石動香耶/【外伝】カヤの過去②
母親が病ではなく『呪われている』のだと知ったのは中等科に入ってから。
あのイスルギ・マドカの口から聞いた。
「箝口令が敷かれていましたのよ」
「箝口令? なんでそんな……」
「年端もいかない子供が『母親が不治の呪いに冒されている』、そう言われて正気を保っていられるとお思い?」
「……みんなして私に嘘をついていたの?」
「まぁ形はどうあれ、そうなりますわね」
母親が呪われていたのだと知っていたら、今の関係は無かっただろうか?
あの人形の様な状態は病によるものじゃなくて誰かの呪詛によるものだと知っていたら、私の対応は変わっていただろうか?
答えは分からない。
反抗期の子供が家を飛び出すように親の元を離れてもう数年が経っていた。
どのみち、今更あの家には戻れない。
「……嘘は最低ね」
「これはイスルギの総意、あなたに気を遣って下した決断ですわ」
「それでも、私が今の今まで嘘に塗り固められた世界で生きていたのは変わらない」
「あなたがどう考えようと勝手ですわ。ただ1つ真実があるとすれば、1番の被害者はあなたではないということですわよ」
それは正論だった。
「それに、あなたがそうして孤独なのは、紛れもなくあなた自身のせい。ゆめゆめ忘れないことですわね」
これも正論だった。
今私がこうして孤独でいるのは私自身のせい。周りに対して攻撃的な態度を取っていれば、こうなるのは当たり前。
でも、『誰かを頼る』という生き方をしてこなかった私にとって、周りは全て敵に見えた。さながら、自分の心を蝕むばい菌の様な存在だったのだ。
ある日、私をいじめていた輩をきっちりとシメてやったところ、彼女たちはそれ以降嫌がらせをしてこなくなった。でも代わりにイスルギ・カヤに関わるとああなるという評判が広まった。
何をしても目立つことも母親のせいにして私は生きていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
孤独な私を支えてくれていたのは錬金術だった。
錬金術は決して嘘をつかなかった。研鑽を重ねれば重ねるほど可能性は広がりを見せ、私はその理路整然な数式と理論に痺れた。
圧倒的な防御力を有し、いつも孤独な私を守ってくれた最後の砦。
それが私にとっての錬金術。
でも、とある理由により、その錬金術は今のグリヴァースでは扱える者が非常に少ない。
「イスルギ・カヤ。今日この時からそなたを正式に錬金術師として認めよう」
私にそう言ったのはイスルギの長である。
「とはいえ、そなたはまだ15歳。まだまだ学ぶべきことも多いだろう。諸々、16人の先輩方に習うと良い」
「はい、分かりました」
錬金術師はこの世界に17人しかいない。
対して『元』錬金術師なら数多くいる。
この差はなんなのか。
20年前の魔剣戦役当時は1000名いた錬金術師は、ある男によりその数を激減させたのだ。
『夢殺し』
それがその元凶となった男の異名だ。
夢殺しは錬金術師が召喚した勇者を執拗に狙い、殺戮を繰り返したと言われ、それにより戦意を喪失した者たちは揃って錬金術を放棄した。
その結果、錬金術師は現代においては私を含めて17人しかいない惨状となった。このままだと私が死ぬ頃にはゼロになるだろう。
私は解せない。こんなに美しい学問をなぜ放棄するのか。
無価値の物を有価値にするなんてとても夢があるではないか。
生きる意味を見失っていた私にも錬金術は生きる意味を与えてくれた。
それを後世に残さないのなんて勿体ないと思う。
だから私は決めた。
新しい錬金術師を育成しようと。
――そしてその夢は即座に却下される。
「認めん」
「なぜ!?」
「錬金術師は諸刃の剣。勇者を失えば無価値となり下がる存在」
「後世の人間にその喪失感を味合わせたくない、何回も聞いたわ! でもそれじゃ停滞にしかならないじゃない! 私からしたら今のイスルギの方がよっぽど無意味よ」
「では力を示してみよ。名を上げてイスルギの上に立つがいい。そうすれば周りも耳を傾けるだろう」
「名を上げる……」
「魔王が復活したという噂は知っておるか?」
「……えぇ」
巷で噂になっていた。
魔剣戦役の元凶、魔王メレフが復活したという噂だ。
「私にその復活した魔王を倒せと?」
「そうじゃ。成せばあの英雄王シグルドに借りが出来る。そなたのイスルギの中での発言力は確固たるものとなるだろう」
「……分かったわ」
私は夢を叶えたい。
そのためには私が魔王メレフを倒さなければならず、それを成すためには飛び切り優秀な勇者を召喚しなければならない。
今の私ならそれなりの人間を召喚できる……けど。
念のため、下見に行こうかしら。自分の目で見極めて召喚したいところだしね。
――そして私はあの日、アキトに出会うことになる。




