楯無明人/【斥力装甲】
「決勝は俺が行く。俺があいつを倒す」
俺の言葉にいち早く反応したのはカヤ。
「あなたが!?」
「あぁ」
俺はカヤの前に立ち、改めてマドカとモルドレッドに宣言する。
「俺が出るからな! 覚悟しとけよ!!」
それに対し、マドカは驚いたような表情を見せ、俯いてから肩を揺らす。
「ぷっくく……魔杖は貰ったも同然ですわ。ねぇモルドレッド」
「……ソウダナ、マドカ。オレノ、アイテデハ、ナイ」
あんにゃろう、初めて喋ったかと思えばムカつく野郎だ。
「アキトさん! 本気なんすか!?」
「あぁ、本気だ」
「発言を取り消すおつもりは無いのですね?」
「ないですよイリスさん。俺はやるったらやります」
俺がそう告げるとイリスさんとナルは納得して俺を送り出してくれた。
「……頑固ね」
「お前が言うな」
「勝ちなさい、これは命令よ」
「服従関係になった覚えはないんだが? とりあえず承服した」
「それとアキト」
「あ?」
「あなたは……」
カヤは俺から目を背けて右手の拳を俺に突き出す。
「あなたは決して、無意味な存在じゃないわ」
「……どうだかな。生まれてすぐ親に捨てられるような男だからな、俺は」
ずっと胸につっかえていた。
――自分の命に意味は無いのでは。
親の愛情も知らず、他人と距離を取って生きてきた。現世には俺の居場所はなく、自分に意味を見出すことも出来なかった。
「でも、この異世界ならもしかしたら意味を見い出せるかもしれない。自分の存在する意味を」
俺は拳を突き出す。
「行ってくる。期待すんなよ」
「ふふ、していないわ。生きて帰ってくればそれでいい」
「おう」
こつん、と拳と拳を合わせ闘技場へと向かう。
その道中、廊下で見知らぬ男に声をかけられた。
「君が決勝戦に?」
つば付きの帽子を目深に被った細身の男。ちらりと顔が見えたが、そいつは中性的で美男子と形容しても良いほどの容姿を持っていた。
「あ? そうだが、誰だお前?」
「ウィリアム。君は?」
「アキトだ」
「アキトか……あの鎧の男は物凄く強いよ? それでもやるの?」
「あぁ、やる」
「……ふっ、良い答えだね。僕は君の勝利を願うよ、アキト」
ウィリアムと名乗った男は観客席に戻って行った。
「なんだったんだ? ってこうしてる場合じゃねぇな」
俺が闘技場に出ると大きな歓声に包まれた。
「決勝戦、最初に現れたのはタテナシ・アキト選手! 高水準で纏まったパーティの最後の1人! さぞ素晴らしい力を持っていることでしょう!!」
そんな力持ってねぇよ、と小声で呟く。
「そして出ました!! 鎧の男の入場です!!」
用意された円形の闘技場の反対側の入場口からそいつは現れた。全身をくまなく銀色の鎧に包み込み、背中には布に包まれた武器を背負っている。
「ニゲナカッタカ」
くぐもった声で俺に言う。思えば初めての会話かもしれない。
「あんだけ啖呵切って逃げられる訳ねぇだろ」
「ソノ、ユウキハ、ホメテヤル」
開戦の合図が鳴る瞬間、主催者はルールをおさらいした。
「決勝は1対1、邪魔者無しの真剣勝負! 片方が降参するか戦闘不能になった場合、決着とします!」
真剣勝負か、まだ実感が湧かねぇな。俺が腰の英雄王の剣に手をかけた時、モルドレッドが口を開く。
「ナマエ」
「あ?」
「オシエロ」
「アキトだ。楯無明人」
「アキト、オマエニ、チャンスヲヤル」
モルドレッドは右腕の親指で自分自身の鎧をこんこんと叩く。
「コノヨロイニ、キズヲツケタラ、オマエノカチデイイ」
「鎧に傷? そんなんで良いのか?」
「……」
急に黙り始めるモルドレッド。
ここから先は問答無しってことかよ。
「さぁ! 試合を開始します! 10! 9! 8!」
主催者による開戦までのカウントダウンが始まる。俺とモルドレッドの距離は10メートル。相手は全身鎧、俊敏性はなさそうだ。
「7、6、5、4……」
鎧に傷をつけたら勝ち……大事なのは初撃だ。
「3、2、1……」
相手の初撃を躱して、俺の初撃で決める!!
