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【外伝】シグルド/すべては夢

「……いさま」



 身体を揺らされている。



「お兄様」



 この懐かしい声。



「お兄様! 起きて下さーい」


「ぐふっ……」



 お腹に衝撃が走る。


 こいつ、飛び乗ったのか。



「……アニエス」


「わ、起きました?」



 目を開けると案の定、俺の体の上に妹が乗っていた。


 俺のお腹にペタンと尻をついて硝子玉の様な瞳で俺を見下ろしている。



「お兄様、朝ですよ?」



 ぱぁ、と日の光よりも眩しい笑顔で俺を見る。



「分かっている。起きれないからそこをどいてくれないか?」


「あ、すみません。でも起きないお兄様がいけないんですよ?」



 アニエスが体の上から降りるのを待ち、俺は起き上がる。


 何だろう、今の今まで長い夢を見ていた気がする。



「お兄様、どうかされましたか? 浮かない顔をされていますが?」


「……ここは、グリヴァースではないのか?」


「ぐり? なんです?」


「……そうか」



 夢だったか、全て。


 俺は腕を上に伸ばす。



「んー、良い朝だ」


「はい、お兄様の戴冠式にはぴったりですね」


「……戴冠式?」



 身に覚えがない。



「え、もしかしてお忘れですか?」



 きょとんとした目で首を傾げるアニエス。



「昨日キール様とお飲みになったんですよね? それで記憶が欠落しているとか? 飲み過ぎは良くないですよ?」


「あ、いや……すまん、そうかもな」



 俺は首の後ろに手を当てる。


 アニエスはにこっと微笑んで扉を開けた。



「さぁ、皆様お待ちですよ? 行きましょう、お兄様」


「あぁ、行こうか。アニエス」



 長く広い王宮の廊下を歩く。


 隣にはにこにこと微笑みながら他愛のないことを話し続けるアニエス。


 そうだったな、こんな風に笑う奴だった。



「あら? キール様!」



 アニエスが話の途中でとことこと前に駆けて行く。


 その先にいたのはあいつだった。



「キール様!」


「ん? おぉアニエスちゃんか。今日も元気だな」


「もちろんですとも! 私が元気でいないと国民が悲しみます」


「そりゃそうだな。お姫様は元気でいなくちゃな」



 その男はアニエスの頭にぽんと触れて俺の前に歩み寄ってくる。



「いよっ! お前は相変わらず無愛想だな、シグ」



 男は右手を上げてハイタッチを要求する。


 俺はそれを無視して話を続ける。



「お前は今日も軽薄だな、キール」



 ――キール・A・テムジン。


 この国、オーレリアの戦士長のトップにいる男だ。


 幼い頃から共に鎬を削り、農民の出でありながら一国の王子である俺と対等な扱いを受けるまでに上り詰めた男である。


 見ての通りの軽薄な態度と爽やかな容姿が特徴で、町に出れば黄色い声援が飛び交うほどだ。


 当の本人もそれを心地よく思っているのか頻繁に町に繰り出しては、今日はどこの娘とご飯を食べただの、今日はどこの娘と買い物に行っただのとうんざりするほど自慢をしてくる。


