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楯無明人/本の虫①

 アルトさんとの修業が始まる前日の朝、誰かが突然こんこんと俺の部屋をノックした。



「いる?」



 カヤの声だ。



「はいはい、いますよっと」



 扉を開くと、いつもの錬金術師のローブ姿のカヤが立っていた。今日も今日とて、流水の様に綺麗な長い黒髪と、せっかくの美人を台無しにする仏頂面である。こいつも笑うとそれなりに可愛いんだが、平常時は口をびったり閉じてムスッとしてるもんだから怖いという印象が強い。もう慣れたが、最初はどう接したら良いのかよく悩んだもんだぜ。


 で、そのカヤはというと開口一番、おはようと挨拶をするでもなくこう言い放つ。



「あなた、お父さんにメッタメタにやられたそうね。ふふっ」


「っ……いきなりそれかよ……。あとなんでちょっと嬉しそうなんだよ」



 確かに昨日、俺はアルトさんにメッタメタにされたわけだが、一応勝負には勝った。パーティを抜けることも無くなったし、なんかその場の流れで気に入られ、弟子にもなれた。


 俺のその一連の頑張りをこいつにも見せてやりたかったが、こいつは昨日母さんたちと地下迷宮区に潜ってミミックという魔物と戦っていたらしい。


 俺は言われっぱなしが癪で、カヤに言い返す。



「つーか母さんから聞いたぞ。お前だって俺の偽物をボッコボコにしてくれたらしいな。俺どんだけ傷付けばいいの? 偽物とはいえ仮にもパートナーである俺の姿なんだからちょっとは動揺しろっての」



 するとカヤは慎ましやかに見えて実は全然慎ましくない胸を張って言う。



「遠慮なんてするわけないじゃない。『タテナシ・アキト』という人間は今ここにいるあなた一人だけ。仮にあなた本人が相手だったなら多少は動揺するかもしれないけれど、アレは偽物。叩き潰すのに一遍の躊躇いも必要ない」



 いや多少は躊躇って下さいよ。その勢いだったら俺本人が相手でも本気出してきそうなんですケド。



「容赦ねぇなぁ……。じゃあもし俺が敵に洗脳されでもしたらどうするよ?」


「その時はその時ね。最善を尽くしてダメそうなら、この手であなたを殺して、私はそうね……過去をなるべく振り返らずに一人で生きていくわ」


「一緒に死ねとまでは言わないが、せめて弔ってくれ!!」



 俺の突っ込みに対し、カヤはくすりと笑みを浮かべる。こいつほんと可愛く笑う様になったよなぁ。普段が仏頂面な分、余計に可愛く見えるもんな。正直、嫌いじゃないよ、こいつの笑顔。



「ふふっ、冗談よ。そもそも、あなたが洗脳されなければいいだけの話よ」


「難しい事をさらりと言いやがる……。洗脳ってのは往々にして気付かない内にされているものであってだな。俺の知ってる小説にも」


「話を変えましょう」


「あーはいはい、興味なしね」



 この雑な扱いが始まってからもうすぐで一年が経つ。いい加減慣れた。


 カヤは部屋に入るや否や、何故か定位置になりつつある俺のベッドに腰掛け、俺を対面の椅子に座らせた。



「なぁ、いつも思うんだが普通逆じゃね? なんでお前が俺のベッドに座ってんの?」


「こっちの方がクッション性に優れているからよ。なんだったら、あなたもこちらに座る?」


「いや、いいよこっちで。で、用件は?」



 カヤは両手の指を身体の前で組んでグイッと伸びをした後に答えた。



「リヒテル中央部に国直轄の大きな図書館があるのは?」


「もちろん知ってる。この世界に現存するほぼすべての書物が納められてるあそこだろ」


「そう。私はそこに行きたいの」


「行ってらっしゃい」


「あなたと行きたいの」


「なんで!?」



 カヤは髪をさらりと指で耳にかけながら答えた。



「あの図書館には冒険者にしか入れないエリアがあってね。それも、冒険者の等級に応じてアクセスできる場所に制限がかかるのよ。私が行きたいエリアは『白金クラス』の冒険者及び、その付添い一名しか入れない特別な場所なの」


「つまり、お前を図書館のそのエリアに連れて行けと?」


「そういうことよ。話が早くて助かるわ」



 白金クラスとは冒険者最上位の称号であり、グリヴァースに対して多大な功績を遺した者が貰える称号である。このパーティにおいては、かつて人類軍の勝利に貢献した六賢者はもちろんのこと、俺も救世龍アーケディア討伐の功績を称えられて、そこに属している。



「連れていく分には構わないけどさ、リサさんでも良かったんじゃ? あの人も白金クラスだろ?」


「……え、えぇ、まぁ、そうなのだけれど……」



 カヤの顔が赤く染まっていく。



(えー、なんでこいつ顔赤くしてんの? 図書館に連れて行って貰うことがそんなに照れるようなことか? あっいや……もしかして、図書館に行きたいというのはある種の建前だとすると……)



 俺は恐る恐るカヤに聞いてみる。



「なぁ、もしかして……これってデ」


「デートではにゃいわ!」


「猫!?」



 にゃーにゃー噛み出したカヤは理不尽にも枕をぶんと俺に向かって放り投げ、呼吸を整えた。



「た、確かにお母さんでも良かったのだけれど、忙しいかもしれないから。だからこのパーティで一番暇そうな白金クラスの冒険者にしようという結論に至って、ほんの数秒で、あなたにしようと思い立ったのよ」


「うん、理由は分かった。でも『ほんの数秒』でという部分を強調するのはやめような? ちょっと泣いちゃうから」


「分かったのなら結構。では、朝食を食べ終え次第行きましょう。どうせあなたは暇なのだろうし、すぐに出かけるわよ。時間が惜しいわ」


「ひまひま言うなっ! 暇だけど!!」



 そんなこんなでカヤと二人で図書館へ行くことになった。

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