「ゼロ!!」
「うおおおおぉお!」
俺は短剣を握りモルドレッド目掛けて駆ける。
モルドレッドは右腕を振り上げる。その拳には黒いオーラの様な物が見て取れる。ただのパンチと油断して食らったらマズそうだ。
「初撃を避ける、初撃を避ける……左!!」
モルドレッドが拳を振り下ろした瞬間、俺は左へ回避する。
強烈な右ストレートが地面に当たり砂煙をあげる。モルドレッドはすかさず反対側の腕で先程と同じオーラパンチを繰り出す。
横方向にぶん! と振るわれる左腕を今度は身を屈めて躱す。
(よし、体が空いた!!)
腕を振るい終えて身を捩ったような体勢のモルドレッドの左脇腹が空いた。
「そこだ!!」
俺は短剣を突き立てて懐に飛び込む。
「アマイ」
短剣が鎧に触れた瞬間、ピキッっという音が聞こえた。そして次の瞬間、背後から強靭なゴムで引っ張られたかのような感覚が襲い、両足が宙に浮く。
「っ!? う、うおっ!? なんだ、こ……っ!?」
物凄い速度でモルドレッドの体が遠ざかっていき、俺は勢いそのままに背後の壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
「アキトさん!?」
ナルの声が響く。イリスさんとカヤも何か言ってるんだろうが、何も聞こえない。それよりも背中を襲う強烈な痛みが勝った。
「ごほっ、げほっ! く……そ、なんだ……あの鎧……」
攻撃が届く以前に俺が吹き飛ばされた。
あれは特別な鎧なのか? それともあいつのスキルか?
「くそが、考えたって分からねぇよな」
プッ、と口の中に滲み出ていた血を吐く。
「無暗に突っ込んだらダメ……なら!!」
俺はモルドレッドの周りを旋回する様に駆ける。
狙うのは背後。あの鈍重な動きなら相手が俺の動きを追おうが、いずれ背後は取れる。
と、思っていたが……。
モルドレッドは一歩足りとも動かない。俺が視界の外に消えようがお構いなしにその場に突っ立っている。
「ちっ、舐めやがって……!」
俺は短剣を握り直す。視界の外からの攻撃なら、あいつのあのカラクリが『鎧由来』なのか『スキル由来』なのかはっきりするはずだ。
「今だっ!」
俺はモルドレッドの真後ろから近づき、短剣をその背中に突き刺す……が、刃先が鎧に届く直前、ふわりと足が浮く。
「くそっ!? また!?」
「ムダダ」
次の瞬間にはモルドレッドとの距離が遠ざかり、またしても壁に叩きつけられる。
「ぐっ!? がはっ……! はぁ……はぁ……がふっ」
口の中に鉄の味がじわっと広がる。
「だが……これではっきりした。その鎧にカラクリがあるんだな?」
「……スキルダ」
モルドレッドが答える。
「スキル!?」
「スキル、【斥力装甲】。ソレガ、コノチカラノ、ショウタイ」
「斥力……装甲?」
斥力という言葉は知っている。
引力の逆。弾く力のことだ。
「ヨロイニ、ブキヲハジクチカラ、アタエル、ユニークスキル」
「だから短剣が鎧に触れた瞬間に吹き飛ばされたのか……反則級だなそれ」
「アキト、オマエニオレハ、タオセナイ。オレニハ、マケラレナイ、リユウガ、アルカラナ」
モルドレッドはそう言って背負っていた布に巻かれた武器を手に取り布をはずした。
姿を表したのは黒い槍だった。




