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楯無明人/【火の心得】

「あなた、【火の心得】は習得したの?」



 ――火の心得。


 1ヶ月ほど前、俺はカヤからそのスキルの書を貰った。読破すればスキルが習得できると聞いて意気揚々と読み進めたが思いのほか内容が難しく、読破まで時間がかかっちまった。



「一応な。だけどめっちゃむずかったぞあの本」


「あれでも楽な部類よ。【火の心得】は低ランクスキルだもの」


「低ランクであの内容かよ……でもこれで多少は戦闘に応用が効くんじゃないか?」


「残念」



 と言ってカヤは人差し指を立てて静かに呟く。



「灯れ、燈火よ」



 すると、ポンっと指の先に火が付いた。まるでロウソクの様に燃ゆるその炎。



「各属性の【心得】で出来るのはせいぜいこの程度。とてもじゃないけど戦闘には使えないわ」



 後ろでイリスさんと話していたナルがとことこと歩み寄ってくる。



「なんの話をしてるんです?」


「スキルの話よ。ナルちゃんもこれくらいは出来るでしょう?」


「もちろんっす。ていやっ!」



 ポンとナルはいとも容易く指先に炎を灯す。炎の大きさはカヤより少し小さいくらいだ。



「よろしい。イリスさんはどうかしら?」


「はい? 火ですか? どうでしょう? スキルとしては覚えてはいますが久しぶりですし……」



 イリスさんの指先の火は第に膨れ上がり、最終的にはカヤの炎よりも大きくなった。



「わ、久しぶりでも出来るものですね」



 にこっと嬉しそうに微笑むイリスさん。まじ天使。



「こんな感じに各々の魔力のステータスに比例した大きさになるの」


「つまり、私たちだと単純な魔力はイリりん、カヤっち、私の順番で高いってことになるっすね」


「なるほどな……イリりん?」



 耳馴染みの無い響きだ。



「先ほどナルさんにあだ名を頂いたのです。すごく可愛くて気に入っています」


「そ、そうですか」



 ナルのやつ、カヤだけじゃなく他の人にもあだ名を付けるんだな。


 

「まぁ【心得】スキルで魔力が測れるってとこまでは分かった。この流れは俺にもやってみろってことだろ?」


「そういうことよ」



 3人が一様に俺を見つめる。なにこの緊張感。てかレベルだって俺が一番低いのにやる必要あるか?ナルよりも小さい炎が出るに決まってんだろ。ただの公開処刑じゃねぇか。



「どうしたの? やらないの?」


「やるっての、ちょっと待っとけ」



 俺は立ち止まって右手の人差し指を立てる。



「意識を指先に集中させなさい。コツはそれだけよ」



 俺はカヤに言われた通り指先に意識を向け集中する。


 点け、点け、点けえぇええ!!



「……つ……点かねぇ……」



 これっぽっちも点かないではないか。



「コール」



 カヤが出した念写の巻物を全員で覗き込むと、確かにスキルの欄に【火の心得】としっかり書かれている。



「……確かに覚えているわね。習得したにも拘らず発動できないなんてこと、前代未聞よ」



 カヤは不思議そうな表情で巻物を見つめ続ける。イリスさんとナルもカヤの隣で一緒になって唸りながら巻物を覗く。少し離れた所で俺だけがぽつんと取り残される。



「ったく、こいつもいまいち思い通りに光剣化しないし、異世界ってこうもままならないもんかね」



 俺は左手で腰のホルスターにある英雄王の剣に触れる。


 その瞬間、ボンッ!! っと俺の人差し指が爆発した。



「おわ!?」



 俺は咄嗟に右腕を伸ばす。指が爆発したのは間違いないが痛みはないし指も普通に健在。


 どうやら指そのものが爆発したわけではないらしい。



「なんだ今の!? なぁお前ら……?」



 3人が目を点にして俺を見ている。最初に口を開いたのはイリスさん。



「……今のはもしかして、【火の心得】の炎でしょうか?」


「え、でもそんなこと……【心得】レベルでは爆発なんて出ないはずよ!?」



 カヤは珍しく目を丸くして驚いている。



「お二人とも! そんなことよりも!!」



 ナルが俺の頭を指差して言う。



「なんでアキトさんの頭が燃えてるって教えてあげないんすか!?」



 ……は?



 ぱちんっと頭の上でそんな音が聞こえた後、焦げ臭さと共に頭頂部から熱を感じ始めた。



「あ……あっちぃいいいいい!?」


「あわわ、アキトさんが燃えています!」


「ナルちゃん!」


「はいっす! 水の魔法石、Cレート!」



 バシャっと俺に大量の水がかかる。



「ぶっはぁあああ! はぁ……はぁ、喉に水が……とにかく助かったぜナル」


「お安い御用っす」



 俺は燃えた頭頂部に触れながらお礼を言うが、



「……ん!? お、おい……ここどうなってる? 髪……無くねぇか?」



 お辞儀をする様に頭頂部を3人に見せる。



「「「ぷっ!?」」」



 一斉に噴き出して三者三様で笑われる俺。カヤは後ろを向いて肩を揺らし、イリスさんは口元に手を当てて涙目になっている。ナルに至っては地面を転がる勢いだ。



「タテナシ・アキト、あなた最高ね」


「こんな形で褒められたくなかったわ! ギャグ担当か俺は!」


「ぷっくく! イリりん、アキトさんの髪の毛なんとかならないすか?」


「はーお腹痛い……とても痛いです、ぷっ……あはは! ちょっと待って下さいね、ふ、ふふふ」


「笑い過ぎだぞお前ら……」



 その後、イリスさんの魔術で髪を生やして貰って閑話休題。



「で、あなた何したの?」



 カヤが俺に問う。



「……質問は良いんだが、ちゃんと俺の顔見て喋ってくんね?」


「ぷっ……無理よ」



 この女……!!



「別に何もしてねぇよ。俺はただ人差し指に魔力を練って、それで……この剣に……」



 そうだ、この剣に触れた瞬間に爆発が起きたんだった。


 俺はそれを手短に伝える。



「英雄王の剣……それに秘密があるというかしら」


「MHモデルっすから何があっても不思議じゃない気はするっす」


「MHモデル? それってあの最高級武具の事ですよね?」



 イリスさんが俺の腰の剣に視線を落として呟く。



「でもおかしいですね……最新のカタログでもその様な武器は見たことありませんよ?」


「カタ!?」


「ログ!?」



 カヤとナルが息ぴったりに言葉を合わせる。



「イリスさん、あなたMHモデルのカタログなんて持っているの?」


「え、はい。貰い物ですが」


「それは今も持っているの?」


「はい、確かナルさんの鞄の中に……」



 ――背後から大きな音が聞こえたのはその時だった。


 そして再び、俺たちの前にあの黒い瘴気を纏った魔物が現れる。

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