ローゼリア/右腕の力②
その騒動のすぐ後、アキトはエストとの特訓の為に宿を出て行った。
で、そのエストはというとベルちゃんにアキト宛てのくしゃくしゃの手紙を持たせた上で、近くにいたアルトリウスにこう告げた。
「のぉアルトリウスよ。先日話したこと、よろしく頼むぞ」
アルトリウスは大きなため息を吐いておでこに手を添えた。
「はぁーまじかよ。美人との個人レッスンならまだしも、男かよ。しかもダチのセガレだぜ? やりにくくてしゃあねぇっての」
「まぁそう言うな。やりにくいと感じるのも今だけじゃ。おぬしもアキトの底に触れればきっと気に入る」
「男の底なんて知りたくもねぇよ。シグは別だがな」
と言ってアルトリウスはカトレアちゃんの両親のお墓へと向かった。
リサがその背中を見届けて口を開く。
「エスト、本当にあいつで良いの? 確かに剣の修業にはうってつけかもしれないけど、男性には容赦しない奴よ? アキトくん、最悪ぼっこぼこになって帰って来るけど」
カヤちゃんがそれを聞いてびくっと揺れ、青ざめた顔で返す。
「ま、まさかお父さんに限ってそんな」
「カヤに教えてあげる。アルトは動物行動学的にものすごく分かり易い人よ。興味の無いものには関心を示さない代わりに、一度興味を示したものに対しては強い仲間意識を抱く。でもって、女性に対しては極めて興味を持ちやすく、男性に対しては基本無関心。私の知る限り例外はシグルドだけ」
その最中、シルフィーが興奮して飛び跳ねようとしたのをリーヤが取り押さえた。よくやったリーヤ。
「……で、お父さんはアキトに対して無関心だと?」
「無関心な訳がないじゃない。大事な親友の息子なんだもん。でもだからこそ、想定外の事が起きてもおかしくない。いつも以上にメッタメタにしちゃうかもね。可能性の話だけど」
「メッタメタ……」
カヤちゃんは数度口をパクパクさせて、いつも通りのシリアスな表情に戻した。
「でもそれは、アキトが弱かった場合の話でしょう? アキトはそんなに弱くないわ」
「ふふっ、よく言ったわね。私の勇者とあなたの勇者、どちらが上か証明されるわけね。それはさておき……ローゼリア?」
リサは私に目を向けて話題を変えた。
「あなたのその力に関してだけれど、伝えたいことがあるわ。今ここにいるみんなを集めて」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宿に残っていたメンバーは私とリサとその娘のカヤちゃん。それとシルフィーとリーヤとエストに、ロウリィちゃんとナルちゃんとイリスちゃんの九人。
残りの四人、マドカちゃんとモルドレッドさん、ミアちゃんとルミナちゃんはハンマースミス工房で武器と防具のメンテナンスをしている。一緒に死線を潜っただけあって、あの四人は意外と仲良しとなった。あとシズちゃんはもちろんシグルドの影武者をやっている。
「さてと、何ページだったかしらね……」
リサが分厚い本をぱらぱらと捲りながらそう呟いている。
「リサ、その本なに?」
「エリカ姉さまの魔導書よ。マドカに借りたの」
「あぁあれか。で、その本に【女神の右腕】に関して書いてあるの?」
リサは「あったあった」と言いながら、ページを開いた状態で机の上に置いた。
「書いてあったわよ。ほんと、エリカ姉さまはどこまでこの世界の事を把握していたのかしら……」
リサが開いたページにはこう書かれていた。
『女神の左手に宿るは創造の力。女神はこれを半神へと授けた』
『女神の右腕に宿るは破壊の力。女神はこれを左手に対抗する力として保有した』
「なんか、いかにもって文章だね。創世記にこんな文章ありそうだけど」
私のその言葉に答えたのは創世記に詳しいイリスちゃん。
「いいえ、この様な文章は創世記のどこにもありません。恐らく『外典』の一節だと思われます」
「が、がいてん?」
「はい。正典である創世記に載らなかった文章の事です。おそらく、筆者が正典と異なるのでしょう。正典の筆者でも知らない世界の真実が書かれていると考えられます」
そう言えば『創世記』、ここで言う正典はサイナスが執筆したものなのだとアキトが言っていた。だとするとこの外典の一節はサイナスに最も近しい者、つまりレミューリア様が直々にお書きになったものだと推察される。
どうやらイリスちゃんも同じ結論に達したらしい。
「女神レミューリア様の右腕の力は『破壊』の力。この一節から読み解くにサイナス打倒に必要な力だと考えられます。女神様はそれを誰かに託すのは今なのだと判断されたのでしょう。慈悲深きことです」
カヤちゃんが首を傾げる。
「イリスさん。この場合、女神の左腕の『創造』の力は何を指すのかしら?」
「恐らくレミューリア様が最初にサイナスへ授けたとされるユニークスキルである【武器創造】の力を指します。わたくしたちが持つ魔具や聖具を生み出した力です」
「なるほど。その【武器創造】ひいては固有能力『無効化』を有する最強の聖具『聖鎚スパルタス』へのひとつの解答だとするならば、余計にローゼリアさんのその力の重要性は増してくるわ。なんとしても制御して貰わないと」
「あ、あのねカヤちゃん? あたかも私がこの力を制御出来ないみたいな話で進んでいるけれども、そんなことないよ?」
カヤちゃんはため息をひとつ吐いた。
「……ひとつ、言い忘れていたことがあるのですけれど……ローゼリアさんが今しがた破壊したあのティーカップ。あれは私のお気に入りの」
「ほんとすいませんでしたー!!」
こわいこわい! 怒った時のリサとおんなじ顔してた!!
で、リサが話を本筋に戻す。
「ローゼリアの力の重要性を共有したところで、決をとるわ」
リサは私の背後に回って、両手で肩をぱんと叩いた。
「ローゼリアの力が至らないので特訓が必要だと思う人、手を上げて」
「……はい? そんなの誰も上げるわけ」
全員挙手。一瞬だった。
「うそでしょ!?」
「というわけで、このメンバーで潜りましょうか」
「どこに!?」
「潜ると言えば、決まっているでしょう? 持って帰れなかったレア素材もあるみたいだし、善は急げね」
こうして私たちはリヒテル地下迷宮区、第三層へと潜ることになった。




