シグルド/矛と盾
円形の闘技場の中心にローゼリアとリサが向かい合っている。
「相手は錬金術師。しかもあのイスルギ・リサです」
「錬金術師?」
「錬金術師っていうのは……リーヤさん、どこから説明しましょう?」
話を振られたリーヤが答える。
「一から話すと長くなるからな、能力について話すだけで良いだろ」
「そうですね。錬金術師の特徴を一言で表現するなら、『最強の盾』です。全後衛クラスでもっとも防御に特化したクラスですね」
「それは手強そうだな」
「はい、手強いのは間違いありません。生半可な攻撃では彼女の出す盾に傷一つ付けられないでしょう。ですが、ローゼリアさんならあるいは……」
ロウリィは視線を闘技場の中央に向けると、リーヤが続けて口を開く。
「ロゼのクラス『時空魔導師』は攻撃に特化したクラス。ロウリィの言葉に習うなら『最強の矛』だな。矛と盾、まさかここでぶつかり合うとはな」
「だが、ローゼリアは杖を持っていない。その分不利ではないか?」
「だと思ったんだが……あれ見てみろよ」
向かい合う2人を見ると、リサが杖を地面に置いたところだった。
「あんたどういうつもり?」
ローゼリアの言葉にリサは答える。
「フェアじゃないのは嫌いなので。あなたが杖無しならば、私もそうします」
「……へぇ、あんた変わってんね」
そして、ローゼリアの声と共に戦いは始まった。
「先手は貰うよ! 【光魔術】……アークライト!!」
その詠唱で空から光の柱が雨の様に振り注ぐ。
その攻撃に対しリサは、
「杖無しでこの威力……やりますね」
右腕を空に掲げ詠唱した。
「耐魔術障壁……ディスペル」
ドスドス、と光の柱が闘技場に突き刺さり砂埃を上げる。
砂埃が晴れるとリサの真上のみ、光の柱が制止していた。あの薄い障壁で防いだのか。
「……やるわね、イスルギ・リサ」
「この程度の攻撃ならば、後出しでも余裕で対処できます」
「言ってくれるじゃん。じゃあこれはどう? 【操砂術】……圧縮!!」
ローゼリアの魔力に反応し舞い上がった闘技場の砂が『大きな砂の拳』を形作った。
「『砂の拳』よ! 飛んでいけ!」
猛烈な速度でリサに向かう砂の拳。リサはそれに対しても顔色1つ変えることなく魔術の詠唱を開始する。
「耐物理障壁……アトモスフィア」
リサの1メートル手前で砂の拳が止まり、その衝撃で砂が霧散する。
「リサのやつ、さらっと防ぎやがったがあの拳、相当な魔力が練り込まれてたんだが!?」
「錬金術師、これほどの腕前なんですね。噂に違わぬ防御能力です」
リーヤとロウリィのみならず、周囲の観客も驚きの声をあげている。
「【炎魔術】、集え! 炎剣!!」
「ディスペル」
またしても魔術が弾かれる。
「かったいわねその盾!」
「錬金術師はそれだけが売りですから。でも、守るだけは少々飽きました」
リサは空いていた左手を前にかざす。
「なっ……あんたまさか、同時詠唱出来るの!?」
「出来ないとは言ってませんよ? 【精霊召喚術】、来なさいアクエリア」
両者の中間に魔術の渦が出現する。
その渦を見てリーヤが口を開く。
「アクエリア……水の精霊を召喚すんのか」
「知っているのか?」
「あぁ。『精霊』は自然を司る存在のことだ。最高位の召喚士はその力を使役することが出来るって聞いたことがある。アイツ、極めてるのは錬金術だけじゃねぇな」
魔術の渦から小柄で羽衣を纏った精霊が現れた。
「アクエリア、援護して」
精霊は頷いてローゼリアの頭上に上昇する。
「ちょっとぉ! 2対1ってずるくない!? 普通に反則でしょ!?」
「精霊はノーカウント」
「ずっる!!」
そのやり取りの間にアクエリアはローゼリアの頭上で膨大な量の水を集めていた。
「物理的に押し潰してあげる」
リサのその言葉でアクエリアが集めた水を解き放つ。それは滝の様な勢いでローゼリア目掛けて落ちていき、彼女を飲みこんだ。
「ロゼ!!」
「ローゼリアさん!?」
解き放たれた水は絶えることなく闘技場に叩き付けられ続ける。
ローゼリアはリサの様に防御魔術が得意ではない。つまりアレを防ぐ術は無く、勝負ありだ。
……彼女が普通の魔導師だったなら。
「いつまで前見てんの?」
「っ!?」
突然、リサが鈍い音と共に中央に吹き飛ぶ。
「くっ……あの中で転移を!?」
リサが立っていた場所に『魔術の渦』が出現している。
「【時空間魔術】レベル2……『時空連結』」
その魔術の渦からローゼリアが這い出る様に姿を現す。
「てかいったぁ……魔力のオーラ付きで殴ったのになんでこんな痛いわけ?」
痛そうに拳を振るローゼリアに対し、リサが殴られた脇腹をさすりながら返す。
「接近戦に備えて衣服にも防御魔術を施していますから」
「抜け目ないねぇ、あんた。でもほら……あんたの精霊、消えちゃったよ?」
言葉の通り、先程まで滝を撃ち出し続けていたアクエリアが消滅している。
「先ほどの一撃で集中が切れてしまいましたから。私もまだまだですね」
リサは立ち上がって右手をかざす。
「それに、杖無しかつ同時詠唱であれほどの時空間魔術を行使出来るなんて、『クロノス』の名は伊達ではない様ですね」
「お飾りじゃ継げないからね、この名前は。……次で決めるよ」
ローゼリアの右腕が紫に発光し、今まで以上の輝きを放つ。リサの腕にも同程度の魔力の輝きが宿る。
そして双方の魔術が衝突する瞬間。
「ねぇイスルギ・リサ」
「なんでしょう?」
「楽しかった」
「ふふ、私もです」
――2人の魔力が衝突する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「魔杖はしばらく預けておきましょう」
リサは俺たちにそう言った。
「良いの? 勝負は引き分けみたいなもんだったけど」
「一撃、手痛いのを頂きましたから」
リサは脇腹に手を添える。
「魔杖レーヴァテインはまたの機会に頂きます」
「まぁいくら積まれても渡すつもりはないけどね」
「10億ガルド……いえ、20億積みます」
「……ごくっ」
「ローゼー?」
「はっ!? だめだめ! プライスレス!!」
「完璧無理してますね」
「そうだな」
「してないし!!」
俺たちのそのやり取りをリサはくすくすと笑って見ていた。
「それでは、旅をしていればまたそのうち会うこともあるでしょう」
くるりと振り向くリサにローゼリアが投げかける。
「そういえばあんたのパートナーは?」
「アルトのこと? 知りませんあんな奴、どうせまた女の尻でも追いかけ回してるんでしょ? ふんっ!」
ご立腹といった様子で去って行くリサ。
「パートナーなのに自由行動とは、錬金術師も苦労が絶えねぇなぁ」
「まったくだ」
それにしても『アルト』という名前に女を追いかけまわす軽薄さ……まさか、リサのパートナーは……。




