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楯無明人/野営の夜:家族のこと

 例によって、夜テントで横になっていた時の事である。



「うふふ……くまさぁん」


「むぎゅうっ!?」



 顔面に柔らかい感触が襲う。


 なんだこの良い匂い!? なんだこのマシュマロ的な弾力!?


 これが……パラダイスというやつか!!



「い、いりひゅはん、くるしいのでふが!?」



 しかしこのままでは死ぬっ! 窒息するっ……!!



「くまさぁん♪ ふ、ふふふ」



 ――むぎゅ。



 逆に、もう死んでも良いかもしれない。


 ……んなわけあるか!



「くっ……ぷはっ!!」



 俺が縄抜けの様にするりとパラダイスから脱出をし、その辺に転がっているクマのぬいぐるみを速やかに回収、物寂しそうなイリスさんの腕の中に納める。



「くまさぁん……うふふ」



 ぐんにゅう、と歪むクマ。 くそ羨ましい……!!



「いい加減テント分けてくれマジで……」



 ナルに寝相パンチ食らう時もあれば、さっきみたいにイリスさんのパラダイスに突撃させられる時もある。


 羨ましいと思うだろうが、睡眠不足&劣情との格闘と引き換えだからそうでもないのか実情だ。



「はぁ……」



 俺はいつぞやと同じ様にテントの外に出る。周囲はの風景は典型的な砂漠のオアシス。サボテンと水溜まりの様な場所があるあそこだ。



「あら? またあなた?」



 焚火の前で本を読むカヤと遭遇する。ちなみにまた眼鏡をかけている。どうやら本を読むときだけかけるらしい。



「前回はナルちゃんの裏拳だったかしら。今度は何があったの?」


「……大したことじゃねぇよ」



 嘘です。めっちゃ大したモノ……じゃなくて大したことでした。



「そう」



 カヤはそれだけ言って再び本の世界に入っていった。しばらく寝れそうにない俺も、カヤの真向かいの石に腰掛ける。



「「……」」



 ぱちん、と焚火が跳ねる音が辺りに響く。静寂の中でカヤの本を捲る音だけが、ぱらり、ぱらりと聞こえる。



「ねぇ」


「あ?」



 カヤは本に視線を向けたまま言う。



「現世でのこと、聞いても良いかしら?」


「現世? 俺がいた日本についてか?」


「えぇ。とは言っても、私もあちらに行ったことはある。歴史とかはそれなりに知っているわ」


「じゃあ何について知りたいんだ?」


「両親について」



 カヤは視線を上げずにぽつりとそう言った。


 ……両親、か。



「なんでそんなこと知りたいんだ?」


「理由は後で話すわ。あなたの両親、いえ、一般的な家族との付き合い方について知りたいのよ。本来親子がどう接するものなのか、とても興味があるわ」


「親との接し方? そんなこと聞いて……」



 不意に過るのは前の大陸のタナトスでのマドカの言葉。



 ――これがあのイスルギ・リサの娘のパートナーとはね!


 ――黙りなさい。




 カヤは母親の名前を出された瞬間、マドカの胸倉を掴んでいた。


 ……訳ありか? こいつの家も。



「カヤ」


「なにかしら?」


「悪いけど、俺じゃお前の期待に応えられそうにない」



 カヤは首を傾げる。



「なぜ?」


「俺、両親がいないんだ」



 ぱちんと焚火の火が跳ねる。


 この話をしたのは何回目だろう。友達にことあるごとに聞かれ、ことあるごとに説明し、いい加減うんざりしていた時だってある。今となっては色々受け入れて、別にって感じだが。


 ……こいつは、なんて返すんだろう。



「そう……同じようなものね、私と」



 その返答は初めてだった。 ほんの少しだけ『嬉しい』という気持ちが込み上げてくる。


 理解してくれる人を見つけた、という喜びかもしれない。



「私の家はね」



 カヤは本を畳んで脇に置き、身の上話を始めた。



「父親がいなくてね。一応、母親はいるわ」


「一応?」


「……訳ありなのよ」



 カヤは足元の砂を少量手に取って指の隙間から少しずつ溢していく。多分、落ち着かない時にやる仕草なのだろう。



「イスルギ・リサ。大錬金術師にして、六賢者の1人」


「六賢者……やっぱり、英雄王シグルドのパーティにいたのか」


「えぇ。そうだと言われているわ」



 ……言われている?



「話せないのよ。私のお母さん」


「え?」


「話せないし笑わない、泣かないし怒らない。私がおはようと言っても返事は無い。私が泥だらけで家中を走り回っても怒らない。生きてはいるけどそこに感情は無い。生きた人形よ、まるで」



 カヤは一呼吸置いて、こう続ける。



「呪いなんじゃないかって、噂よ」


「呪い?」


「そう。そうなってしまう呪い。少なくとも私が物心ついた時からそうだった。だから私は生まれてこの方、親に怒られたことが無いの。みんなはそれを羨ましいと言うけれど……虚しいだけよ」


「……」



 俺が両親がいないと打ち明けた時、他の奴もこう思ってたのだろうか。


 ほんの少しだけ、可哀想だと思ってしまった。



「親に怒られたことがねぇのは、俺も一緒だよ。俺の場合、親の顔も見た事ねぇしさ。……捨てられてたんだと、孤児院の前に」


「それは……とても可哀想ね」



 ――可哀想。


 いままでうんざりするほど言われたこの言葉。不思議と、カヤに言われるとすんなり受け入れることが出来た。


 俺は、俺の気持ちを理解できる奴に初めて会ったかもしれない。胸の奥に長年引っかかっていた孤独感が少しだけ晴れた気さえする。



「はっ、そう言うお前だって大概だろ」


「えぇ、そうね。こういうのを『お互い様』って言うのかしら」


「嫌だな、こんなお互い様。ネガティブ過ぎるわ」


「ふふ、それこそお互い様よ」



 同時に、こいつのことが少しだけ分かった気がした。ゲームで言えば好感度ランクが上がったといったところか。



「それじゃあ、そろそろ交代の時間ね。これ以上あなたと話しても不毛だから寝るわね」



 あれ、下がってね?



「おやすみなさい、アキト」


「おう。……ん?」



 やっぱ上がった、のか?

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