 つくづく自分と真逆だとは思う。


 だというのに、大人になった今でも酒を飲み交わす仲である。



「お前はいつも俺を軽薄だなんだと言うがな、何が楽しくてそんな険しい顔をしてんだ? ほらもっとこう、笑えー」



 無理やり頬を上げようとするキールの腕を払う。



「やめろ、不敬罪で牢に入れるぞ」


「ははっ! お前その手の冗談が言える奴だったか? ははー王よすみませんでしたー」



 適当なお辞儀をしてはぐらかすキール。


 まったく、掴み所のない男だ。



「でだ、いよいよシグも今日から正式に王位を継承するんだよな。心の準備は良いか?」


「準備も何もあるものか。幼き頃からこの日が来るのは分かっていた」


「かぁー、聞いたかアニエスちゃん?」


「はい、しかと聞き届けました。風情がありませんね」


「風情?」



 俺が首を傾げるとキールが俺の肩をパンと叩く。



「少しは喜べってことだよ。王様になるんだぞ? その辺の女性をはべらせ放題って訳だ。公に重婚もできる。最高だね」


「お前の頭には女のことしかないのか?」


「欲望に忠実だって言って欲しいね。ね? アニエスちゃん?」


「女遊びは良くないですよ、キール様?」


「おっと叱られちまった」



 ははは、と笑い終えてからキールが俺の前に握り拳を差し出す。



「ま、これからもよろしく頼むわ。親衛隊長としてきっちりお前らを守ってやるからよ」


「俺に一度も勝てたことのない男が何を言っている?」


「それ言われちゃあな」



 こつん、と握り拳を合わせる俺たち。



「じゃ、一足先に行ってるわ」


「あぁ、またな」



 キールは踵を返して廊下を歩いて行く。



 ――笑えよ……シグルド。



「っ!?」

 


 脳裏によぎったのは、力なく横たわるキールの姿。


 その身体からはおびただしい量の血が流れ出ており、辺りには屍の山が築かれていた。


 なんだ、今の光景は……?



「お兄様? どうかされましたか?」


「あ、いや……なんでもない」



 あの光景は……やけにリアルだったが……。


 ――思い出してはいけない。


 ――振り返ってはいけない。


 ――浸っていたいのなら、忘れてしまえ。


 ――現実なんて、捨て去ってしまえ。



「お兄様、私たちも行きましょう?」



 こちらに手を伸ばして俺を待っているアニエス。



 ――戴冠式? あり得ない。俺は、このような形で王にはなっていない。


 ――両親が殺され、なし崩し的に王になった。こんな式典なんて、執り行っていない。



「お兄様?」



 ――第一、オーレリアは戦火に飲まれていた。こんな長閑な朝など、あり得ない。



「お兄様」



 ――俺は戦に明け暮れていた。戦いが全てだった。キールが殺され、アニエスも……。


 ――そうだ……なぜアニエスが生きている? キールも……なぜ。



 俺は目の前のアニエスに目を向ける。


 すると、アニエスは俺の目の前で顔を俯けていた。



「……アニエス?」


「お兄様……」



 彼女はゆっくりと顔を上げる。



「っ!?」



 あの美しい硝子玉の様な瞳はそこにはなく、虚無のみが俺を見上げている。


 どこまで覗いても真っ暗なその眼。



「お兄様、なぜ……」


「やめろ……来るな」



 一歩、後退する。



「お兄様、なぜなのですか? なぜ、私を助けて下さらなかったのですか?」


「ち、ちがう! 俺は……俺はあの時お前を……」



 更に一歩後退すると壁に背が当たる。



「もしかして、私を見捨てたのですか?」


「違う! 俺は!!」



 黒い瞳のままにじり寄るアニエス。



「酷いです、ずっと……ずっと待っていたのに」


「やめろ……そんな目で俺を見るな……」


「ずっと、ずっとお兄様を待っていたのに」


「うああぁあああああ!!」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「アニエス!」


「うわびっくりした!?」



 テントの……中?



「はぁ……はぁ……」



 心臓がどくどくと高鳴っている。


 全身から一気に汗が吹き出す。



「どど、どうしたの突然?」



 呼吸を整えてから声のした方を見るとローゼリアが心配そうに俺を見ていた。



「シグルドさん! どうしました!?」



 テントの外からロウリィが顔を出す。



「ここは、オーレリアじゃない……のか?」



 俺の言葉にローゼリアが静かに答える。



「……ここはグリヴァース、あなたのいた世界じゃないよ」


「グリヴァース……そうか、そうだったな」



 全部、夢……か。



「……少し、風に当たってくる」



 俺は今日もこの異世界で生きていく。 

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