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シルフィー/観測者

 リサが呪いに倒れて13年の月日が経過した。それは同時に、ロゼちゃんが結晶に閉じ籠ってから17年の月日が経過したことを意味していた。



「アキトくん……ちょっと浮いてるなぁ」



 私は度々アキトくんがいる異世界に赴いては彼を見守っていた。


 成績は優秀な方で、運動神経も悪くない。あのシグルドさんの血を引いているだけあって、潜在能力を加味すれば超高校級の逸材なんだけど、彼はその自分に隠された力に気付いていない様だった。それと友達と呼べる友達がいなかった。



「わざと一人になってるよね……あれ」



 アキトくんは自分に両親がいないという事に負い目を感じていた。


 ――自分は周りの人間とは違う。


 そんな思いが彼を孤独にしていた。



「……違うよアキトくん……君は愛されていたんだよ……」



 本当は直接会って言ってあげたかった。でも私が彼に接触してしまうのは良い影響を及ぼさないだろう。それがきっかけで魔剣の軍勢に発見されてしまうかもしれないし。


 そんな時、グリヴァースのシズクから通信が入った。



『シルフィー殿! 反転移閉塞が破られました! まだ少数ではありますが、魔剣の軍勢が次々とグリヴァースに押し寄せています!』


「遂にこの時が来ちゃったんだね……シズク、大急ぎで各ギルドに通達を。緊急クエストを発行して」


『承知致しました』



 私は通信を切った。


 ここに来て、アポクリファ側からのアクセスを遮断していた『反転移閉塞』の効果が切れてしまった。悪しき者たちがまたグリヴァースへとなだれ込んで来ている。


 でも、それらは全てリサの計画通りだった。きっと今頃エストさんがリサのもとを訪れ、予め組んだ転移術式で常夏の大陸へと身を隠している頃合いだろう。龍脈という狙うべきターゲットを失った魔剣の軍勢は世界中各地に散らばるはず。群れなきゃ怖くない。



(私たちが護るべきはアキトくんとロゼちゃん……ここからが正念場だね。リサから受け継いだこの魔杖も、いずれカヤちゃんに渡さないといけないし……)



 私は魔杖を取り出したその時だった。



『……フィー』



 魔杖から声が聞こえた。


 私のよく知る声だ。



「えっ……ロゼちゃん? ロゼちゃんなの!?」


『うん、そうだよ。色々ありがと、それとごめんね』



 私は頭を振る。



「良いよそんなこと! それより今まで何して……というかこれは何? なんで魔杖からロゼちゃんの声が聞こえるの?」


『自分の思念をアイテムに閉じ込める術式だよ。シグルドの請け売りなんだけどね。それが思ったよりも難しくて覚醒まで時間がかかっちゃった』


「そう……なんだ……」



 私はその場にへたり込む。



『どうしたのシルフィー?』


「久しぶりにロゼちゃんの声を聞いたら安心しちゃって……この17年でリサも呪いに倒れちゃったし、記憶を奪われた人たちは取り戻す兆しも無いし……カヤちゃんはイスルギで孤立して、アキトくんは学校で孤立してる……ごめんねロゼちゃん……もっと上手く出来たかもしれないのに……」


『シルフィーはよくやってくれたよ。あれだけいたメンバーも、今となってはあんたとシズちゃんのたった2人しかいない。そんな中でもここまでよくやってきたと私は思うよ? アキトのことも見守ってくれてたしね』


「でもあの通り、アキトくんは学校で浮いてるんだよ」



 私は学校の教室で窓の外を眺めているアキトくんを指差す。



『あぁー……完全にぼっちってやつじゃん。あれじゃあ好きな子とかそれどころじゃないね。アキトの机に置かれてる本、あれって何か分かる?』



 アキトくんの机には一冊の小説が置かれていた。



「あれは小説だよ。異世界に行って主人公が活躍する物語なんだって。異世界ってものに憧れを抱いてるみたい」


『異世界に憧れか……これも何かの運命なのかもね。シルフィー、これからの話なんだけど』


「分かってるよロゼちゃん。私は引き続きアキトくんを観測し続ける。そしてこの魔杖レーヴァテインを来たるべき時にカヤちゃんに託す。サイナスを倒す為にね」


『そう。サイナスを倒す為にはあの時の仲間たちを再び集める必要がある。シグルドやリサ、アルトリウス、そしてコールドスリープに入ったルミナちゃんも含めてね。でも、それだけじゃきっと同じことが起きるだけ。更なる仲間もいないとサイナスには勝てない』


「更なる仲間……カヤちゃん以外にいるかな?」


『何人か心当たりがあるの。例えばエストの養子の彼女とか、ロウリィちゃんの弟子の彼女とか。あとはミザエルの教会にいる彼女とか。それと一番大事なのが……』


「……アキトくん、だね」


『うん。アキトの潜在能力は計り知れない。完全覚醒した時の強さは多分、私たちよりも遥かに上なはず。問題は、アキトがそれを望むのかということ』


「望まなかったら?」


『親として、望まないことを無理やりやらせたくはないかな。その時はアキト無しでやろう』


「……分かった。じゃあその時が来たら、ギルドの機械に細工しておくよ。冒険者手形を一度落選扱いにして様子を見る。その時の反応で冒険者にすべきか否かを判断するね」


『うん、それでいこう。その後はリヒテルのシズちゃんと連携して子供たちを導いてあげて欲しい』


「分かった!」



 ふっと魔杖からロゼちゃんの気配が消え始める。



「ロゼちゃん!」


『また来たるべき時が来たら私は目覚めるよ。あとはよろしくね』



 ロゼちゃんの意識はぱたっと消えた。

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