石動香耶/【外伝】カヤの過去③
「ここに来るのは何度目かしらね」
天高くそびえる幾重もの立方体の建物。
こちらの言葉で『ビルディング』というらしい。
そして、あの赤い塔は『東京タワー』という有名な建築物。
ここ東京はグリヴァースとは違って人工物にまみれていて自然が少ない。私の世界とは異なる歴史、技術の発展を遂げた異世界。
実に興味をそそられる。けど、今回の目的は観光ではない。
「……コール」
私はビルの屋上に立ち念写の巻物を呼び出す。
私の目的はひとつ。
町往く人のステータスを検分し、優秀なスキルを持っている人間をスカウトする。ただそれだけ。
「なるほど……さすが異世界、ユニークスキル持ちが多いわね」
【時間停止】、【超速再生】、【特級鍛冶師】などなど、グリヴァースでは極上のレアスキルだと言われているスキルを初期から習得している人間が多い。
この中の誰を連れて行っても冒険は有利に運べそうだ。
「問題はどうやって勧誘するか……ね」
グリヴァースには絶対のルールがあった。
――召喚士は一生涯に1人しか召喚してはいけない。
つまり、人選ミスは破滅を意味する。間違っても、最弱の勇者など召喚できない。だからこうして万全を期するために遥々異世界へ下見をしに来ているわけだ。
「さて、誰が良いかしら……ん?」
突然、周囲の風景がぐにゃりと歪んだ。
「これは……っ!?」
続いて襲ってきたのは強烈な魔力の波動。この世界に『何か』が侵入してきたようだ。ビルから風景を見下ろすと、ある異変が起きていた。
「人が……消えた? 一体……もしかしてこれは【空間凍結】?」
それは任意の対象と術者の空間を隔離断絶させる術式。
魔力を持たない人間は漏れなくその次元から弾き出され、反面、私の様にノウハウのある人間には効力が薄まる。
「となると、『対象になった人間』と『術者』がいるはず……前者は彼ね」
眼下の交差点を駆けている男。歳は私と同じくらいだろうか。
「くそっ! なんだよあいつ!! おわっ!?」
その男の背後から【炎魔術】の火球が飛来する。
辛うじて躱したものの爆発の余波で男は紙切れの様に吹き飛ばされる。そのままゴロゴロと道を転がり、私のいるビルに全身を強く打ち付ける。
「んがっ!? いっ……てぇな……くそ」
男がよろよろと立ちあがり、再び駆けようと試みるが、膝からがくっと崩れ落ちる。
元来、立てるような怪我ではない。当たり所が悪ければ死ぬような衝撃だった。
「あの男……運が良いのか悪いのか」
そして、曲がり角から術者が現れる。
黒いローブに身の丈程の大きな鎌。死神の様なあの容姿……まさか!?
――あれは、魔王メレフだ。
「なぜこんな場所にあの魔王が!? いえ、それよりもあの男を助けないと……でも……」
私は助けに入ろうか一瞬、躊躇する。
よくよく考えてみれば私に彼を助ける義理は無い。見た所あの男はユニークスキルを持っていない『ハズレ』。助けに入って間違って彼を召喚でもした日には、私の冒険はそこで終わる。
「……残念だけれど、ここがあの男の死に場所ってことね」
私は平静を装って眼下の光景を見つめる。男は壁にもたれるように立ち上がる。
「はぁ……はぁ……死ぬのか……俺……」
男はまたしても力なく膝から崩れ落ちる。
「俺の人生……無意味……だったよ、つくづく」
「……」
「ロクな友達もいねぇし、彼女もできたことねぇし……ぐふ……はぁ……はぁ……死ぬのかよここで……何も成し遂げれずに……くそ、生まれた意味なんて……無かったな」
――次の瞬間、私はビルを飛び下りていた。
時同じくして魔王は【炎魔術】の炎を振り上げる。
「くっ……間に合って!!」
魔王が火球を振り下した瞬間、私はその男の前に降り立つ。
「あ? お前……あぶねぇぞ……逃げろ」
「こんな時に他の人の心配をするなんてね」
私は迫る火球に杖を向ける。
「耐魔術障壁……ディスペル」
壁に炎がぶつかり、けたたましい轟音と共に炎が霧散する。
「キサマ……ナニモノダ?」
「名乗る筋合いはないわ」
私は後ろで気を失っている男を掴んで転移門を開いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「イスルギ・カヤ、そなたは召喚魔術を行使した。もう他の者を召喚することは出来ない」
イスルギの長が私にそう告げた。
「そんな!? あれは不可抗力よ!?」
「如何なる理由があっても、例外は認められない。そなたは召喚したあの男を伴って魔王討伐に勤しむがいい」
「くっ……」
こうなったら忘却魔術で目撃者全員の記憶を……!
「無駄じゃよ。この一件は既にイスルギの上層部に伝わっておるし記録にも残っておる。儂らの記憶を消しても意味は無い」
「……なんですって……?」
あのハズレ男と冒険? 私の夢は遠ざかったどころの話ではない。防御一辺倒の私じゃ魔王メレフは倒せないのだから。
「覚悟を決めるのじゃ、イスルギ・カヤ。これもまた何かの定めかもしれん。あのリサの娘であるお前なら」
「お母さんの名前を出さないで! もういいわ!!」
もうだめかと思った。何度も泣きそうになった。
でも、まだ分からない。
あの男にも隠された能力があるかも知れない。
――結論。
あの男、タテナシ・アキトは本物の最弱勇者だった。
ステータスは赤子以下。
スキルも【忘却無効】と読めもしない意味不明なスキルのみ。
身体能力も少し素早いくらいで総じて並み以下。おまけに初期武器は殺傷能力皆無の石の刀。
私は涙が止まらなかった。
夢が打ち砕かれる音が聞こえた気がしたのだ。そんな中、この男は人の気も知らないで私をあやし続けていた。
あぁ、本物の馬鹿だ、この男は。
不器用な優しさを持ち合わせている分、本気で質が悪い。
それにあの時の言葉……。
『俺の人生……無意味……だったよ、つくづく』
今にも殺されそうな瞬間、自分の人生が無意味だったと断言できる人はそういない。
きっと、普段から自分の人生には意味がないと本気で思ってるのだろう。一緒だ、あの頃の私と。私には錬金術があった。でもこの男にはそれに準ずるものが無い。
私は知っている。
無意味な人生の怖さを。
無意味な人生の空しさを。
この男、タテナシ・アキトはそれをずっと抱えて生きてきた。あまつさえ、異世界に転移してもなお、意味を見い出せずにいる。
そんなの、可哀想だ。
「タテナシ・アキト、改めて言うわ」
私は彼の目を見据える。
「あなたに魔王討伐の命を与える。拒否権はないわ」
私がそう告げた瞬間、彼の目に生気が灯った気がした。
まったく……本当にやれやれね。
過去編にお付き合い頂き有難う御座います。
次回から第4章が始まります。
更新は明後日を予定しています。
これからもよろしくお願い致しますm(_ _)m




