シグルド/聖女イリスと準魔剣②
キィン、という耳障りな音が辺りに響いたのはその時だった。
「なにこの音!?」
「……どうやら、あの準魔剣からの様だ」
先ほどまで地面に転がっていた直剣が黒い光を放ちながら宙に浮いている。その光は数度の明滅を繰り返した後、茂みで倒れている野盗に憑りついた。
「こ、怖いです……この黒い気……まるで悪魔みたいな」
「大丈夫だよ、イリス。私たちがいるから」
イリスとロウリィを最後尾に移動させ、杖を構え終えたローゼリアが俺の横に並ぶ。
「……シグルド、言い忘れてたことが1個だけあるの」
「なんだ、こんな時に?」
目の前の茂みからは黒い火柱の様なものが立ち上がっている。先ほどの野盗の身に何が起きている……?
「『準魔剣』の中には極稀に、持ち主に強い適性を示すものがあるの」
「適性がある場合どうなる?」
「使用者を完全に取り込み、剣と一体化する。つまりは……」
目の前の黒い火柱が俺たちに迫る。
瞬時に後退し、武器を構えると燃え盛る火柱が掻き消えた。
「なんだ……あの化け物は?」
残されたのは赤い皮膚の巨大な魔物だった。背中には翼を生やし、鋭い爪を有している。
その容姿は、あちらの世界では伝説上の存在とされていた『悪魔』と瓜二つ。その悪魔はすぐそこで気を失っていたもう1人の野盗を踏み潰して肉塊にし、雄叫びをあげた。
「適性があると、ああなるの。人間を越えた存在になり、殺戮の限りを尽くす。それが準魔剣の最も恐ろしいところよ」
「……人に戻すことは可能か?」
俺の質問にローゼリアは答える。
「……ううん、残念ながら。少なくとも、私が知る限りはね」
「そうか」
俺は魔剣グラムを抜き放つ。
「では、斬るしかないな」
「ま、待って下さい!」
最後尾からイリスの声。
「私が『送って』みます」
「送る?」
「はい」
イリスが手に持っていた体よりも大きい金色の杖を体の前に構える。
「神よ、聖なる魔力をこの杖に……」
イリスの杖の先端が光り輝く。
「お願いです! 少しだけ時間を稼いで下さい! でもどうか殺さないで」
「……分かった。無理はするなよイリス。ロウリィはイリスの護衛を頼む!」
「分かりました!」
俺の合図でロウリィは鞄から短剣を取り出して構える。
「ローゼリア!」
「ん? 仕事かな?」
「援護を頼む」
「おっけ、でもただの援護で終わるつもりはないよ?」
杖を構えて挑発的な笑みを浮かべるローゼリア。
彼女の杖は既に紫色に発光しており、空気を震わせるほどの魔力を放っている。
「口だけでないことを祈る」
「あ、言ったな? 私の力を見せてやるんだから!」
ローゼリアは紫に発光する杖を振るう。
「束縛魔術、バインド!」
白い魔力の縄が眼前の悪魔を拘束するも、悪魔が暴れ始めると共にその縄がミシミシと音を立てる。
「早速千切れそうだが?」
「うそっ!? そんなはずじゃ……とでも言うと思った?」
ローゼリアは振り終えた杖を天に掲げる。
「こっからが私の真骨頂だよ。【時空間魔術】……レベル1」
紫の光が勢いを増す。
「『空間固定』! あいつの四肢の動きを封じよ!!」
ローゼリアが宣言したと同時に『光の箱』が4つ出現し、悪魔の手足を固定した。悪魔がいくら暴れてもその箱は壊れる気配が無い。
「殺さない様にって要求にピッタリな魔術でしょ?」
「あぁ、やるな。次は俺の番だ」
俺は悪魔目掛けて駆ける。悪魔は身動きが取れないながらも俺を寄せ付けまいと牙を飛ばす。
「ローゼリア! 壁だ!」
「防御はそんな得意じゃないんだけどなぁ」
「出来ないのか?」
「んなこと言ってないでしょう? アトモスフィア!」
俺の目の前に不可視の壁が出現し、牙を弾いた。
「次は足場を頼む!」
「目的地は?」
「頭だ」
ローゼリアは先程と同じ魔術を唱える。
「空間固定!」
光の箱が階段状に出現。階段の最上段は悪魔の頭部に繋がっている。
「上出来だな」
「当たり前でしょ? この私、超絶美人の時空魔導師ローゼ」
「【技能創造】」
「話を聞けぇ!」
ローゼリアの文句を背に受けながら光の箱を駆け上がる。
「【精神支配】……眠れ」
魔力を込めた右手で悪魔の額に触れると悪魔の動きが完全に停止する。
「イリス! 今だ!」
「はい! 【討魔】の術式を行使します! 討ち祓え!」
杖を天に掲げ、貯めていた魔力を放出するイリス。
その光を浴びた悪魔は雄たけびをあげることなく、準魔剣と野盗の死体を残して静かに消滅した。
「おぉ消えちゃったよ……しかも【討魔】の術式をあの歳で……まさかあの子が噂の……」
「やったねイリス!」
「ロウリィさん始め、皆さんの援護があってこそです。悪魔は無事、天に召されました」
イリス・ノーザンクロイツ……まだ10もいかない幼子だというのにあれほどの魔術を行使できるとはな。この世界はまだまだ広いらしい。




