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シグルド/長い戦いが終わり、新しい世界が始まる

「あなたたちのおかげで、諸悪の根源である『略奪せし者』は討ち果たされました。創造の女神より感謝を」


「シグルド・オーレリア。貴様にならば、下界を任せることが出来る」


「わたくし達は再び天界より、この世界の行く末を見届けることとします」


「さらばだ。勇気ある人の子らよ」



 ……あれから、一週間が経過した。


 神々は有るべき場所に帰り、俺は今度こそリヒテルの王の座に座すことになった。


 婚姻の儀こそ執り行っていないものの、ローゼリアを正式に王妃に迎えるに至った。アキトが決戦前に前もって事情を説明してくれたおかげで、国民への説明は最小限で済んだ。


 なお、今まで影武者を演じてくれていたシズクは六賢者唯一の死者から一転、堂々と社会復帰を果たすことが出来た。



(二十年もの間、俺にとって代わってこの国を治めてくれていたのだ。有難うの言葉だけでは済まされないな。あいつは何が好きだったか……。忍の矜持が書かれているというあの本を買いに書店に行くか……? いや、それでは俺の評判が……。従者に買わせるか……? いや、それではその者の評判が……であれば、やはり俺自身が……)



「おーい、シグルドー。入るよー? ノックしたからねー?」



 こんこんとノックがなされ、ローゼリアとアキトが俺の部屋に入ってきた。


 アキトが部屋を見渡しながら口を開く。



「広っ! いつ見ても立派な部屋だな。てかほとんど母さんの荷物じゃねぇか」


「俺は必要以上の私物を持たない。魔剣グラムだけで十分だ」


「寂しい親父様だなぁ……。趣味の一つくらい見つけた方が良いぜ?」


「趣味か……。エストに釣りでも習うか……。それともリーヤに弓打ちを……。あるいはシルフィーに絵描きを……。っと、それは良いとして、ここに来たということは、準備が整ったということで良いんだな?」



 俺の問いかけに、こくりとローゼリアが頷いた。



「うん。イリスちゃんが全部やってくれた。あとは呼びかけるだけで起きる所まできてるみたい」


「そうか。……本当に長かったな、ロザリー」


「……うんっ」



 ローゼリアは目に溜まった涙を綺麗な指でさらりと拭い、無邪気な笑みを浮かべた。



「さぁ行こっ! 二人とも待ってるよ」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 所変わり、リヒテル城内部の医務室。


 そこのベッドには二人の男女が横たわっていた。


 この二人こそが、ローゼリアが旅を始めるに至った理由そのもの。カイル・ステルケンブルクとマーレリア・ステルケンブルク。ローゼリアの両親だ。


 彼女はその昔、クロノスの力を暴走させて両親を結晶に閉じ込めてしまい、それを救うために準魔剣の回収という旅をしていたのだが、最終決戦の折りにローゼリアの身体からクロノスの力が完全に消え去ったことで両親も結晶から解放された。それから一週間、目を覚まさない両親をイリスが看病してくれていたのだ。



