ミア/鎧改造計画
アラネアによってラボを木端微塵に破壊されてしまったルミナさんはてっきり意気消沈して部屋から出て来なくなるものだと思っていた。
「さぁ、次の発明を考えるのだ!」
結論、全然ケロッとしていた。
うちはルミナさんに問うてみる。
「あのールミナさん? ラボが壊された件に関してはどうお考えで? ちょっとあまりにも気にしてない風に見えるんだが」
「だって気にしてないもん」
これ地味に凄いと思う。アイザック博士の時代から守って来たラボが、技術の粋が破壊されたのだ。うちは仮にこのハンマースミス工房が木端微塵にされたら一年位落ち込んでいられる自信がある。それなのにこの人ときたら。
ルミナさんはこう言う。
「ルミナが生きてる。仲間が生きてる。おまけにロウリィ達の記憶も戻った。他に何がいるの? あ、あとアイズも戻ったんだった」
『ルミナ様。仮にエーテロイドに涙を流す機能があるとすれば、私は泣いております』
通信機能内包のブレスレットからアイズの寂しそうな声が聞こえたが、ルミナさんはそれを一切無視してこんなことを言う。
「それよりもアルトリウスだよ。リサとカヤの為にも確実に助けられる方法を考えよう」
「あなたって人は……」
底抜けにポジティブ。底抜けにお転婆。それでいて底抜けにお人好し。それがアリエル・エーテ・ルミナ。うちの目標だ。うちもこんな人になりたい。
「うちも手伝います。うちのスピリタスでも出来ることがあるはずだから」
「あい! ミアの事も頼りにしてるのだぜ!」
工房の扉がノックされたのはその時。
「入って良いぞー」
「失礼する」
入って来たのはモルドレッドさんだった。
今日も今日とてボロボロの赤いマフラーを首に巻き、その太い腕には自身が戦闘時に装備している重鎧を抱えている。
「くっ……ちょっと待っていろ……今そちらへ向かう。……戸が狭いな……」
モルドレッドさんは工房の入口に鎧を何回も引っ掛け、四苦八苦した後にうちとルミナさんの前に鎧をがらんと置いた。
「モルドレッドさん? どうしたんだよこの鎧……つーかそのボロいマフラーいい加減買い直したらどうだ?」
「これは大切な人から貰った大事なマフラーだ。代わりは存在しない。それよりも二人に話がある」
「ルミナにも?」
「うむ」
モルドレッドさんはうちとルミナさんの前であぐらをかいてどかっと座り、開口一番、目の前に置かれている鎧を指してこう言った。
「この鎧を鍛えて欲しい」
この人のユニークスキルは鎧に関するものばかりだ。
攻撃を弾く【斥力装甲】と鎧の形状を変化させる【可変装甲】の二種類ある。
極めて防御寄りのユニークスキルなので、うちはてっきりこの重鎧の防御力を上げて欲しいのだとばかり思っていた。
「この鎧に使われている金属をもっとしなやかにして欲しい。防御力をそのままに」
「はい? 防御力はそのままで良いのか?」
モルドレッドさんはこくりと頷いた。
うちはその意図するところが分からなかったが、ルミナさんは一瞬で意図を汲み取ったらしい。
「金属の強度はそのままにして、柔らかくするってことっしょ?【可変装甲】の変化幅を向上させるために」
「その通りだ。話が早くて助かる」
モルドレッドさんは床に転がる鎧のいくつかのパーツの内、手甲にあたる部分を手に持って【可変装甲】のスキルを発動。ウニの様に棘まみれにしてみせた。
「俺の【可変装甲】は鎧の形状を変化させるスキル。この様に棘を生やすこと位は出来るがこれ以上の変化となると鎧の金属が耐え切れずに破損することが分かっている」
「だからもっと柔らかくて強い金属にして欲しいと?」
「そうだ。それが実現すれば多様な変化が可能となり俺のバトルスタイルはもっと広がる。今まで守れなかったものが守れる様になるかもしれない。アキトは俺を頼ると言ってくれた。その期待に応えたい」
モルドレッドさんはいつにも増して真剣な表情でそう言った。この人もうちやルミナさんと同様にアラネア戦で何も出来なかった事に責任を感じているのだろう。
「分かりましたよ。でもそんな簡単なことじゃないぞ。今の金属と同等の強度で弾性力に富んだ材料が必要だな」
「それならルミナが持ってるよ? エーテロイドに使われてるレアメタルボディフレームが適してると思うのだ」
「おぉ、確かに!! アイズ、この工房の転送装置に送れるか?」
『もちろんです。直ちにお送り致します』
こうして鎧を強化する目途はあっさり立った。材料さえあればスピリタスで仕上げるまで数時間で出来る。
にしてもモルドレッドさんは【可変装甲】のスキルを強化して何がしたいのだろう?
「なぁモルドレッドさん。新しい鎧で何をするつもりだ? 新しいバトルスタイルがどうとか言ってたが」
その問いに対し、モルドレッドさんは腕を組む。
「【可変装甲】と【斥力装甲】の能力を最大限発揮した新しい戦い方を模索している。それを実現する為に通らなければならない過程がある。鎧の強化が第一。それと魔物との実戦だ」
「……って言っても魔物はアラネアが追っ払っちまってほとんどいないんだぞ?」
「魔物ならいるだろう」
彼は何故か真下の床を見つめて固まった。それが地面の『その更に下』を指しているという事に気付くまで時間はかからなかった。
「……まさか、地下迷宮区……?」
「そうだ。あそこであればどこよりも強い魔物と戦える。修練にもってこいだ」
「ちょ、ちょっと待てよ! もってこいどころじゃないぞ! あのミノタウロスの強さを忘れてないだろうな!?」
モルドレッドさんは指をぴくりと動かして答えた。
「忘れてなどいない。俺はあそこでも仲間を守れなかった。リヒテル地下迷宮区……あの場所に置いてきたモノがある。俺はそれを拾いに行きたい」
「ウィルベルはちゃんと生きてるんだぞ。何を引きずっているんだあんたは」
モルドレッドさんは静かに立ち上がった。
「結果が全てじゃない。過程も大事なんだミア。俺は元いた世界で婚約者を救わねばならない。仲間も守れない男が彼女を救えるわけがない。だから俺はもっと強くならねばならない。過去の自分を凌駕しなければならないんだ」
「……言いたいことはよく分かった。だが一人で行くと間違いなく死ぬぞ?」
「…………」
モルドレッドさんは何かに迷っている様子でうちらを一瞥した。
あぁそうだった。こいつはそういうやつだった。仲間を傷つけたくない症候群ってやつだ。だから自分から仲間を危険な目に遭わせるような依頼をしたくないのだろう。しょうがない人だな。
「はぁ……分かったよ。うちも行く。今度、飯奢って貰うからな」
「ルミナも一緒に行くのだ♪」
「……恩に切る。頼りにしている」
アキトに言わせればこれも「ツンデレ」ってやつなのか? いや違うか。
こうして翌日、うちらは再びあのリヒテル地下迷宮区に足を踏み入れることになった。




