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シグルド/野営の夜:戦友のこと

 この世界に来てあいつらの夢を見ない日はない。


 昨日は、亡き戦友の夢を見た。



「キール……。俺が殺したようなものだ……お前も、アニエスも、他の皆も……俺が……!」


「シグルド?」



 声の方を振り返るとローゼリアが心配そうな顔で俺を見つめていた。



「お前か」


「うん……大丈夫? 思い詰めてる様に見えたけど」


「……そうかもな」



 俺が近くの岩に腰掛けるとローゼリアは向かい合う様に芝に腰を下ろした。



「ねぇ、良かったら聞かせてくれない? キールって人のこと」


「……分かった。まず名前は……」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「キール・テムジンだ、よろしくな」



 初めて会ったのは8歳の頃だったか。同じ教室だったな。



「……シグルド・オーレリア」


「オーレリア? もしかしてお前、王族? すっげ、こんな場所にも来るんだな」


「僕が自分で志願したんだ。爺やと1対1で勉学を学ぶのはどうにも味気なくて」



 それに対しキールはやれやれという仕草をする。



「物好きだねぇ。下々は色々大変だぜ? まず給食が不味い。それと剣の修業が容赦ない。ありゃ俺達を殺す気に違いない」


「どちらも、視野を広げる良い機会じゃないか」


「……お前、ズレてるってよく言われないか?」



 今にして思えば、あいつが初めて出来た友だった。


 俺とキールは剣の修業ではいつもペアになっていた。



「はぁ……はぁ……あほみたいに強えなお前……どうすりゃそんな強くなれんだよ?」



 肩で息をしているキールが俺に問う。



「お前も十分強いだろ」


「質問の答えになってねぇぞ。俺はお前より強くなりてぇの」


「なんで?」


「戦士長になるのが俺の夢だから。王になるお前より弱くちゃ意味ねぇだろ」



『戦士長』は王直轄の親衛隊長を指し、公務で目立つからか憧れる者も少なくなかったが、総数はたったの25名。狭き門だ。



「俺はな、戦士長になってこの世界から争いを無くしたいんだよ」


「争いの無い世界か……」


「わ、悪いかよ?」


「いや、優しい世界だと思う。僕も賛成だ」



 俺がそう言うとキールは嬉々とした表情で俺を見る。



「じゃあさ、一緒に目指そうぜ。俺が戦士長のトップになって王のお前と組めば多方面から国を動かせるだろ? 現実味を帯びてきたな!」


「それにはキールが戦士長になるのが大前提だな。そのためにはまず女子の尻を追いかけまわすエネルギーを剣に」


「それはちょっと無理だな」


「じゃあ一生無理だな」



 結論から言うとこの10年後、キールは戦士長最高の位である『A』の名を受け継ぐことになる。



「そんじゃ、もう一丁勝負!」


「いいだろう」



 俺は、そんなキールを誇りに思っていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「だが、キールは死んだ。俺が殺した」



 俺がそう言うとローゼリアは俺の気持ちを汲んでくれたのか、何も言わずに悲しそうな表情を見せた。



「敵の罠だって……分かっていたのに……」



 当時のことが鮮明に蘇る。



 ――シグ、俺が囮になる。お前はアニエスちゃんを救出後、迂回して本隊を叩け。


 ――だめだ! ここは援軍を待って……。


 ――援軍を待っている間、アニエスちゃんが無事とも限んないだろ? 上手くいきゃ挟み撃ちにも出来る。俺に任せとけよ。



 そして、キールの部隊は壊滅した。


 3000を越える敵兵ほぼ全てを肉塊にし、キールは力尽きた。



 ――キール! どこだ!? キール!


 ――ごふっ……よぉ、やっと来たか……。


 ――キール!? 今止血する!


 ――馬鹿……よく見ろ。もう助かんねぇよ……それより、アニエスちゃんは?


 ――無事だ! 俺が助けた!



 嘘だった。


 アニエスはもうこの時既に……亡くなっていた。



 ――そうか……はっ、はっ……ぐふっ……これで……俺も、死ぬ甲斐がある。


 ――おい!? ふざけるな! 死ぬな! 作るんだろ!? 優しい世界を!


 ――なぁシグルド……最期くらい……お前の笑顔が見たい。笑ってくれ。


 ――っ……こんな時に笑えるわけが……。


 ――お前……いつも無愛想だから……さ……そんなんじゃ……嫁の貰い手も……。


 ――おい! 目を開けろ! 分かった、見せてやる! 見せてやるから!! 目を……。


 ――あぁ、最高に良い笑顔だぜ……シグ。出来れば……もっと……。



 キールの瞼の裏に映った光景は神が見せた幻だったのだろう。キールはそのまま眠ったように旅立った。


 俺は、妹と戦友を同じ日に失った。



「シグルド、はいこれ」



 手渡されたのは薄い布。



「涙、拭いて?」


「え……」



 俺はローゼリアに言われて気付いた。


 双眸から流れ落ちるそれに。



「涙……? 何故……今更? 止まれ……止まってくれ……俺にはあいつらの為に涙を流す資格なんて……」


「シグルド」



 ローゼリアが覆い被さるように俺を抱く。


 抱擁とはこんなに温かいものだったのか。



「泣いていい。私しか見てないから」


「……すまない、胸を借りる」



 その日、俺は涙し続けた。


 そして泣き疲れた俺はその場で眠ってしまったらしい。



「……ルド」



 体を揺さぶられる。



「シグルド、起きて」



 ――お兄様、起きて下さい。



 アニエスの声よりも少しだけ大人びた声。



「あぁ、今起きるよ」



 俺が目を覚ますとローゼリアがにこやかに微笑んで俺を見ていた。



「うわ、そんな優しい口調も出来るんだ。いつもそれならとっつきやすいのに」



 大きなお世話だ。



「……もう朝か?」


「そ。リーヤたちがそろそろ出発するって」


「そうか」



 俺は起き上がり朝日に目を向ける。


 いつもより少しだけ、眩しく見えた。



「久々に、夢を見なかった」


「何の夢?」


「良い夢なのか悪い夢なのか、よく分からない夢だ。妹が微笑み、友が語りかけてくる夢」



 あいつらの死を乗り越えるなんて俺には出来ないだろう。それでも少しだけ肩の荷が下りたのは確かなようだ。



「なぁローゼリア」


「ん?」


「お前の声は耳触りが良い。これからも俺を起こしてくれないか?」



 ローゼリアがきょとんとした表情の後、少しだけ顔を赤らめる。



「え、別に良いけど……あんた自分で相当ハズいこと言ってるの分かってる?」


「?」


「だめだこいつ……ちょっとキュンとした私がばかみたいじゃんか」


「キュンとした?」


「うっさいな! ほら行くよ」



 俺は起き上がりローゼリアの横に並ぶ。



「なぁ、キュンとしたというのは?」


「け、消されたいの!? 黙って行くよ!」


「? あぁ、分かった」



 俺たちはレコンに戻った後、王都リヒテルへと足を向けた。


 

【シグルド編】第3章前編……終

次回からアキト編が始まります。

イリスを仲間に加えた彼らの物語も読んでくださると嬉しいですm(_ _)m

アキト編が一段落するとまたシグルド編、みたいな感じですね。

お気に入り登録してくださるとモチベに繋がるので宜しくお願い致します(^-^)

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