「あっ、シグルド様、ローゼリア様。ご足労頂き申し訳御座いません」



 ベッドの脇にいたイリスが椅子から立ち上がって丁寧にお辞儀をした。


 それにローゼリアが返す。



「いいよいいよイリスちゃん。それに今更『様』付けなんて仰々しいなぁ」


「そういう訳にはいきません。今ではあなた方お二人は、この世界を総べる王様と王妃様なのですから」


「えぇー、全然そんな自覚ないんだけど」


「おい、ちょっとは自覚を持て。頼むから」


「王妃がこれじゃ先が思いやられるな、親父」


「まったくだ」



 その時、ベッドで横たわっているローゼリアの母親が小さく呻く様な声を上げた。



「うっ……うぅーん……」


「お母さん!?」



 ローゼリアは慌てて母親の元に駆け寄ってその手を握った。



「お母さん! 私! ロザリーだよ!!」


「んんっ……ロ……ザリー……?」



 娘の呼びかけに対し、薄目を開ける母親。


 数十年ぶりに母子の目が合い、ローゼリアはぶわりと涙を溢れさせた。



「お母さんっ!!!」


「えっ? えぇっ? な、なに、この状況?」



 母親の戸惑う声で隣のベッドで寝ていた父親も目を覚ました。



「おや? おはよう。寝坊助のロザリーが先に起きるなんて珍しいね。ん? 少し背が伸びた……?」


「おとうさぁーん!!!!!」


「うわっ!?」



 両親を抱き寄せるの様に飛びつくローゼリア。


 両親は状況を飲み込めておらず、近くで見ていた俺たちへと視線を向けた。



「ね、ねぇロザリー? この方たちは誰かしら?」



 抱き着いていたローゼリアはがばっと起き上がり、まず俺を指さした。



「こっちはシグルド。私の旦那だよ」


「「旦那っ!!??」」



 唐突なカミングアウトに目を見開いて驚く二人。



「いや、ちょっとまてロザリー。ご両親は長い眠りから覚めたばかりだ。説明の順番が」


「こっちはアキト。私の息子なの!!」


「「息子ぉ!!???」」


「あと私、リヒテルの王妃になったから!!」


「「王妃ぃ!!!???」」



 あぁダメだ……。ご両親の頭から煙が出かかっている。



(とはいえ、これで彼女の最後の目的は果たされた。良かったな、ロザリー)



 家族との再会の喜びを分かち合っている母親を見て、アキトがぼそりと呟く。



「親父、イリスさん。親子水入らず。しばらく三人だけににしてやろうぜ」


「そうだな」


「賛成です」



 俺たちは医務室を出ることにした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 イリスと別れ、リヒテル城の長い廊下をアキトと共に並んで歩いていると……。



「つーか聞いてねぇぞ」



 アキトは不服そうに声を上げた。



「召喚士が勇者を元の世界に送り返す転移門が『一カ月に一回』しか開かないなんて」


「グリヴァース内でも非常時を除く転移門の乱用は時空の歪みを生むとされ、禁止されている。異世界と異世界を繋ぐ転移門。それも指定の座標への転送となると、その影響度は普通に転移門を開くよりも大きい。仕方がない事だ」


「いやそりゃ初めの方にあいつから聞いたから知ってるっての。てか逆に後半バンバン転移門登場してて不安になったわ」


「そのあたりは女神様が裏で調整してくれていたのだろうな」


「でたよ我らがデウスエクスマキナ……。てかさ……」



 アキトは足を止めて、窓の外を眺めて憂いを込めた表情でぼそりと呟く。



「モルドルさん、今頃何してっかな……。エレナさん達の救助に間に合ったんかね?」


「彼なら大丈夫だ。きっと今頃は、村の人々と空白の時間を埋めていることだろう」



 アキトは優しい笑みを浮かべて再び俺の横に並んだ。



「なら、良いんだけどな。はぁー来月まで何すっかなぁー。退屈だぜ」


「嬉しそうだな?」


「うっ、嬉しくねぇっての!!」



 あとひと月後にアキトは元の世界に戻ってしまう。


 このひと月という時間は、俺にとってもローゼリアにとっても大切な期間になるだろう。ようやく手に入れた普通の日々を謳歌せねばな。



「アキト」


「ん?」


「今日の夜は何が食べたい?」


「ん、母さんのトマト料理」


「トマトォ…………」


「親父も慣れろって。あれは相当美味いぜ? 俺がいた世界のトマトより数段は甘いしな。ははっ」



 アキトは軽快な足取りで自分の部屋へと戻って行った。


 その場に残された俺は小さくため息を吐きながら静かに目を瞑る。


 そうすると、あいつの聞こえてくる。あの人懐っこい笑顔すら浮かぶ。



 ――どうだ、シグ? 優しい世界は作れそうか?


 どうだろうな。だが、今までの人生の中では、一番近い所にいる気がする。


 ――そりゃ良かった。そっちでも上手くやれよ? 良い嫁貰ったんだし、良い仲間にも恵まれた。余計な心配をかけない様に、少しは笑うんだぜ?


 善処する。


 ――風邪、引くんじゃねぇぞ? 国王が風を引くなんて洒落にならねぇからよ。


 ……善処する。


 ――新しく出来た仲間。大事にするんだぜ? 俺にしてくれた様にさ。


 …………あぁ。お前に言われなくても大事にするさ……キール。



 あの時の失敗はもう繰り返さない。


 だから……キール、アニエス。


 そこで安らかに、俺が俺なりに作る優しい世界を見ていてくれ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ひと月という時間はあっという間に過ぎた。


 今までの冒険とはまた大きく異なる波乱に満ちた日常だった。


 そして……。



「シグルド、お別れの時間だよ。挨拶、行こ?」


「……あぁ」



 その眩い日常の中心にいたアキトが元の世界に帰還する日を迎えた。



epシグルド

異世界転移した最強男が英雄王と呼ばれるまでの物語……完


epローゼリア

在りし日のクロノス……完

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