものだったのか、ミゲルは抵抗する様子もなく上方に吹き飛ばされる。
「まだ一撃じゃぞ? まだ……まだじゃ……竜人の怒りはこんなものじゃない! スミルノフ……引き寄せろ!」」
その言葉をトリガーに、『聖拳』の形状が『竜の尾』に変化しミゲルに巻き付いた。やはりあの武器、意のままに形状を変えられるのか。
尾を巻かれたミゲルは身動きが取れないままエストに引き寄せられる。
「そら、二撃目じゃ!」
ドスッとエストの拳がミゲルにめり込む。低い呻き声を上げる悪魔。
「痛いか? そうじゃろうなぁ。じゃが、人の祈る気持ちに付け込んだ罪は重い。こんなもので済むと思うなよ? ふぅ……」
エストは息を吐いてピタッと構えを取った後、両手の拳でミゲルを連続で殴打する。
「うぉおおお!!」
魔拳と聖拳のラッシュ。悪魔ミゲルは成す術なく滅多打ちにされている。
「これで……終いじゃ!」
エストは最後に、殴りながら吸収していた魔力を右手に集約し、一気に解き放つ。
「砕け散れ! 悪魔よ!!」
振り上げた右手がミゲルの腹にめり込み、魔力の解放と共に悪魔は内側から爆発四散した。
「わしらを舐めるなよ」
右手を高々天に突き上げたエストに、朝日が差し込んだ。




