楯無明人/魔槍バルムンク
「オワラセル」
巻かれた布を剥がし、現したのは『黒く太い槍』だった。形状は一般的に『ランス』と呼称されている物だ。常人なら振り回すのもままならない程の大きさだ。
「黒い……ランス?」
「マソウ、バルムンク」
「魔槍バルムンク……魔の槍……だと?」
少し離れた所にいたイリスさんに目を向けると、彼女の瞳が金色に変化している。モルドレッドが宿していた魔の力の正体があれか。魔杖に魔槍……この決闘大会、激レアアイテムの宝庫かよ。
「アキト!」
俺が情けなくもたれている壁の上に来ていたカヤが俺を呼ぶ。
「よぉ、情けないとこ見せちまってるな」
「想定外よ! 降参して!! 今すぐ!!」
「馬鹿言え。何があっても棄権しないんだろ? 降参もしねぇよ」
「前言を撤回するわ! あれは魔槍バルムンク、私の盾無しじゃ絶対に防げな」
俺はカヤの前に手を出し言葉を制止させる。
「やってみなきゃ分かんねぇだろ」
「こればかりはやらなくても分かるわ!」
珍しく声を荒げるカヤ。
「バルムンクの能力は『重撃』、全てを粉砕する力よ」
「食らったら死ぬって認識で良いか?」
「そうよ! だから今すぐに」
「それでも降参は、しない」
カヤは目を見開く。
「なんで……死ぬかもしれないのよ!?」
そんなことは知ってる。お前が散々言ってたじゃねぇか。
「カヤ……お前は自分の夢に命を賭けてたよな?」
「え……」
数秒の後、カヤが答える。
「その質問に何の意味が」
「フェアじゃない」
俺はよろよろと立ち上がる。
「女のお前が命を賭けてんのに、男の俺が安全圏にいるのが気に食わない」
「なっ……そんなつまらないプライド」
「つまらなくねぇ!」
俺の声にビクッとカヤは驚く。
「これでも俺はお前に恩を感じてんだ。恩ぐらい返させろ」
俺は短剣を右手に握り、体の前に構える。
「恩!? 私があなたを魔王から救ったこと!? だとしたらそんなのは」
「違う」
ふぅ、一息ついてモルドレッドを見据える。
「カヤ……俺がお前の夢、叶えてやる。それが俺に意味をくれたお前への恩返しだ」
俺はそう言い残しモルドレッドの方へ歩みを進める。
「アキト! 待ちなさい!!」
カヤの声に答えることなく歩み、モルドレッドの間合いの手前で止まる。
「よぉ、待ってくれてサンキューな」
「オレハ、フイウチヲ、コノマナイ」
「騎士道精神ってやつか。嫌いじゃない、ぜ!」
俺は右足で地面を蹴りモルドレッドに突っ込む。モルドレッドは魔槍を構え、横に薙いだ。俺は身を屈めてその攻撃を躱す。ブゥンと風を切る音と共に砂埃が舞う。
「よし! この位置なら!」
ランスの主要攻撃は『突き』。シンプルにして最大の攻撃だが、インファイトならそれは使えない。俺は短剣を腰にしまってモルドレッドに飛びつき、そのまましがみ付くことに成功した。
「捕まえたぜ! 武器だけを弾くんだなそのスキル! 弾けるもんなら弾いてみろよ!」
こいつは自分で『武器だけを弾く』と言っていた。武器ではなく素手なら発動しないという読みは当たっていた。そして、零距離なら狙える。鎧の隙間からこいつの本体を!
「とった!」
俺が腰の短剣を引き抜いたその瞬間、イリスさんが叫ぶ。
「アキトさん! 離れて下さい!」
「は?」
「スキルハツドウ、【可変装甲】」
モルドレッドの合図で鎧から無数の棘が伸び、そのうちの1本が掴んでいた俺の手の平を貫く。
「いっ!? てぇえええ!?」
鎧を掴んでいられなくなった俺は振り落とされる。
「ネライハ、ワルクナイ。ダガ、ムダダ」
モルドレッドは落下する俺に狙いを定め、魔槍を……振るった。
「くそっ!」
俺は短剣でそれを防ごうとするとリーヤさんが声を荒げた。
「おいアキト!! その攻撃を武器で受けるんじゃ」
その怒号にも似た声は最後まで聞こえなかった。俺の短剣が魔槍に触れたその瞬間。
「っ!?」
俺の右腕が不自然な角度で折れ曲がった。
「ソノママ、トベ」
ブン、と振るわれた槍の勢いそのままに壁に吹き飛ばされ全身を強打する。
「……がっ……!?」
なにが起きたか理解できない。てか、俺いま、どんな体勢なんだ? 上を向いてんのかもよく分からない。
右腕の感覚が無い。目が見えない。生きてる心地が、しない。
「……いっ!?」
動こうとした瞬間、全身に激痛が走った。
「がぁあああ! はっ……はっ……な……なに……が」
なにが起きてる? なぜ俺の体は動かない?
やっと開いた目で自分の状態を確かめると、壁に打ち付けられ、体ごと壁にめり込んでいた。右腕の骨は粉々に粉砕され、足元には英雄王の剣が落ちている。さらに、壊れた壁の破片が背中に突き刺さっていた。
「ぶっ!? げほっ! ごほっ……血かよ……くそ……」
身体に上手く力が入らねぇ。動きそうなのは両足と左腕だけ。右腕は肩から下が感覚すらない。
「イキテイタカ」
ふっと暗い影が落ちる。
「イマスグ、コウサンシロ」
モルドレッドは鎧の懐から瓶に入った液体を取り出した。
「イマナラマダ、コレデ、ナオル」
全身の骨折を直せる薬? にわかには信じ難いが、この期に及んでモルドレッドが嘘を言っている様に思えない。エリクサーみたいなレアアイテムなのかもしれない。
「オマエハ、ヨクヤッタ」
よくやった? 自分でもそう思う。こんな短剣1本で、ほんと良くやった。
「がふ……ぐっ……降参……」
相手は反射鎧持ちのチート魔槍使い。対して俺はレベル20そこらの最弱冒険者(仮)。どだい、勝てるわけもない。
「降参……」
だけど……俺は。
「降参は……しない」
「ニゴンハ、ナイカ?」
モルドレッドが魔槍を振り上げる。少し触れただけでこの有様、まともに食らったら間違いなく……死ぬ。
「アキトさん! 降参してください! 死んでしまいます!!」
「アキトさん!! 逃げるっす!! 早く!!」
イリスさん……ナル……。
俺が死んだら……俺が死んだら、悲しんでくれるだろうか。生まれてすぐ捨てられた俺に、悲しんで貰う価値などあるのだろうか?
『あなたには、魔王討伐に協力して貰うわ』
無意味だと思った俺の命に、折角意味を貰ったのに、その恩を返せずに……俺は……。
「アキト! 諦めんな!!」
「リ……ヤ……さん」
諦める? あぁ、そうか、ここで何もしなかったら諦めるのと一緒か。
「足掻けよ! 最後まで!!」
足掻く……最後まで……諦めない……何のために……誰の……ために。
ばんっと俺のすぐ上の手すりを叩く音。見上げるとそこに、カヤがいた。
カヤは息を一杯に吸い込んで叫ぶ。
「アキト! 立ちなさい!! こんなとこで死なないで!! 立てぇえええ!!」
――その瞬間、どくん、と俺の心臓が力強く、跳ねた。




