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楯無明人/『聖女』:イリス・ノーザンクロイツ②

 

「わたくしの名はイリス。イリス・ノーザンクロイツと申します」



 聖母の様な悪意を微塵も感じない優しい微笑みを俺に向ける金髪女性。


 修道服の上からでも分かる起伏に富んだスタイルに目が行きそうになるのをグッと堪えて俺はイリスと名乗った女性の顔を見る。



「あの……俺、た、たて……」



 忘れてしまっては困るが俺は女性から悪意のない笑みを向けられると、ろくすっぽ喋れなくなる人種である。


 故に、エインヘルの受付嬢のシルフィーさんと同じような笑顔で語りかけてきたこの女性に対し自己紹介すらできない俺。おのれ天使め。



「ふふ、慌てなくてもわたくしは逃げませんよ? ゆっくり、自分の呼吸でお話し下さい」



 この人の声を聞いていると自分の呼吸と心拍が落ち着いていくのを感じる。癒やしの波動みたいなやつでも出てるのだろうか。



「落ち着きましたか?」



 またしてもにこっと微笑むイリスさん。お、落ち着けアキト、お前にはシルフィーさんというお方がいるだろ!?



「どうかしましたか? もしかして、まだ緊張されているのですか? ふふ、照れている姿が可愛いですね」


「ぐおっ!?」



 ずきゅーん、とラブアローシュートが俺の心に突き刺さった気がした。



「俺、楯無明人17歳! なんかよく分かんないけどあなたを見てるとキュンキュンしまぐへっ!?」



 スパンっと後ろから棒状の物で太ももを引っ叩かれた。



「いってぇな!?」


「人が街中を駆けずり回っている最中に女性と談笑とはね」



 そこにいたのはご立腹なカヤだった。



「カヤ!? いてぇじゃねぇか!? あざ出来たらどうすんだ!?」


「自業自得よ。教会なら良い話が聞けるかと思って来てみれば、へらへらしているナンパ男がいた、叩きたくもなるでしょう?」



 カヤはふんす、と鼻息を荒くして腕を組む。



「俺もちゃんと仕事してたわ! お前と一緒で教会なら耳寄りな話聞けるだろって思って来たの! ナンパしてたわけじゃねぇよ!」


「なんですって!?」


「そこまで驚かれると傷つくわ!」



 その光景を見ていたイリスさんがカヤに声をかけた。



「あなたも、こちらの方の仲間ですね?」



 カヤはぶすっとした表情のまま返事をする。



「えぇ、私の名前はイスルギ・カヤ。錬金術師よ」


「イスルギというと、あの二大貴族の?」


「だとしたら、何かしら?」



 初対面だからか、ギラリと睨んでガルガルと威嚇するカヤ。おいもっと愛想良くしろよ。


 しかし、そんなカヤに対してもイリスさんはにこやかな表情を崩さずに返事をする。



「いえ、錬金術師の方は珍しいものですから。お気を悪くされたのなら申し訳御座いません」



 無垢な笑顔、あるいは、清廉な笑顔という言葉が相応しいだろう。イリスさんのその笑顔を形容するとまさにそれだった。


 ちなみに、カヤはあの手の『悪意の無い笑顔』に弱い。



「その……ごめんなさい。口が悪かったわね。性分なのよ」


「いいえ、それもまた大事な個性だと思いますよ」



 女神の様に微笑むイリスさんに対し、終始顔を背けっぱなしのカヤ。意外な弱点だ。俺と同じで今まで『悪意が込められた笑み』を沢山見て来たんだろうな。


 そんなことを考えていると、イリスさんが手をぱんと胸の前で合わせて、こう話を切り出す。



「自己紹介も終わったところで、そろそろ本題に入りませんか?」



 そして、その話の流れで彼女は思いも寄らないことを口にする。



「わたくしは、喜んであなた方のパーティに加わりますよ? いえ、是非連れて行って下さい」



 ……は? なんと仰いました?

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