楯無明人/力の源
俺たちは未知の地下第五層へと下りる螺旋階段を下っていた。
俺とアルトさんが横並びで前を歩き、その数段後ろをカヤが歩いている構図だ。
カヤはというと壁にへばりついている『光っているコケ』が珍しいのか、指でぺりっと剥いで「へぇ」だの「ふむ」だのと、物珍しそうに検分している。
あの状態のカヤは読書中と同じく、自分の世界の真っただ中。こちらの声は聞こえず、何を話したって答えが返ってこないモードである。玩具に夢中な子供って感じがして正直あの姿も嫌いじゃない。慣れてくれば、あいつの可愛い所の様に思えてくる。
「ところでセガレ殿」
アルトさんが俺に耳打ちをしてきた。
「なんです?」
「ここに至るまで色々あったんだろ? 良かったら聞かせてくれねぇか?」
「ここに至るまでって、旅の事ですか?」
「そーだ。セガレ殿とカヤちゃんがどんな旅をして来たのか、知っておきてぇと思ってな。何を見てどんなことを感じ取ったのか。それを知ることはお互いを知る上で悪い手段じゃないはずだろ」
「まぁ別に減るもんじゃねぇし良いですけど……ちょっと長いっすよ?」
「構わねぇさ。この延々続く螺旋階段もまだ先は長そうだし、気長にやろうぜ」
俺はアルトさんに今までの冒険の事を話した。ロウリィさんに話した時同様、時折端折りながらだったが、大事な部分は全て伝えた。
アルトさんは考え込む様な素振りで呟く。
「世代が変わっても、そういうのは変わらねぇのか……」
「アルトさん?」
俺が呼びかけるとアルトさんはハッとして口を開く。
「あぁ悪いな一人で考え込んじまって。気になってたんだよ。セガレ殿の力の源ってやつに。どうやら、シグとおんなじみたいだな」
「親父と?」
「はっ、『親父』か。あいつも俺も父親になったんだよな……なにを今更って話だが、時間の流れを感じるぜ」
カツン、カツンと螺旋階段を下りる音が響いている中、アルトさんは神妙な面持ちで言う。
「俺は一度だけシグから聞いたことがあった。あいつの過去の話だ。あいつは妹と戦友を戦争で失ってた。そりゃあ酷い有様だったみたいでな。それを聞いた時、何故か俺も他人事じゃない様に思えた。俺がいた世界も同じような状況だったかも知れないが、シグの事は他人の様には思えなかった」
アルトさんは腕を組んで天井を見上げる。
「あいつはこの世界で生きることになった意味をずっと探してた。色んなやつと会っていく中でこの世界を守る事こそが自分の生きる意味なんだと見出していた。あいつはそれを『優しい世界』って言ったかな。これもなんつーか、懐かしい響きな様な気がしたよ……っと、話が逸れちまったな」
アルトさんは神妙な面持ちを崩して話を続けた。
「シグの力の源はとんでもユニークスキルでも、伝説級の武器でもねぇ。何かを守ろうとする強い意志だった。そんでもってアキト、俺の目にはお前も同じように映ってる」
「俺が? 俺は別に親父ほど、崇高な理念があるわけじゃ」
「謙遜しなさんなって。こないだお前と剣を交わしてアキトにシグを重ねてる俺がいたのも事実だ。だから俺はお前をもっと知りたくなった。でもって聞いてみたは良いが、ははっ、思いのほか単純なところも、シグによく似てら。シグより皮肉屋なところはあるが、どこまで行っても真っ直ぐで、女性の扱いもさほど上手くないくせに何故かモテるタイプ」
アルトさんはおどける様に笑った。
「もしかして俺、いまからかわれてます?」
「からかってなんかいねぇさ。これでも褒めてるつもりだぜ? お前は純粋だ、アキト。シグと同じく、自分の力に溺れず、人の痛みを自分の痛みの様に理解してやれる優しい人間で、世界を救うに足る器を持つ男だ。はっ、どおりでカトレアちゃんや猫耳天使殿に好かれる訳だぜ。それに……」
アルトさんは光るコケをキラキラした眼差しで見ているカヤを一瞥し、微笑んだ後にこう呟いた。
「見る目、あるじゃねぇの」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やっと着いたな。この迷宮区、随分と深い場所だぜ」
第四層から螺旋階段で二時間程下った場所に第五層はあった。辺りは薄暗く視界は不明瞭だが話す声が反響している。ここもそれなりに広い空間なのだろう。
「明かりを灯すわ。リライト」
カヤが明かりを灯すとそこがドーム状の空間であることが判明した。大きさは草野球場程でかなり広い。こんなもんが地下にあるなんて、いよいよ怪しくなって来たな。
「どうやら、あいつがここのボスらしいぜ」
アルトさんが指さしたのはドームの天井。そこには得体の知れない何かが張り付いていた。
例えるなら『繭』。見た目はいかにも機械的で、表面が金属の様に光沢を帯びて鈍く輝いていた。大きさも十メートルは確実にあるだろう。
(現状ではどう見たって戦闘向きじゃない容姿をしてるが、あいつが本当にこの階層のボスなのか? 一応、武器を構えとくか)
俺が腰のホルスターに留めてある光剣フィクサを握った次の瞬間、頭上の眉が天井から剥がれ落ちた。そのままズシンという音と共に落下した後、ガシャンガシャンと形状を変化させていく。
「変形すんのかよ……まるでロボット映画じゃねぇか」
繭の様な丸い形状に中身が器用に折りたたまれていたらしく、装甲を展開する様にして徐々に巨大な機械人形の姿を形作った。
両手には大きな鎌を備え、背中にも鋭く大きい剣を多数背負っていた。上部の顔っぽいところには赤いランプが二つ点灯しこちらを見ている。全身に近接武器を装備しており、見るからに侵入者を殺す気満々。『殺戮マシン』と言うのが相応しい見た目だ。
カヤがその敵を見て口を開く。
「まるでエーテロイドね。ルミナさんはこんなものまで発明していたのかしら?」
「いやあれはエーテロイドじゃねぇ。一緒に直したことだってあるんだ、俺には分かる。あれは全くの別もんだ」
「もちろん分かっているわ。言ってみただけよ。どう見たって、あの悪質な見た目はルミナさんの趣味じゃないものね」
その直後、アルトさんが一歩前に出て聖剣を抜き放つ。
「機械か……感情が無い分、魔物より厄介な相手かもなぁ。ちょっくら挨拶をしてくるぜ」




