楯無明人/さらばミザエル、ようこそカルナス
「助かりました。ナルさんのおかげでこれからも快眠が約束されました」
仲間になったばかりのイリスさんがるんるんとした表情でそう言った。なんでも、動物のぬいぐるみを傍に置いていないと寝られないらしいからな。
「いえいえ、荷物を持つのも運搬者たる私の使命っすから」
親指をグッと立てて自慢げなナル。こいつまじで良いやつだな。
「それにしても、その歳でぬいぐるみが無いと寝られないとはね」
カヤがからかう様に言ったのに対し、俺が返す。
「でもお前も毎日錬金術の本を抱いて」
「それ以上言ったら……消すわよ」
「何を!?」
存在とかそういう話ですか!?
「で」
話を切り替える文言を挟み、カヤがイリスさんに質問した。
「イリスさんがいなくなってあの教会は大丈夫なの? 司祭がいなくなったら色々破綻しそうだけど?」
それに対し、屈託のない微笑みを浮かべてイリスさんが答える。
「はい、もちろん大丈夫です。あそこでのわたくしの務めは懺悔を聞くこと。それに関しては下の者に丸投げ……任せて来ました」
おいこの人、丸投げって言ったぞ?
「ふふ、つくづく読めない人ね。品行方正、清廉潔白かと思いきや、一方で狡猾で大胆不敵。どっちが本当のイリスさんなの?」
「どっちもです」
それに対しカヤはまたしても肩を震わせる。この短い間で分かったのだが、イリスさんの言動と性格はどうやらカヤの中でツボらしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
転移門広場というのがこの町にはある。
この町の最北に位置し、その名の通り転移門がある広場である。
「オーホッホッホ! あら? あらあら? イスルギ・リサの娘、カヤじゃない」
もう振り向かずともこの声の主が誰か分かっちゃうくらいには存在が脳内にこびりついてしまっている。ええい忌々しい。
「またあなた? 少し目障りだから消えてくれないかしら?」
振り返って開口一番鋭く抉りにかかるカヤ。曰く、1日1回の遭遇は我慢できるけど日に数度となると耐え切れないらしい。その気持ちはよく分かる。
「あら、つれない態度ですのね。まぁいいですわ。それにしても相変わらず覇気の無いパーティですこと。これで魔王討伐とは、片腹痛いですわね」
イスルギ・マドカはいつもの様に毒を吐きながら、俺達パーティのメンバーを順番に見ていき、新メンバーであるイリスさんに目を留める。
「……あら、あなたはどなた? とても戦いには向いていなさそうな人だけれど?」
イリスさんが怯むことなく満面な笑顔で答える。
「イリス・ノーザンクロイツと申します。この度、カヤさんのパーティに加わる運びとなりました」
そして丁寧なお辞儀を一度挟み、またしてもニコッと微笑む。イリスさんまじ天使。
「あなたが4人目……コール」
マドカが虚空から念写の巻物を取り出し、イリスさんのステータスを見る。そして、その表情が一瞬にして青ざめたものに変わった。
「せ……聖女……ですって……!?」
「はい。それがどうされましたか?」
「そんな……もうこの世にはいないはずじゃ」
「ちゃんといますよ、ここに。そこにも書かれているのでしょう?」
そう返事をしながら首を傾げるイリスさんに対し狼狽えているマドカ。
「どうやら、私もうかうかしてはいられない様ですわね。モルドレッド、ロイ、マリア、行きましょう」
マドカのパーティは俺達を素通りする様にして去って行った。
「す、すごいっす! あんな剣幕で詰め寄られて堂々としていられるなんて」
ナルの言葉にイリスさんは照れ恥ずかしそうに答える。
「いえ、それほどではありませんよ。安い挑発だなと思って聞き流していただけですから。それにしても先ほどの方は……」
イリスさんはカヤを見る。
「えぇ、彼女も錬金術師よ。つまりは、私と同じイスルギの人間」
「そうでしたか。日に二度も錬金術師に遭遇するなんて、珍しい日もあるものですね」
イリスさんの口ぶりからすると錬金術師というのはやはりレアな存在であるらしい。
「さてと、私たちも行きましょうか。渡航条件は満たしたし、次の大陸に渡れるはずよ」
そして転移門の前に並び立つ俺達4人。
カヤと2人で始まった旅も1ヶ月もしないうちに4人増えた。男は相変わらず俺だけだが。
……てか夜のテントで肩身の狭い思いをしてるこっちの身になって欲しいもんだ。次仲間にするなら男にしよう、そうしよう。
「転移門が開いたわ。行くわよ」
カヤの合図で俺たちは一斉に転移門に足を踏み入れる。
そして辿り着く、第2の大陸。
「ここが、次の大陸……カルナス? なんだこれ」
眼前には綺麗に二分化された大地。
左側は砂漠、右側は緑溢れる森林地帯となっている。
「どうしたらこんなことになんだよ」
「これでも随分とマシになった方よ。魔剣戦役の時は砂漠の浸食が進行していたもの」
カヤのその言葉にイリスさんが続く。
「当時は別名『死に逝く大陸』と呼ばれておりました。昔はもっと酷かったんです。誰が見ても分かるほど、滅びの道を歩んでいました」
「でも今はもう回復に向かってるんすけどね」
ナルのその言葉通りならば、これ以上砂漠化することはないようだ。
「で、俺達はまずどこに向かうんだ?」
俺がカヤに問うとカヤは砂漠の方に視線を向ける。
そっちには例のマドカのパーティの後ろ姿。
「私たちはこっちに行きましょう」
そして、さも当然かのように森林地帯の方を指さした。全面的に賛成だ。あいつらと同じ方向に行くなんてあり得ないからな。
「ナルちゃん、ナビゲートをお願い出来るかしら?」
「はいっす! コール!」
ナルが念写の巻物にこの大陸の地図を写し出す。覗き見た感じ、ミザエルよりは広そうだ。
「森林地帯に来たってことは、最初の目的地はレコンで良いです?」
「えぇ、そうよ。会っておきたい人がいるの」
「会っておきたい人?」
「えぇ」
カヤは歩みを始めながらとある人の名前を口にする。
「『リーヤ・ハートネット』、カルナスを通るからには彼女に挨拶をしないと怒られてしまうわ」
「……ハートネット?」
なんかどっかで聞いたことがある気がするんだが……。
こうして、俺たちの旅は次なる幕を迎える。
第2章……完
次回は設定資料集です。




