楯無明人/機械仕掛けの女神
――『デウスエクスマキナ』という概念がある。
今この期に及んでその単語はサイナスのユニークスキルを連想させるが、あんなチートスキルの事は忘れてくれ。てか一生忘れてくれ。もう二度と相手にしたくない。
俺が今から話すことは俺がいた地球に存在した、演劇作品における概念だ。
――デウスエクスマキナ……通称『機械仕掛けの神』。
演劇作品の終盤に置いて、人間の力でどうにも出来ない事態が発生した時に行われる手法の一つだ。それまで傍観に徹していた『神』が突如として姿を現わし、全てを丸く収めてしまう超が付くほどの強引な手法の事である。
例えば、絶対に倒せない強敵が作中にいたとして、登場人物ではどうすることも出来ない事態に陥った時に、神様が颯爽と現れワンパンでその強敵を倒してしまう……なんとも無作法というか、色々台無しにしてくれる神様……それがデウスエクスマキナだ。ちなみにこの展開は別に神が出なくても成立する。視聴者置いてけぼりの謎の超展開……例えば小説や漫画でもよくある『夢落ち』も、大別すればこのデウスエクスマキナに分類される。
でだ。
俺がなぜ今この時にそのどうでも良さそうな豆知識を話したのかというと、俺たちの前に突如姿を現わしたレミューリア様がその『デウスエクスマキナ』に他ならないからだ。言うなれば『機械仕掛けの女神』と言ったところか。
「世界の理を変えます。【天孫降臨】、発動」
女神様は右手にふわりと込めた微量の魔力の渦を漆黒の空に向けて放出した。まるで花火の様にひゅるると打ちあがった一筋の光は、サイナスが押し返している真紅の月に接触。次の瞬間、月が『元の位置』まで後退した。
驚いている俺たちを余所に、女神様はその間に次の術式の魔力を練っていた。
「【女神の加護】の力をみなさんに宿します。吹き荒べ神凪。ブルーム・エンハンス!!」
俺たちの身体が温かい光に包まれたかと思えば、全身の傷が瞬く間に治癒し、消費した魔力も全回復した。それだけじゃない。更なる力が奥底から込み上げて来る。
月を押し返していたサイナスもまた全快してた状態で呆然と立っていた。
「……死に損ねたな。君は俺に恥を晒して生きろと言うのか?」
「はい。生き恥を晒して、わたくしと共に生きて下さい。その為に、あなたにはまだやるべきことがあるのでは?」
サイナスはゆっくりと目を瞑り、小さく笑った。
「……よかろう。ヤーパンの少年よ」
「んあ?」
「俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ。力を貸そう」
「なんでもたって……」
俺が戸惑い交じりで親父に視線を向けると、親父が静かにサイナスに歩み寄って怒気を込めた声色で言った。
「サイナス、お前がしたことは到底許されることではない。操られていたとはいえ、俺の祖国オーレリアを戦火に巻き込み、父君と母君を殺め、キールとアニエスをも……俺から奪った。あいつらはもう、戻ってこない」
鋭い眼光の親父に対し、サイナスはその眼を真っ直ぐに見て答える。
「理解している。全ては俺の過ちだ。この戦いが終わった後、その剣で俺の首を刎ねるが良い」
「……いや、それでは俺の気が済まない。……歯を食いしばれ!!」
親父は拳を固く握って……。
ゴンッ!!
サイナスを力一杯殴りつけた。
サイナスは数メートル吹っ飛び、床に這いつくばった。
「……これでいい。復讐の連鎖は、俺が断つ」
「っ……なかなかの一撃だ……。しかし、これで本当によいのか?」
「あぁ。お前の存在はこれからのグリヴァースに必要なものだ。これからは善良な神としての務めを果たせ。……俺からは以上だ」
親父はくるっとサイナスに背を向ける様に振り向いて母さんたちの元へ歩んで行った。あれが英雄王の背中。大罪を赦す器。俺も見習うべき所だよな。
サイナスはゆったりと立ち上がりながら、続いてリーヤさんに目を向けた。
「シグルドはああ言っている。だが、俺は他にも」
「うっせぇなぁ」
リーヤさんにぴしゃりと言われ、サイナスは目を丸くした。
「シグルドが赦したんなら、あたしもそれで良い。モルドレッドだってそうだろ?」
「一刻も早く元の世界に戻り、エレナを救う。俺の中にあるのはそれだけだ」
「……そうか……」
深々と頭を下げたサイナスを横目に、俺はふぅと一息ついてから漆黒の空を見上げた。
あの分厚い雲の向こう側にあの略奪者グリヴァースがいる。あいつを倒せば今度こそ、全てが終わる。
「よし、俺たちの手であの黒龍を……ん?」
「どうしたの?」
カヤの問いかけに俺は漆黒の空を指さして答える。
「あの高さまでどうやって行けば良いんだ……? 確かあの雲って外部からの転移を遮断するんだよな?」
「「「……………」」」
沈黙が流れた通り、俺たちだけであの雲の上まで行く術も策も無い。
が、そこは俺たちのデウスエクスマキナ様の出番である。
「わたくしにおまかせを。いでよ、我が眷属」
女神様が金属杖でトンと地面を叩いた瞬間、頭上に開いた転移門から『白銀の竜』が姿を現わした。言うまでも無くアイツである。
「アーケディア!? 今の今までお前どこ行ってた!?」
「そう騒ぎ立てるでない。女神再臨の為に一時的に元の世界に戻っていたのだ。さぁ、我の背中に乗るがいい」
「やった! またお空が飛べるっす!!」
「ナルお前やっぱ最年少だけあるな、見てて微笑ましいわ」
「さぁ! わしに続け!! 空じゃぞ!」
「エストさん!? あなた最年長ですよね!?」
「半竜人のわしは飛べぬからのぉ。ふひひ、楽しみじゃ」
最年長のエストさんを筆頭に、俺たちは一斉にアーケディアの背中に飛び乗って、首の付け根に生えている体毛にしがみ付いた。
「一気に行くぞ、そのまま掴まっておれよ!」
アーケディアはその大きな翼をグワッと持ち上げ、叩きつける様に一気に振り下ろした。大地が瞬く間に遠ざかっていく。
「いぃっ!? うっ、うぉおおおおおおおおおっ!!」
「と、飛ばされるっすぅうううう!!」
「あと寒い! 目が乾く! 風邪引く!!」
「アキトさん! 少しの辛抱っす!! 一緒に頑張るっす!!」
ブオンブオンと風を切る音と突風の中で、俺とナルは最前列で力一杯アーケディアの体毛を握っていた。他のみんなは大丈夫だろうか? そう思った俺は掴まったまま周囲を見渡した。
「……あぁん!?」
そこには女神様が張った光の結界の中で優雅にくつろいでいる仲間たちがいた。外部の影響を無視する結界なんてズル過ぎやしませんかね女神様!?
俺はその中でちょこんと座って休んでいるカヤに向かって叫ぶ。
「はぁっ!? お前ら何くつろいでんだよ!?」
「そうっす! しがみ付いてる私たちが馬鹿みたいっす!!」
「馬鹿みたい、ではなく、馬鹿なのよ」
「「うわひどっ!?」」
そんな罵詈雑言を受けながら、俺は分厚い雲を突破した。




