楯無明人/『聖女』:イリス・ノーザンクロイツ③
「全然見つからないっすぅー」
そんなことを呟きながらナルが教会に合流した。町中を走り回ったのか、既にヘトヘトのようだ。
「お疲れ様、ナルちゃん」
「はいっす。ちょっと座らせて下さいー」
ナルは教会の椅子に座って手でパタパタと顔を扇ぎ始め、そのすぐ後、カヤがイリスさんに体を向けて話す。
「さぁ、これで私たちのパーティは全員よ。お話を詳しく聞かせて頂いても良いかしら? イリスさん」
「はい、ではお話致します。わたくしがあなた達のパーティに加わりたいと申し出た経緯ですよね?」
カヤは静かに頷く。
俺は急展開過ぎてイマイチついていけてないが、ついさっきイリスさんは自ら仲間になりたいという様なことを言い出したのだ。
「わたくしのこの眼は人には視えないものが視えます。その眼に映ったのです。あなた方が救いを求める姿が」
うお、こう言っちゃなんだがうさん臭い言葉だな……。でもイリスさんの表情は真剣そのもの。
カヤは疑わしいといった表情で返す。
「これ以上ない程に胡散臭い話ね」
「では試しに『数時間前のあなた達』に何が起きたのかを言い当てましょうか?」
するとイリスさんは目を瞑ってぽつりぽつりと呟くように話し始める。
「黒い瘴気が見えます……これは、スライムですね」
……ん? それって……。
「戦闘を試みたところ、そちらの女の子の魔法石の力を吸い取られてしまった。その後、カヤさんが魔術を行使して足止めし、この町に逃げてきた……どうです? 合っていますか?」
言い当てられたカヤは目を見開いている。
「……あなた、何者なの?」
「イリス・ノーザンクロイツ。今はこの町の教会の司祭を務めておりますが、その昔は『聖女』と呼ばれておりました」
「聖女……ですって?」
カヤが驚いた様子で言うと、涼んで復活したナルが会話に混ざった。
「聖女ってなんすか?」
「聖女は唯一無二の魔術【討魔術式】を行使できる者のことよ。魔剣戦役の時に戦火に巻き込まれて途絶えたと聞いていたけれど……」
「はい、表面上は途絶えていました。わたくしがこの町で隠居する道を選んだので」
イリスさんは遠い目をしながら続ける。
「わたくしは幼い頃、聖女としての務めを果たす為に司祭様と共に旅をしておりましたが、道中で野盗に襲われ、旅の中断を余儀なくされました。わたくしは間一髪で助けて下さった方々のおかげで今もこうして生きておりますが」
イリスさんのその言葉にナルが返す。
「でもでも、なんでそれで私たちの仲間になろうという話になるんです?」
「先ほどの『黒い瘴気のスライム』が関係しています」
「あのスライムが?」
「はい。聖女の使命は『この世界の魔を根絶』すること。そしてあの黒い瘴気のスライムはまさに魔の権化と言えます」
「魔の権化……ね。1つ聞いておきたいのだけれど、何故私たちの過去を言い当てる事が出来たの?」
「【討魔術式】が扱えるわたくしには『魔を視る』力が備わっています。その力で黒の瘴気を浴びた際の出来事を可視化することも可能です」
「ってことは……さっき俺たちに起きた出来事を言い当てたのも?」
「はい、言うなればあなた達の体に残る魔の痕跡を辿ったに過ぎません」
過ぎませんとか言ってるけど、普通にすごくねぇか? 念視とか千里眼みたいなもんだろ? 可愛い顔して只者じゃないなこの人。
「そして、先ほども申しあげた通り、聖女の使命は『この世界の魔を根絶』すること。それが最も効率的に果たせそうなのがあなた達との旅だった、というわけです」
「……清廉潔白そうな司祭様にも、下心があったみたいね」
「ふふ、わたくしも人間ですから。どんなに清らかな心を持っていたとしても、下心くらいあります」
「ふぅん、何よりも信頼に値する言葉だとも思うわ。それに、今までの口ぶりから察するに、あなたはあの『黒い瘴気』の正体について詳しく知っていそうね?」
「もちろん知っています。わたくしを連れて行って下されば全て包み隠さずお教え致しますし、対処法もお教え致します」
「言葉を返せば、連れて行かなければ真相は闇の中、そういうことね?」
「えぇ」
言葉の応酬というかお互いの腹の探り合いというか、女って怖いなと一連の流れを見てちょっと思った。
「アキトさん、女って怖いっすね」
お前どんな立場だよ。
「どうですか? わたくしを仲間にするメリットは多いと思いますよ?」
イリスさんのその言葉に、カヤが指を顎に当てて考える素振りをする。
「衝撃ね……まさか、神の使いである司祭が、腹黒く交換条件を持ち出すなんて」
「先ほども申し上げましたが、神の使いと言えどわたくしは人間です。自分の目的を果たすためであれば、いくらでも打算的になります」
「なるほど……ね。ふ、ふふっ……ふふふ」
イリスの言葉を聞いて、カヤが肩を震わせ始めた。
「アキトさんアキトさん! カヤっちが壊れたっす!!」
「落ち着け、あいつがぶっ壊れてるのはいつものことだ」
「失礼ね、私は正常よ」
コホンと咳払いをしてカヤは続ける。
「気に入ったわ。イリスさん、あなたの腹の底はきちんと見えた。清々しいほどに真っ直ぐねあなたは。良いわ、旅に同行するのを許可しましょう」
「有難う御座います。では早速準備してきますね」
こうして思いも寄らない所で4人目が仲間になった。
――イリス・ノーザンクロイツ。
金髪の年上美女で丁寧な物腰の裏には思慮深い一面を覗かせる女性だ。
「はぁ……はぁ……よいっしょ! お待たせ致しました」
「なんだその荷物の量!?」
なんとイリスさんは山の様な荷物を持ってきた。ぬいぐるみとか、如何にもアンティークな時計とか置物とか、そんな感じの物だ。
「さぁ、行きましょうか、魔を根絶する冒険の旅に」
「置いて行きなさい」
「い、いやです! どれもこれもわたくしの宝物なのですよ!? 特に、これが無いと眠れません!!」
よれよれのくまのぬいぐるみを俺達に見せびらかすイリスさん。
それ抱かないと寝れないってことかよ。ギャップがすげぇ……。
結局、荷物の件に関してはナルの活躍によって解決された。




