ローゼリア/『魔眼の射手』:リーヤ・ハートネット①
せり上がった壁により分断された私たち2人。
いかにもな機械音が背後から聞こえる。
「ねぇリーヤ……悪い予感しない?」
「あぁ、気のせいだと良いんだけどな」
私たちは恐る恐る後ろを振り向く。
そこにいたのは巨大な角を持った四足歩行の魔物だった。大きさも去ることながら、体の半分が機械化されている。機械音に交じって『排除』と声を発してる。
「あーらら、やっぱ魔物じゃんか」
「だけど機械化されてんぞ? 見た目牛のくせに人の言葉を話す辺りも普通の奴じゃ……なっ!?」
刹那、その魔物は振り上げた前足を私たち目掛けて振り下ろした。
私たちは間一髪その腕を躱す。
「あっぶな!? 完璧不意打ちじゃん!」
その機械の魔物は腕を地面にめり込ませながら、『排除を開始しました』と言った。
「ちっ、事後報告かよ。躾がなってねぇ牛だな。きっちりシメてやるか」
リーヤが体を起こして腰に装着していた折り畳まれた弓を展開する。私もそれに習って虚空から杖を出現させる。
「リーヤ、それが魔弓だよね?」
「あぁ。魔弓ダーインスレイヴ。あたしの愛弓さ」
その弓には本来あるべきはずの弦が張られていない。
「その弓、弦が無いようだけど? ただの薄っぺらい板じゃない?」
「いらねぇよ、実体の弦なんて。切れたら終わりだろが」
リーヤが弓を構えて魔力を込めた瞬間、ブゥンと白い魔力の弦が張られた。
「魔力の弦? うわ、やってること相変わらずワイルドだね。で、作戦は?」
「いつも通りだ。ロゼが足止め、あたしが射抜く」
「これで後詰めのシルフィーがいたら完璧なのにね」
「あたしが仕留めれば関係ないだろ。さぁ、行くぜ」
私とリーヤが武器を構えて機械の牛に体を向けると『殲滅モード』の音声と共に『排除』を連呼しだす。
「排除排除うっせぇなあいつ。ロゼ、情報くれ」
「はいよ、コール! 名前はベヒーモス。ちなみにオスね」
「性別の情報はいらねぇよ! っと、来るぜ」
ベヒーモスはまたしても振り上げた前足を振り下ろし、私たちは横に飛んでそれを躱す。腕を振り下ろした場所は深く穿たれている。直撃したらひとたまりもないだろう。
「で、何の情報が知りたい?」
「スキルだな。ステータスはいらねぇ」
「要注意スキルは特に無いね」
「了解した。図体だけの雑魚みたいだな。次で決めようか」
機械化したベヒーモスは突進の構えを取った。防御は得意じゃないけど一応、壁出しておこう。
「アトモスフィア!」
ベヒーモスの前に魔力の壁を20枚ほど重ねて出現させる。
「ほぉ、ちったぁ防御魔術の腕も上がったようだな」
「ふふん♪ たまには良いとこ見せないとね」
ベヒーモスが突進を開始した瞬間、私が構築した壁が飴細工の様にぱりんぱりん割れた。
「……ほぼ素通りだったぞ。壁出した意味ねー」
「う、うっさいな! 防御は本来、錬金術師の仕事なの! 私の本業はこっち!」
私は猛然とこちらに突進してくるベヒーモスに杖を向ける。
「【時空間魔術】レベル2……『時空連結』」
詠唱の終了と共にベヒーモスと私たちの中間に『魔力の渦』が出現する。『時空連結』はゲートの入口と出口を強制的に繋ぐ魔術。
「リーヤ、どこが撃ち易い?」
「そうだな……あの壁にでもぶつけといてくれ」
リーヤは先ほどせり上がった壁を指さす。
「了解! ゲート開門、連結!!」
私はリーヤが指さした壁の前に出口を構築する。時同じくして私たちに突進していたベヒーモスが最初の渦に入り、消える。
そして次の瞬間、出口門から突進の勢いそのままに飛び出してきたベヒーモスが壁に体を強く打ちつけ、動きを止めた。
「うわ、痛そ」
「相変わらずエグイなその魔術……同情はしてやらないけどな。襲ってきたお前が悪い」
リーヤが左手に持つ魔弓に指をかける。
しかし、構えだけでその手には本来持つべき『矢』を持っていない。
「弱点は視えた?」
「視えた。首筋のあの針みたいな水晶体がコアだな」
そう言うリーヤの『右目』には独特の模様が浮かんでいる。
「そ。じゃああと宜しく」
「任された。1発で仕留める」
弓を引き絞ると同時に、彼女の右手に『魔力の矢』が顕在化する。
弦も非実体、矢も非実体。唯一実体なのは魔弓ダーインスレイヴのみ。矢を持たない弓使い、相変わらず滅茶苦茶だ。
「……討つ」
リーヤが引き絞っていた指の力を弛めるとヒュン、と一筋の光が走り、ベヒーモスの首筋を貫通した。
はい、討伐完了。
「お疲れ、リーヤ」
「あぁ、ロゼもな」
ぱちん、とハイタッチを交わす私たち。
「相変わらずの汎用性の高さだね、リーヤの【魔眼】。視野は広がるし視力は良くなるし」
「良い事だけじゃねぇよ。なによりも使うと……腹が減る」
ぎゅるるる、と大きな音が鳴り、リーヤが顔を赤らめた。
「面目ない」
「ふふ、これが終わったら美味しいご飯食べ行こ」
リーヤのお腹の音に続き、ゴカンッと大きな音が響く。
「こ、これは流石にあたしじゃねぇぞ!?」
そりゃそうでしょうよと思いながら音のした方を見る。そこには壁に大きな穴が空けられていてその穴からシグルドとロウリィちゃんが顔を出した。
「あ、おーい!! 2人とも無事だったんだね! こっちは結構大変でさー」
私が2人にそう言った瞬間、シグルドが珍しく慌てた様にこう言った。
「最深部に急げ! ダモクレスが起動するぞ!」
「えぇ!?」
私たち4人は合流し最深部へと向かった。
――ダモクレス起動までのカウントダウンが始まった。




