シグルド/『竜拳』:エスト・カエストス①
「くかこ……こ、この……この私が美の頂点……この私がぁあああ!!」
エストの挑発で取り乱したミゲルの魔力が増大し、オーラとなって一気に噴き出した。
即座にカストルが反応する。
「竜人部隊! 構え! てぇっ!!」
放たれた銃弾はミゲル目掛けて飛んでいくも、着弾の瞬間にその全てが弾かれた。
「うーむ、こんな安い挑発で取り乱しおって、これだから口先だけの女は」
エストは先ほど武器庫から取り出した2つの手甲の内、『黒い方』を右手にはめ、一歩前に出た。
「エスト?」
「まぁ見とれ」
エストが手甲をはめた右手をミゲルにかざす。
「吸い尽くせ、『ヴェスタル』」
エストの手甲が黒い光を放ち始める。
この感じ、リーヤの持つ魔弓や俺の魔剣グラムが放つそれにそっくりだ。
「く……こけ……なんだこれ……は、力が……吸い……取られ……」
手甲を向けられていたミゲルのオーラが目に視えて縮小する。
「エスト……まさかその手甲は……!」
「文字通り、わしの右手『魔拳・ヴェスタル』。有する能力は……『吸収』」
浮遊するための魔力すら吸い尽くされたミゲルは真っ直ぐに下に落下する。
「ち……力が……はい……らな」
「さぁ、味気無いが、初撃で仕舞いじゃ」
エストは瞬時に地面を力強く蹴り、ミゲルに急速に接近する。
「人の祈る気持ちを侮辱した罪は重いぞ!」
振り上げた右手をミゲルの顔目掛け、振り降ろす!
「打ち砕け! ヴェスタル!!」
グシャっと拳が顔面にめり込む鈍い音と共に、ミゲルは吹き飛んだ。
「ぐぶぉおおおぉお!?」
ミゲルは地面を数十メートル転がった後、岩に全身を打ち付け、彼女はそのままぐったりと倒れ込み、息絶えた。
その様を見ていたカストルが好機とばかりに号令を上げる。
「エストが魔女を討ち果たした! 残る魔物を殲滅するぞ!」
竜人部隊が一斉に魔物の軍勢に突撃する。
「シグルドと言ったな」
カストルは俺の傍に歩み寄り、頭を深々と下げた。
「貴君らを利用して済まなかった。この通りだ」
俺たちを囮にミゲルの正体を暴いたことを言っているのだろう。
「仕方なかったとはいえ、少々荒すぎたのではないか? うちのロウリィが腹を減らしているのだが?」
「シグルドさん!! 余計なことは言わないで下さい!!」
赤面しているロウリィにぽかぽかと背中を叩かれる。
「後ほど好きに褒美をやろう。お願いする立場ではないのは承知だが、支援を頼む」
「良いだろう。だが、俺たちは安くないぞ?」
「ふっ、ではそれを示して貰おうか」
「任せろ」
俺はグラムを構えて指示を出す。
「ローゼリアとリーヤは右の4メートル級を頼む!」
「りょーかい!」
「おっしゃ任せろ!」
2人は右方へと駆けていく。
「ロウリィは俺の支援だ」
「分かりました! 欲しい物があったら端的に言って下さい。ラグ無しで転移させますから」
「あぁ、頼りにしている」
戻って来たエストが俺に言う。
「シグルド、わしの分は残っておるか?」
「ではあの3メートル級を頼めるか?」
「ふむ、あいつか。歯ごたえがなさそうじゃな、遊びが足らん」
エストはにやりと笑いながら拳を構える。
「シグルド、競争じゃ」
「競争?」
「おうとも、おぬしらがあちらの5メートル級を2人で仕留めるのが速いか、わしがあの3メートル級を1人で仕留めるのが速いか」
なるほど、力試しか。
「面白い。だが、遊び半分で怪我はするなよ?」
「誰に言っておる。『竜拳』の異名は伊達ではない所を見せてやるわ」
「ふっ、では」
「行くぞ!」
エストは左方に物凄い速度で駆けて行った。
「うわあー……速いですね、エストさん」
「単純な駆け事ではまず勝てないだろうな」
次の瞬間、俺の右手に短剣が転移された。
「でもこれなら、互角以上じゃないでしょうか? 瞬間移動ですし」
「はは、そうだな。俺の動きから目を離すなよ、ロウリィ」
「はいっ!」
俺は短剣に魔力を込めて眼前の悪魔に狙いを定め、投げた。
「短剣と自身の座標を入れ換えるか……やはり便利な能力だな……【配置転換】!」
瞬時に悪魔の眼前に転移した俺がグラムを抜き放つと、悪魔は握った右手を振り降ろした。
「はぁあ!」
構えた魔剣グラムを横に薙ぐ。悪魔の指が5本全て吹き飛び、肘まで真横に裂けた。
次の瞬間、俺の空いている左手に短剣が収まる。
ロウリィからの贈り物か、俺の思考と行動パターンをよく理解しているな。
「これでとどめだ! 【配置変換】!」
俺は悪魔の頭上に向かって短剣を放り、転移する。真下には悪魔の頭頂部。
「このまま、切り裂く!」
身体をひねり、回転の勢いを加えて一気に、グラムを斬り降ろし、股の下に着地する。
着地と同時に頭上の悪魔が真っ二つに割れ、左右に崩れ落ちる。
「よし、討伐完了……他の増援は……必要無い様だな」
ローゼリアとリーヤが相手していた悪魔は身体が捻じれた格好で息絶え、エストが相手していた悪魔は全身に多くの拳の跡を残し岩にもたれていた。
「シグルドさん! お疲れ様です!」
「あぁ、ロウリィも良い援護だった。次は竜人部隊の援護に回るぞ。まだやれるか?」
「もちろんです! まだ数回の転移術式しか行使していないので力が有り余っています」
「よし、ではまた俺が先行する」
――轟音と共に『黒い光』が天に伸びたのはその時だった。




