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石動香耶/【外伝】カヤの過去①

カヤの過去話です。

①~③合わせて、1話の前日談に当たります。

関係なさそうな話も含まれますが今後に必要な話でもあります。

御一読下さると嬉しいですm(_ _)m


 少し、私の話をしましょうか。


 イスルギ・カヤ、錬金術師よ。


 世間一般には『イスルギ・リサの娘』として認知されているわ。


 ――イスルギ・リサ。


 稀代の錬金術師で、私の母親。


 その母親は呪いによって……生きた人形と化していた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 初等科に入学して3年が経過したある日の事。



「お母さんただいま!」


「……」



 外で遊んで泥だらけになった私は自室の椅子に座る母親に挨拶をする。


 普通の家であれば「おかえり、カヤ」と言って貰える。


 でも、うちは返事はない。


 表情にも変化はない。


 私の言葉に対してビー玉のような眼をただ私に向けるだけ。



『コレ』が私の母親。


 イスルギ・リサ……最強の錬金術師のなれの果て。



 喋ることは出来ず、


 微笑むことすら出来ず、


 食事も摂らず、


 呼吸のみを繰り返すだけの、何故生きていられるか意味が分からない、リアルな人形。


 それが、私の母親。



「聞いて! 今日はね!!」



 それが呪いによるものだと教わるのはもう少し後。


 それまでは難病だと言われていて、こうして私が話し続けることが最良の治療法だと教わっていた。結論から言えば、何の意味も無かったのだけれど。



「お母さん、トカゲ捕まえた!!」



 私は庭で捕まえたトカゲを食卓の上に置いて母親に見せた。


 普通なら怒られるような行動なのだろうけど、母に反応は無い。



「ねぇこのトカゲ、ペットにしても良い?」



 依然、反応は無い。



「ペットにするからね! ちゃんとお世話するから大丈夫!」



 私が何を言っても、何をしても、反応は無い。


 それが普通の事ではないというのは認識していた。まるで等身大の人間相手にお人形遊びをしているみたいだった。


 物心がついた頃からこんな生活を送っていた私の心は静かに崩壊を始めていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――どんっ!



「ひゃ!」


「あ、ごっめーん!」



 同級生からの当て付け……それが頻繁に行われていた。


 天才だと持てはやされる私を気に食わない人たちは多かった。


 実際の成績が低かったのも拍車をかけた。ほんとはもっと出来るのに周りのレベルの低さを憐れんで手抜いていると思われていたのだ。



「あの……やめて下さい」


「えぇー? 聞こえなーい。もうちょっと大きな声で喋ってくれないかなぁ?」


「え、その……痛いから、やめて欲しいって」


「はぁ? 生意気なんだけど」



「こら! 何をやっていますの!?」



 1人の女の子がこちらに駆けて来て、私にぶつかってきた輩は一目散に逃げ出した。



「はぁ、まったく、陰湿な輩ですわね」


「……ありがとう、マドカちゃん」



 ――イスルギ・マドカ


 私の従妹にあたる、私と同じ錬金術師の卵だ。



「お礼を言われる筋合いはないですわ」



 マドカは私の腕を掴んで起こす。



「それにしても、あなた弱すぎですわよ。あんな下賤の輩にいいように弄ばれて恥ずかしくないんですの?」



 ムカつく物言いだけれど、陰湿な人とは違って面と向かって言う辺りが私は嫌いではなかった。今も昔も気に食わない相手ではあるけどね。



「別に私は弄ばれてるわけじゃ……」


「はぁー危機感の無いこと。今のままじゃエスカレートする一方ですわよ?」



 ――それから数日が経ったある日。


 私の下駄箱にトカゲの死骸が入っていた。



「ひっ!?」



 私が腰を抜かして倒れ込むとそのトカゲは姿を消した。


 その死骸は幻術だったのだ。



「ぷっくく……ダッサ」



 近くから多数の笑みが聞こえた。幻術を扱える生徒も魔導院にはいた。その子達の仕業だったのだろう。


 ある日はトカゲ、ある日はヘビ。


 代わる代わる、私の下駄箱には爬虫類の死骸が入れられていた。


 もちろん全てが幻術だったけど、爬虫類が好きだった私には多大な精神ダメージを残した。爬虫類が大嫌いになったのはその時からだ。



「お母さん……」



 私は母親を頼った。



「……ってことがあって、もう魔導院に行きたくない……」



 私の言葉に対し、乾いた瞳で私を見下ろす母親。


 撫でて欲しい。


 励まして欲しい。



 ――行きたくないなんて言わないで頑張りなさい。



 そんな言葉を期待しても無意味だった。


 母親はじっと私を見つめ続け、何も言わなかった。


 人形と会話している様だったわ、徹頭徹尾。



「……いい」


 

 この歳まで良い子を演じていた反動か、不意に頭の中でカチッとスイッチが入った。


 私の中でこの人は母親では無いという気持ちに切り替わった。



「……んざりよ……」



 例え病気であろうと、娘が困ってるのに何もできない母親は、母親なんかじゃない。



「もう……うんざりよ!」



 自分でも身勝手だったと思う。


 私は私の身勝手で母親を見限った。



「私はもうお母さんを頼らない!」



 どうせいつものように反応は……。


 乾いた瞳が一瞬、潤いを帯びたのは多分、気のせい……だと思う。

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